第29話 デート

 部屋に一つしかないベッド。安藤はそのベッドに腰を下ろしている。

 隣には、バスローブ一枚に身を包んだホーリーが座っている。


 ホーリーの体からは、ほんの少しだけ湯気が昇っている。シャンプーの香りだろうか?彼女の白い髪から甘い匂いが漂う。

 視線を下に落とすと、バスローブの隙間から大きな胸の谷間がはっきりと目に映った。安藤は慌てて視線を逸らす。


「ユウト様……」

 ホーリーは安藤の頬に優しく触れ、自分の方を向かせる。

 そして、その唇に自分の唇をそっと重ねた。


「ホ、ホーリーさ……んぐっ」

「んっ……」

 ホーリーは抵抗しようとする安藤の両手を掴み、動きを封じる。

 そして、そのまま安藤をベッドに押し倒した。


 安藤は思う。一体、どうしてこんなことになってしまったのだろう?


***


「プレゼントを探す前に寄りたい所があるのですが、よろしいでしょうか?」


 町にテレポートすると、ホーリーはそう言った。

 安藤が「いいですよ」と言うと、ホーリーはある場所に向かった。


「ここですか?」

「はい」

 ホーリーに連れられたのは、服屋だった。中には色々な服がある。

「町の中で、この格好ですと少々目立ちますので着替えたいのです」

 ホーリーが着ているのは、協会の正装である白いローブだ。確かに、町の中では少し目立つかもしれない。

「どんな服を買うんですか?」

「そうですね……ユウト様が選んでくださいませんか?」

「えっ?俺が……ですか?」

「はい、ぜひ」

 ホーリーはニコリと笑う。

「で、でも俺、女性の服なんてよく分かりませんよ?」

「何でもいいのです。ユウト様が選んでくださったものなら」

 ホーリーは安藤の手を引き、店の中に入った。


「う~ん……分からない」

 店の中に入ったのは良いが、やはり安藤に服など分からない。

 昔、従妹の女の子に連れられて服屋に行ったことがある。だが、その時は従妹の女の子が勝手に自分の服を選んでいた。

 安藤は従妹の女の子に「この服どう?」と訊かれる度に「うん、いいんじゃない」と頷いていただけだ。

 あれから何年振りかに女性の服を選んでいるが、あの時と同じだ。全く分からない。素直に店員にアドバイスを貰おうかと思っていると、一着の服が目に留まった。

 安藤はその一着を手に取り、ホーリーに見せる。

「これ……とかどうですか?」

「これですね。分かりました。早速着てみます」

 ホーリーは安藤から服を受け取ると、試着室の中に入っていった。

 しばらく待っていると、試着室のカーテンが開く。

「どう……でしょうか?」

 ホーリーは少々不安げに尋ねる。

「えっ、ええ。とてもよくお似合いです」


 安藤が選んだのは、ワンピースに似た白い服だった。

 ロングスカートに、涼しそうな袖。とても爽やかな印象を受ける。白い色もホーリーの銀髪によく合っている。サイズも問題なさそうだ。

 この服ならば、ホーリーに似合うのではないかと思い選んだが、どうやら間違ってはいなかったようだ。

 安藤はホッとする。

 しかし、安藤が一つだけ予想していなかったことが起っていた。

 手に取った時は気が付かなかったが、その服は少しだけ胸元が強調されるデザインとなっていたのだ。

 いつもはフワリとした白いローブに隠されているホーリーの胸のラインが今は、はっきりと分かる。

 意外と大きなその膨らみに安藤は驚く。


「では、これにしますね」

 ホーリーは嬉しそうに笑うと、近くにいた店員を呼び止めた。

「この服を買いたいのですが、よろしいですか?」

「はい、ありがとうございます」

「それと、お願いがあるのですが」

「なんでしょう?」


「この服、着たままでお会計出来ますか?」


***


「ユウト様が選んでくださった服。とても動きやすいです」


 安藤に選んでもらった服を着ながら、ホーリーは町中を歩く。その姿は多くの男性のみならず、女性の視線も集めていた。

 協会の正装の白いローブでは目立つからと、別の服に着替えたのに、これではあまり変わらない気がする。

「さっきまで着ていた協会の服はどうされたんですか?」

「テレポートで別の場所に送りました。持ち歩くとかさばりますから」

 便利だな。テレポート。

 是非とも使えるようになりたいが、安藤の頭ではとてもテレポートの魔法を使うことなど出来はしない。

「プレゼントですが……ユウト様は何か欲しいものはありますか?」

「う~ん。実は今、そんなに欲しいものはないんですよね」

「では色々なお店を回るとしましょう。その中に気に入るものがあるかもしれません」


 それから、安藤はホーリーに連れられ様々な店を見て回った。


「この『ミノタウロスの角の欠片』など、どうですか?ミノタウロスは滅多に発見されない魔物ですので、その角はとても希少価値が高いんですよ?」

「これいくらするんですか?」

「20ゴールドですね」

「高過ぎますよ!いりません!」

「では、次の店に行きましょうか」


「これはどうですか?『ホウライの玉の枝』です」

「これは、おいくらですか?」

「50ゴールドです」

「値段上がってるじゃないですか!駄目です!」


 安藤は疑問に思う。

 何故、ホーリーはこんなにも高価なものを勧めるのか?

