第28話 ドア・イン・ザ・フェイス
『協会』。
この世界で最も広まっている宗教。
「カガシ」という名の神を唯一神として崇めている。
信者数は全世界で三十億人程とされており、政治家や大富豪の中にもこの宗教に入信している人間は多数存在している。
その権力は絶大で、協会が持つ資金力、軍事力は大国のそれと同等、もしくはそれ以上とされている。
協会の本部はキョアイ国にあるが、協会本部の敷地内は事実上、治外法権の独立国のような状態となっている。
そのため、たとえキョアイ国の国王ですら協会本部の敷地内に入るには、協会の許可がいる。
『聖女』。
協会の象徴。
協会の中に、ただ一人だけ存在する神の声を聴き、人々を導く女性。
聖女は代々、他の人間には使えない特殊な魔法を使うことができるとされている。しかし、聖女に関することは協会の極秘事項となっているため、詳細は不明。
聖女が死ぬと、その子供が次の新たな聖女になるとされている。
***
「なるほど」
安藤は、三島の家にある『協会の歴史について』という本を読んでいた。
ある少女との出会いによって、協会について少しだけ興味が沸いた安藤は、時間があれば、こうやって協会についての本を読むようになっていた。
今、家の中に居るのは、安藤一人だけだ。
『ごめん、優斗。三日間、家を留守にするね。本当にごめん!』
この世界には魔物を退治することで報酬を得たり、魔物の肉や骨を売ることで生計を立てている『冒険者』と呼ばれている者達がいる。
その『冒険者』達を束ねている『ギルド』という機関があるのだが、どうやらそのギルドが近々、薬草の新たな仕入れ先の選考を行うという。
冒険者は魔物との戦いで毎回のように傷付くため、薬草は飛ぶように売れる。『ギルド』が認定した薬草は信用度も高い。
もし、ギルドと取引することが出来れば、大量の利益を得ることが出来る。
この家で育てている薬草がなんと、何千という候補の中から、第一選考、及び、第二選考を通過したのだ。
そして、今日。最終選考が行われる。
これに突破すれば、晴れてギルドの取引相手として認められる。
最終選考は三日間、泊り掛けで行われる。
『本当は優斗も連れて行きたいんだけど、選考は代表者一名ってことになってるんだ』
三島は少し、寂しそうに俯く。
『俺は大丈夫だよ。家のことは任せて、行ってきて』
『うん、分かった』
三島はニコリと笑う。
『絶対に選ばれて、もっと優斗に贅沢させてあげるから!』
安藤は別に裕福な暮らしなど望んでいないが、異世界も前に居た世界と同じように、何をするにしてもお金は掛かる。
急な出費などを考えると、お金は稼げる時に稼いでおいた方が良い。と言うのが三島の考えだ。
(由香里は昔から、しっかりしてるな)
安藤は感心する。
『じゃあ、行ってきます!』
「行ってらっしゃい」
三島の後ろ姿を安藤は笑顔で見送った。
***
「とは言っても、話し相手が居ないのは少し寂しいな」
三島が出掛けてから、たった一日で安藤は寂しさを感じていた。
いつも隣に居る話し相手が居ないのは、こんなにも寂しいものなのだろうかと安藤は思う。
あらかた本を読み終えた安藤は、傍にあった剣を取り、外に出る。
この剣は、安藤が自分の小遣いで購入したものだ。
「フン、フン」
安藤は外に出ると、おもむろに剣を振り始めた。
『最弱剣士』
安藤はそう言われた。『最弱剣士』という言葉の詳しい意味は知らない(三島に訊いたことはあるが、気を使われたのか教えてはくれなかった)。
だが、何度も剣を振っていれば、いずれ上達するのではないか?そう思っていた。
しかし、それは甘かった。何度剣を振っても、剣の腕が上達することはなかった。
他の武器を試したこともあるが、こちらも全く使えない。
武器は諦めて魔法を学ぼうと思い、三島に教えを乞うたが、魔法の概念が全く理解できず、使うことができなかった。
三島は言ってくれた。「優斗は私の傍に居てくれればいい」と。
だけど、やはり自分が何も出来ないというのは辛い。そう悩んでいた時、ある人が言ってくれた。
「貴方は『人を助けることが出来る』人間です」
この言葉によって安藤は救われた気持ちになった。
そして、一度は諦めていた剣の練習を再開した。剣が上手くなれば、何かの役に立つかもしれない。
それ以来、安藤は毎日、剣の練習を欠かしていない。魔法の勉強もちょくちょくしている。
だが、今の所、剣の腕が上達する気配はまるでない。魔法も全く使えない。
「ゼハァ、ゼハァ、す、少し休むか」
安藤は地面に腰を下ろす。
剣は重く、振るのがやっとだ。
「これがゲームとか漫画だったら、簡単にレベルが上がるんだけどなぁ」
しかし、ゲームや漫画に出てくる剣を振り回すキャラクターの様に、剣を軽々と操ることなど、とても出来ない。
安藤はハァとため息をついた。
「悩み事ですかぁ?」
聞き覚えのある声が背後からした。安藤は、慌てて振り返る。
「ホーリーさん!?」
「こんにちはぁ」
驚く安藤に、ホーリー・ニグセイヤはフワリと微笑んだ。
***
安藤はホーリーを家の中に招き入れ、お茶を出した。
「ああ、温かくておいしいですぅ」
ホーリーはおいしそうにお茶を飲む。
「三週間ぶりですねぇ。お元気でしたかぁ?」
「はい、ホーリーさんは?」
「私も元気でしたぁ。少し仕事が忙しかったですがぁ」
ホーリーはニコリと笑う。相変わらず優しい笑顔だ。
