第24話 愛は世界を救い、世界を滅ぼす

 優斗と最初に出会ったのは小学三年生の時だった。


 自分で言うのもなんだけど、私はとても頭の良い子供だった。

 小学一年生の時点で義務教育の課程を全て理解し、小学二年生で一流大学の入試レベルの問題を難なく解くことが出来た。

『天才少女』

 周囲の大人達は私のことをそう言った。


 大人がそんな態度をとるものだから、周りにいた子供達も当然、私のことを普通の女の子としては見なかった。

 最初は仲良くしても、

『三島さんは私達とは違うから……』

『先生や親にも三島さんは貴方とは違うから、関わらないようにって言われてるの』

 そう言って皆、私から離れていき、話しかけてくる子は居なくなった。


 ただ一人を除いて。


「ねぇ、三島さんってどこに住んでるの?」

「〇〇だよ」

「えっ、俺の家もその近くなんだ!」

「へぇ、そうなんだ」

「うん。もしかしたらどこかで会ってたかもね」


「三島さん。昨日のテレビ見た?」

「ごめん、テレビはあまり見ないんだ」

「そうなんだ。俺、アドベンチャークイズっていうのが好きなんだ。今度見てみて」

「分かった。機会があったら見ることにするよ」

 話す内容はこのように、毒にも薬にもならない平凡なものだった。


 だけど、そんな平凡な会話がとても楽しかった。


「ね、ねぇ、三島さん。この前のテスト何点だった?」

「百点」

「あっ、やっぱり……」

「安藤くんは?」

「お、おれ?俺は……その…」

「何点?」

「よ、四十点……」

「ぷっ」

「あっ!今、三島さん笑った。ひどい!」

「あははは、ごめん、ごめん」

「実はさぁ、俺昨日、そのことで親に叱られてさぁ」

「そうなんだ。次はちゃんと勉強しなきゃね」

「うううっ」

「……よかったら、今度勉強教えてあげようか?」

「本当?やった!」

 それから、私はよく優斗に勉強を教えるようになった。

 私が勉強を教えると、優斗の成績は大きく上がり、彼からとても感謝された。


 小学校五年生になった時、私は疑問に思っていたことを優斗に訊いた。


「ねぇ、優斗。優斗はどうして私に話しかけてくれるの?」

 優斗はキョトンと首を傾げる。

「親や担任から、私と話すなって言われてない?」

「親からは別に……先生からは……」

「言われてる?」

「……うん、まぁ」

「怒られてない?」

「……」

「正直に言って」

「……うん、怒られた」


 私は自分の唇をギュと噛む。

「なら、どうして私と話してくれるの?」

「ど、どうしてって……それは……まぁ」

 ごにょごにょと口ごもる優斗、その頬は少し紅い。

 そんな優斗を見て、私は確信した。


 優斗は私のことが好きなんだと。


 私は嬉しかった。どんな難問を解いた時にも感じることが出来なかった得も言わぬ幸福感を私は得た。

 そして、気付いた。


 私も優斗が好きだということに。

 

 ***


「優斗……優斗……」

 

 それから、私は優斗の事ばかりを考えるようになった。


 食事をする時も、勉強する時も、他の誰かと話す時も……。

 寝ている時でさえ、夢の中に優斗が出てくる。


 もはや中毒だった。


 私は優斗のことがもっと知りたくなった。

 家では何をしているのか?家族とはどんな会話をするのか?好きな本は何か?部屋には何があるのか?

 彼の全てが知りたくなった。


 中学生になった私はあるものを買った。

 私はそれを小さなぬいぐるみの中に入れ、誕生日プレゼントとして優斗に渡した。優斗は大喜びし、何も疑うことなく、そのぬいぐるみを受け取った。

「さて、と」

 家に帰ると、さっそく私は自分のパソコンに電子機器を繋ぐ。

 すると、パソコン画面に優斗の姿が映った。

 画面の中の優斗は部屋でくつろいでいた。優斗はベッドの上で大きく背伸びをして「ファア」と欠伸をした。カワイイ。

 うん。映像はよく映っているし、音もよく聞こえる。何も問題はない。

「やっぱり買ってよかった」

 映像の中の優斗を見ながら、私はポツリと呟いた。


 優斗にあげたぬいぐるみ。あの中には盗聴器と小型カメラが入っている。


 昔からお金を使うことに無頓着だった私は、親や祖父母から貰った小遣いやお年玉を使わずに溜めていた。その金と、参考書を買う名目でさらに親から貰った金を使い、私は盗聴器と小型カメラを購入した。