 そして、何故こんなにも高いものを買うことが出来るのか?

 テレポートする前に見せてくれた3000ゴールドの宝石もそうだが、とても一般人が買えるものではない。

 ひょっとして、ホーリーは協会の中でもかなり地位の高い人間なのではないだろうか?もしくは、実家がかなりの資産家なのか?

 どちらにしろ、ホーリーは唯の一般人でないことだけは間違いないだろう。

 まぁ、詮索する気は無いが。


 高価なものばかりをプレゼントしようとするホーリーに、安藤は「高いものは絶対に受け取りません。手ごろで安いものでないと受け取りません」とはっきり伝えた。

 たとえ、ホーリーが協会の中で位の高い人間なのだとしても、資産家なのだとしても、そこだけは譲れない。

 ホーリーは「ユウト様がそうおっしゃられるのなら」と少し残念そうではあるが、同意してくれた。

 そして、その後直ぐに安藤へのプレゼントが決まった。


「本当にこんなものでよろしいのですか?」

「はい!これがいいです!」

 安藤がホーリーからプレゼントしてもらったのは、『ドラゴンの爪の一部』だった。

 ブルードラゴンというこの世界では広く生息しているドラゴンの爪の一部を安藤はホーリーにプレゼントしてもらった。

 一般の人間でも買うことができる超お手軽価格だった。

「ユウト様はドラゴンがお好きなのですか?」

「はい、好きです。カッコ良いので!」

 そう言って安藤はブルードラゴンの爪が入ったケースを眺める。

 ホーリーは数秒ほど思案し、口を開いた。

「でしたら、ユウト様にお見せしたいものがあります」

「何ですか?」

「こちらです」

 ホーリーは安藤の手をギュッと握る。

「さぁ、行きましょう」

 そう言って、ホーリーは安藤の手を引いて歩く。胸がドキンと鳴った。

(参ったな……)

 うすうす感じていたことだが、男女二人が様々な店を一緒に見て回る行動。これはデートではないだろうか?

 安藤の脳裏に三島の姿が浮かぶ。だが、せっかく自分を楽しませようとしてくれているホーリーを見たら、何も言えなかった。

 安藤は、ホーリーに手を引かれるまま歩いていく。


***


「さぁ、我こそはと思う人は誰かいないか?」


 大勢の人が集まり、人だかりができている場所があった。

「ここですか?」

「はい」


 そこには、安藤の腰の高さぐらいまである岩が置いてあった。

 その岩には、一本の剣が刺さっている。


「あれは……もしかして、『クドラの剣』ですか!?」

「あら、ユウト様ご存じなのですか?」

「はい、ホーリーさんと会った後、少しだけですが、協会のことを勉強しましたので」

「そうだったんですね。嬉しいです」


『クドラの剣』の伝説。 

 協会が古くから人々に伝えている物語だ。


 かつて、世界はブラックドラゴンが支配していた。ブラックドラゴンは人間を喰い、人々を恐怖のどん底に落としていた。

 そんな時、一人の英雄が立ち上がる。英雄の名はアザー。

 アザーは、ブラックドラゴンの住処に乗り込み、そこにいたブラックドラゴンのボス『クドラ』に対して一対一の戦いを申し込んだ。『クドラ』はアザーの提案を受け入れ、両者は戦うことになった。

 戦いは熾烈を極め、三日三晩続いたという。


 そして、三日目。ついにアザーは『クドラ』を討ち取った。


 ボスである『クドラ』を討たれたブラックドラゴン達は人間を恐れ、聖なる山の奥深くにある洞窟に隠れた。

 しかし、アザーも『クドラ』との戦いで深い傷を負っていた。

 自らの死期が近いことを悟ったアザーは討ち取った『クドラ』の骨から、あらゆる魔を払う『クドラの剣』を作った。

 そして、『クドラの剣』を岩に突き刺し、自身の遺言を人々に叫んだ。


「この岩から剣を抜くことが出来た者が、次の英雄になる」


 以来、数多くの人間が岩から『クドラの剣』を抜こうと、挑戦したが、『クドラの剣』を岩から抜くことが出来た者は、未だに現れていない。

 そして、いつしか『クドラの剣』は『聖剣』と呼ばれるようになった。


「たしか、こんな話ですよね」

「はい、その通りです」

 ホーリーは、にこやかに頷く。

「聖剣を岩から抜くことが出来た者は、次に来る災厄から人々を守る英雄になると伝えられています。聖剣の刺さった岩は、普段は協会本部内にあるのですが、年に数度、このように町まで運び、聖剣を抜ける者がいないか試しているのです」