「あの、今日はどうしたんですか?」
「お礼をしに参りました」
ホーリーの雰囲気が変わった。安藤の胸がドキリと跳ねる。
「お礼……ですか」
「はい。言いましたよね?このお礼は、必ずします。と」
安藤は少し驚く。
確かにホーリーは「このお礼は、必ずします」と言っていたが、本当に来るかどうかは正直、半信半疑だった。
別にホーリーがお礼をしに来なくても、それはそれでいい。と、安藤は考えていた。
それが、まさか本当に、しかもこんなに早く来るなんて。
「それは……ありがとうございます」
ホーリーはクスリと笑う。
「お礼ですから感謝はいりませんよ。ですが、貴方らしくて良いですね」
ホーリーは懐から何かを取り出すと、それを安藤に渡した。
「どうぞ」
「あっ、はい」
安藤はホーリーから受け取ったものをまじまじと見る。
それは綺麗に光り輝く石だった。
「これは……?」
「宝石です」
「宝石!?」
安藤は驚き、目を見開く。
その宝石は見事な光沢を放っていた。宝石には全く詳しくない安藤でも分かる。
これが、偽物ではないということ。
そして、この宝石がとても高価なものであるということ。
「だっ、ダメです。宝石だなんて!う、受け取れません!」
「気に入りませんか?でしたら、もっと高価なものを……」
「そ、そういうことじゃなくて!こ、こんな……」
宝石を持つ安藤の手がプルプルと震える。
「し、失礼ですが、この宝石って、いくらぐらいするんですか?」
「3000ゴールドといった所でしょうか?」
ホーリーはあっさりと答える。
「3、3000ゴールド!?」
安藤は思わず宝石を落としそうになった。もし、ホーリーの言うことが本当なら、とんでもない大金だ。豪邸をいくつも建てられる。
「や、やはり受け取れません!」
安藤はホーリーに宝石を突き返した。
釣り合いが取れていない。ご飯を食べさせただけの礼にしては、あまりにも大き過ぎる。
「そうですか……」
ホーリーは安藤から宝石を受け取ると、それを懐にしまった。
「しかし、困りましたね。これではお礼が出来ません」
「い、いいですよ。お礼なんて!そのお気持ちだけで十分ですから……」
「いいえ、そうはいきません。受けた恩にはきちんと報います。これは神からの教えでもあります」
ホーリーは、少し考える素振りをする。
「では、こうしましょう。二人で町まで出掛けませんか?」
「えっ?二人で……ですか?」
「はい、町まで出掛けて、そこでユウト様が欲しいものを選んでください。それを私がお礼としてプレゼントします」
「ええっと……」
「そうしましょう」
ホーリーは楽しそうに笑う。しかし、安藤は気乗りしない。
「あっ、申し訳ありません……ユウト様には奥様がいらっしゃるのに……」
「……はい」
安藤は小さく頷く。
三島の居ない間に、他の女性と一緒に買い物に出掛けるのは流石に駄目だろう。
「そうですよね。私ったら……申し訳ありません」
「いえ……」
ホーリーは先程の宝石を再び安藤に差し出す。
「では、やはりこれを受け取ってください」
「えっ!いや、それは出来ません!」
「一緒に町まで買い物が出来ない以上、これをお渡しするしかありません。どうぞ、お受け取りを……」
ホーリーは頑として譲る様子はない。しかし、安藤としてもこんな高価な宝石を受け取るわけにはいかない。
と、なると仕方ない。
「分かりました。一緒に買い物に行きましょう」
ホーリーは自分の口に手を当てた。
「良いのですか?」
「はい」
「でも……奥様は……」
「別に、やましいことをするわけではありません。大丈夫です」
そうだ。これはただ、お礼を受け取るだけ。何も悪いことをするわけではない。
このままホーリーから高価な宝石を受け取るよりも一緒に町まで出掛け、そこで安藤がプレゼントを選んだ方が良い。
もちろん、プレゼントはお手頃な値段のものにするつもりだ。
ホーリーの表情がパァと明るくなる。
「では、今から行きましょう」
「えっ、今から……ですか?」
「はい。私はテレポートが使えますので、直ぐに町まで行けます」
「テ、“テレポート”!?ほ、本当ですか!?」
「はい」
「す、凄い……」
勉強したことにより、少しは魔法に関する知識を得た今の安藤には、“テレポート”がどれだけ凄い魔法なのかが分かる。
安藤は思った。もしかして、この少女は自分が思っているよりも、ずっと凄いのかもしれない。
安藤はポケットに自分の財布を入れ、家中の戸締りをチェックする。
「お待たせしました。じゃあ、お願いします」
「はい」
そう言うと、ホーリーは安藤の腕に自分の腕を絡めた。
安藤の腕に、ホーリーの胸が押し当てられる。
着ている白いローブによって、外からは分かりにくいが、かなりボリュームのあるその感触に、安藤は狼狽する。
「えっ!?えっと、あ、あの……!」
「誰かと一緒にテレポートする場合、密着していた方がテレポートしやすいのです。嫌でしょうが、少しの間このままで」
「あっ、えっと……い、嫌という訳では……ないです。ただ、驚いただけで……」
「本当ですか?良かった」
ホーリーはニコリと微笑む。
「では行きます。”テレポート”」
ホーリーが唱えた瞬間、安藤とホーリー、二人の姿はその場から消えた。
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