 学生の私にとっては、とても高価な買い物だった。でも、後悔はない。


 だって、これで二十四時間、優斗と一緒に居られるのだから。


 自分の部屋で漫画を読む優斗、携帯電話を見る優斗、しぶしぶ勉強をする優斗。

 学校では見ることのできない優斗の姿に私はとても興奮した。


 それから、毎日優斗の姿を見ることが私の日課となった。


 ***


 優斗と付き合いたい。優斗の恋人になりたい。


 それは何度も思った。優斗と私は両想いなのだから、私から告白しても何の問題もない。まず間違いなくOKされるだろう。


 だけど、百パーセントじゃない。両想いだからといって、優斗が私の告白を受け入れるとは限らない。

 優斗は優しいから「俺なんかじゃ三島とは釣り合わない。きっと他に良い男がいるよ」などと言って断る可能性も僅かだがある。

 

 それは駄目だ。そんなのは絶対にダメだ。

 告白を断られたら、私はその場で命を絶ってしまうだろう。


 だから、私は待つことにした。優斗が告白してくるのを。辛抱強く。

 

 ***


「ねぇ、三島さんってさ……安藤君と付き合ってるの?」

 

 ある時、クラスメイトの女子からそんなことを言われた。その表情は何処か不安そうだ。

「いや、付き合ってないよ」

 私は事実を言った。私の言葉を聞いた瞬間、不安げだったその女子の表情はパァと明るくなった。

「そ、そうなんだ。ありがと」

 頬を赤く染め、その子は笑顔で私の元から離れた。

 明らかに恋をしている表情だった。 


 私は愕然とした。私以外に優斗のことが好きな女がいる。その事実に。


 私は何故か、優斗のことが好きなのは自分唯一人だけだと思い込んでいた。

 そんな筈はあるわけないのに。

 何が『天才少女』だ。私は激しく自分を責めた。


 もしも、あの子が優斗に告白したらどうなる?優斗は断るだろうか?

 優斗は私のことが好きなのだから当然断る……とは限らない。


 もし、あの子の告白で優斗が心変わりをしたら?

 もし、私ではなくあの子のことを好きになったのなら?


 いやだ。そんなの。


 絶対に嫌だ。


 ***


 数日後、私はその子にある写真を見せた。


「な、なんで……どうして、これ?」

 その子は写真を凝視しながら、全身を振るわせる。

 写真には、その子の秘密が映っていた。誰かに見せれば、猛烈な誹謗中傷を受けるであろう秘密が。

「取引しよう」

「と、取引?」

「うん、取引に応じてくれたらその写真のことは誰にも言わない。写真のデータも全て消す」

 ゴクリとその子は唾を飲みこんだ。

「な、何をすればいいの?」

 私はニコリと笑う。

「優斗……安藤君に近づかないでほしいんだ」

「あ、安藤君に?」

「うん、そう。守れる?」

「そう……そういうこと……付き合ってないって言ってたけど、貴方も安藤君のこと……!」

 一瞬、その子は私に殺意の目を向けた。だけど、私は意に介さなかった。

「守れるの?守れないの?」

「うっ……」

 案の定、こちらが強く出ると相手はたじろいだ。

「答えてよ。守るの?守らないの?」

「……守ります」

 その子は涙をポタポタと写真に落とした。

「守ります。あ、安堵君には近づきません。だ、だから、この事は誰にも……誰にも言わないで……ください」

「うん、分かった。君が約束を守ってくれるなら誰にも言わないよ」

 私は彼女に背を向け歩き出した。背後からは激しく泣く声が聞こえた。


 排除完了。


「これからは、もっと注意しないとなぁ」

 今後は、優斗のことが好きな女が出てきても、いち早く対応できるように、あらかじめ優斗の周囲にいる女を調べておかなければ。


 それから私は優斗に好意を持つ可能性のある女を調べ、排除した。誰にも……特に優斗には絶対に気付かれないように。


 その際、何人か病院送りにしてしまった子もいる。

 多少は悪いと思うが仕方ない。これも私と優斗の愛のためだ。


 ***


『由香里、お、俺と付き合ってくれ!』

『……うん!喜んで!』

『よっしゃああ!』


 高校二年生になった時、優斗は私に告白した。私が告白に応えた瞬間、私と優斗は恋人同士になった。

(……長かった)

 ここまで来るのに本当に長かった。

 

 優斗が告白してくるまで、辛抱強く待った。その間に優斗の周囲にいる女を調べ、優斗に何かをしようとすれば排除する。

 本当に大変だった。

 でも、振り返ってみるとあっという間だった気もする。


 残念ながら、私と優斗は別の高校に通うことになった。

 本当は優斗と同じ高校に行きたかったけど「由香里は自分に合った高校に行くべきだ」と優斗に断られた。

 寂しかったけれど、そんな優斗の優しさが嬉しかった。

 