 安藤は岩に刺さっている剣をじっと見つめる。

 元居た世界にも確か「エクスカリバー」という名前の、これにとてもよく似た剣の伝説があるのを思い出した。

 以前の世界なら、このような伝説はおとぎ話だと、安藤は信じなかっただろう。

 しかし、この世界には実際に魔物がいる。『クドラの剣』の伝説も、もしかしたら本当にあったことなのかもしれないと、思わせる説得力があった。


「よし、俺が挑戦するぜ!」


 名乗りを上げたのは全身が筋肉に覆われた背の高い屈強な男だ。

 屈強な男は、岩の傍に立っている協会の人間にいくらかお金を渡していた。どうやら参加料を払っているようだ。

 なるほど。このイベントが、聖剣を抜ける者がいるか探しているというのは、どちらかといえば建前で、本命は挑戦する人間から参加費を取るのが目的なのだろう。

 このイベントは、協会の収入源になっているというわけだ。


 参加料を払った屈強な男は岩に刺さった剣の柄を持ち、そのまま勢いよく抜こうとする。

「ガアアアアアア」

 叫び声を上げる男。周りの人間達が、はやし立てる。

「いいぞ!」

「いけ、おっさん!」

 だが、剣は全く動かない。

「ウオオオオオ!……ぜぇ、はぁ、ぜぇ、はぁ、だ、ダメだ……」

 何分か粘ったものの、そこで心が折れたらしい。屈強な男は諦め、スゴスゴと引き下がった。

「よし、では次は私めが」

 次に名乗りを上げたのは、細身の男だった。屈強な肉体を持つさっきの男ですら、聖剣は抜けなかったのに、この男はどうするつもりなのだろう?

 安藤の疑問に答えるように、男は岩に刺さっている剣に向かって手を伸ばし、大きな声で「ハッ」と叫んだ。

 聖剣が金色に輝きだす。

「どうやら、魔法使いの方のようですね。魔法の力で剣を抜くつもりのようです」

 ホーリーがポツリと言った。

 この挑戦は、必ず肉体のみの力で剣を岩から抜く必要はない。

 魔法が使える者は魔法を使ってよいのだ。そして、肉体の力では無理でも魔法の力なら!

「ふぬぐうううううう」

 細身の男は顔を真っ赤にしながら、聖剣に意識を集中する。

「おおっ!」

「いけるか!?」

 周りの人間も盛り上がる。

 だが、剣は金色に輝きはしたが、そこから全く動かない。

「ぬほおおおおおおおおお……だ、だめだぁ!」

 細身の男は剣に向けていた手を下す。剣から金色の輝きが消え、元に戻った。

「念動力の魔法が全く通じない。どうなっているんだ……」

 魔法使いの男は全身に汗を流しながら、肩で息をしている。その様子から、力の出し惜しみなどせずに、全力で剣に魔法を掛けていたことは疑いようがない。

「ああ、今回も駄目かぁ」

「やっぱり、そう簡単に英雄は現れないよね」

 周囲から諦めの声が聞こえる。そんな時、ホーリーが安藤に耳打ちした。


「ユウト様、やられてみてはどうですか?」


「えっ!?」

 安藤は驚いてホーリーを見る。

「いや、いや、無理ですよ!見たでしょう?あんなに力が強そうな人や魔法使いの人でも無理だったんですよ?俺に抜けるわけ……」

「挑戦するだけです。お金は私が払いますから」

「で、でも……」

「いいじゃねぇか、兄ちゃん!やってみろよ!」

 近くで二人の会話を聞いていた中年の男が安藤の肩を叩く。すると他の人間も安藤を煽り始めた。

「そうだ。そうだ。やってみろよ。兄ちゃん!」

「美人の彼女に良い所みせるチャンスだぜ!」

 周りの人間は手を叩きながら「やーれ!やーれ!」と言ってくる。 

「皆様もこうおっしゃられていますし、どうでしょう?」

「~~~~~~~……ッ。わ、分かりました。やります!」

 完全に逃げ場を失った安藤はため息を付きながら、剣の所まで歩く。そして、近くに居た協会の人間に参加料を渡した。

 支払った参加料は、ホーリーのお金ではなく自分の財布から出したものだ。

「いけいけ!」

「兄ちゃん、頑張れ!」

 周りの人間が安藤に声援を送る。だが、この声援は安藤が剣を引き抜くことへの期待ではない。

『百パーセント無理だけど、頑張れ!』という、頑張る小さな子供を応援するような声援だ。

 安藤は、正直少しだけカチンときた。

 やる前は、絶対無理だと思っていた。だけど、なんだか無性に皆の期待を裏切ってやろうという気になってきた。

 そういえば、と安藤は本で読んだことを思い出す。


 聖剣を抜くことが出来るのは『純粋な心』を持つ人間とされている。


 もし、剣を抜くのに必要なものが腕力や魔法の力ではないとするなら……。

 安藤にも聖剣を抜ける可能性があるのではないだろうか?

「よし!」


 安藤は剣の柄を握ると、渾身の力を込めて思いっきり引っ張った。

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