 恋人になってからも、日課である優斗のプライベートの観察は続けていた。


 特にデートが終わった後、部屋で楽しそうに、にやけている優斗は可愛くて、愛おしくて仕方がなかった。


 幸せだった。人生で一番幸せな時間だった。


 でも、その幸せな時間は僅か一か月で終わった。


 ***


 優斗がトラックに轢かれて死んだと知ったのは、彼が死んだ翌日の朝だった。


 トラックの運転手の話によると、彼は一緒にいた女に引っ張られるようにして道路に飛び出してきたのだという。


 その女の名前は菱谷忍寄。


 菱谷忍寄は優斗が所属していた部活の後輩だった。

「部活にあまり人となじめていない子がいる」と優斗が心配そうにしていたので、警戒していた。

 優斗のことだ。そんな子を放っておけるはずがない。そして、優しくされた菱谷忍寄が優斗に恋をする可能性は高い。


 案の定、菱谷忍寄は優斗が私に告白した少し後に、優斗に告白した。


 菱谷忍寄が優斗に告白をしたことを知った私は、菱谷忍寄をどうやって排除しようかと考えていた。だけど、菱谷忍寄の方から私に会いに来た。

 菱谷忍寄は私から優斗を奪うために、私を排除しようとしてきたのだ。


 私は以前習った護身術を使って、菱谷忍寄を取り押さえた。

 腕の骨を折ってやろうと思ったけど、逃げられてしまった。

「必ず、お前から先輩を奪ってやる!」と喚き散らす菱谷忍寄に私は、

「たとえ、奪われても必ず奪い返す」と言った。


 その言葉は本心だったけど、わざわざ優斗を奪われるつもりはなかった。

 私は改めて菱谷忍寄を排除する計画を立てた。


 でも、計画を実行する前に、菱谷忍寄は優斗と無理心中を図った。


***


 私は後悔した。

 

 あの時、菱谷忍寄を逃がしてしまったことを。

 あの時、菱谷忍寄を殺さなかったことを。


 だけど後悔しても、もう遅い。


 私は優斗の葬儀に参加し、もろもろのことを終えると、彼の後を追って自殺することにした。

 優斗のいない世界に意味などないから。


 それに、死ねばまた優斗と会えるかもしれない。一縷の望みに私は賭けた。


 私は優斗が轢かれたのと同じ場所で、走るトラックの前に身を投げた。


 ***


 死んだあと、私は異世界に飛ばされた。

 

 私は喜びに打ち震えた。だって、死んだ私が異世界に飛ばされたのなら、優斗だってこの世界に来ているかもしれないから。


 私は、この異世界のことを調べた。

 どうやらこの世界には魔物や魔法といったものが実際に存在しているらしい。その上で人間は文明を築き、生活している。

 お金や身分の概念もあった。

 私は優斗を探すための資金と権力を得るために、まずこの世界の魔法について調べた。

 そして、私が前に居た世界の数学の概念を応用することで、より強い魔法を使えることに気付いた。

 私は魔法使いとなり、多くの実績を上げた。そうしている内に、王に気に入られ、貴族並みの地位を得ることが出来た私はいつしか『大魔法使い』と呼ばれるようになった。


 そして一年後、優斗がこの世界にやって来た。


 私は歓喜のあまり涙を流した。やっぱり私と優斗は赤い糸で結ばれているのだ。


 だけど、優斗は同じくこの世界に来ていた菱谷忍寄に捕らわれていた。

 策を練り、私は菱谷忍寄から優斗を奪い返した。


「たとえ、奪われても必ず奪い返す」以前、あの女に宣言した通りに。


 そして、現在。優斗は私の傍にいる。


 ***


「イアって名前の国とラシュバって名前の国が戦争するんだってさ」


 安藤は新聞の内容を読み上げる。

「ラシュバ国の王様がイア国の刺客に暗殺されたんだって。王様だけじゃなく、大臣やその場にいた兵士全員が皆殺しにされたって書いてある」

「へぇ」

「ラシュバって国には『大魔法使い』って呼ばれている凄い魔法使いがいるらしいけど、その『大魔法使い』は王様が暗殺されて以降、行方不明らしい。噂じゃ、イア国に連れ去られたんじゃないかって」

「そう」

「ラシュバ国は新しく王様を立てて、イア国に宣戦布告したらしい。イア国はラシュバ国の王様暗殺の関与を否定しているけど、ラシュバ国は聞く耳を持たず、そのまま開戦したらしいよ」

 安藤は新聞を凝視する。

「まぁ、イア国もラシュバ国も俺達が

「優斗」

「なに?」

「ご飯冷めるよ」

「あっ、ごめん」

 安藤は新聞を隣に置き、ご飯を一口食べた。

「おいしい!由香里の料理はいつでもおいしいね」

 三島の出す料理は、いつも安藤の好む味ばかりだ。

「由香里は俺の事、何でも知ってるなぁ」

「ありがとう」

 安藤の言葉に三島はクスリと笑った。

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