第23話 最弱剣士とストーカー魔法使い

 自分の目の前にいる女性を見て、安藤はポツリと呟いた。

「ゆ……由香里?」

「久しぶり、優斗」

「ほ、本当に……?本当に由香里なの……か?」

「幻覚なんかじゃないよ。本物の私だよ」

 目の前の女性、三島由香里はニコリと微笑む。


「お、お前……ど、どうして……ここに……」

「とりあえずここを出ようよ。さぁ、立って」

「あ、ああ」

 自分に延ばされた三島の手を掴んで安藤は立ち上がった。その時、違和感を覚える。

 足が全く痛くないのだ。ナイフで刺されたはずなのに。安藤は自分の足を見る。

 

 安藤の足には傷一つ付いてなかった。


「な、なんで……?刺されたはずなのに」

「ああ、足の傷なら治しておいたよ」

「えっ?」

 安藤は目を見開いた。“治しておいた?”

「ど、どういうことだ?お、お前まさか……!」

「そっ、魔法を使ったの。治療の魔法をね」

 軽い調子で話す三島に、安藤は混乱する。

「お前、魔法が使えるのか?」

「うん、そうだよ。凄いでしょ!」

 エッヘンと胸を張る三島。それは安藤がよく知る三島の笑顔だった。

「お前、どうして魔法が?いや、その前にどうして此処にいるんだ?」

「ストップ」

 三島は安藤の唇を指で触れた。

「話は此処を出てから。落ち着ける場所に移動してそこで話そう。ね?」

「わ、分かった」

「じゃ、行くよ」

「行く?」

 三島は安藤の手をギュと握る。


「テレポート」

 

 三島が叫ぶ。すると安藤と三島、二人の姿が同時に消えた。

 

 あとには、真っ黒に焦げたビリーの死体だけが残った。


      ***


「うっ」

 安藤が目を開けると、さっきまでいた場所とは全く別の場所にいた。

「こ、此処は?」

「私の家だよ。さ、座って」

「あ、ああ……」

 三島に勧められるがまま、安藤は椅子に座った。

「お茶でも飲む?」

「あ、ああ……」

 三島の問いかけに安藤は力なく頷く。三島は台所に行くと、お湯を沸かした。

 

 待っている間、安藤は周りを見た。

 三島の家は、木で建てられているようだった。木の良い匂いが家中に漂っている。

 家の中には、たくさんの本があった。文字が読めないのでなんの本かは分からないが。

「お待たせ」

 持ってきたお茶を三島は安藤に差し出す。

「どうぞ」

「あ、ありがとう」

 差し出されたお茶を安藤はじっと見つめた。

「毒なんて入ってないよ?」

 三島はクスッと笑う。

「い、いや……別に。そんなこと思ってないよ。じゃあ、いただきます」

 安藤はお茶をゆっくりと飲む。温かいお茶がのどを通った。

「おいしい」

「よかった。お菓子もあるよ」

「ありがとう」

 安藤は黒い塊を口の中に入れた。

「これ、チョコレートか?」

「正確には違うけど、出来るだけ味を再現したの」

「そうか…おいしいよ」

 懐かしい味に思わず涙腺がゆるむ。安藤はゆっくりと味わってそれを食べた。


「な、なぁ。由香里。お前、どうして此処にいるんだ?」

 改めて安藤は質問する。

「私のことを話す前に、優斗の話を聞きたいな」

「俺の?」

「大変な目に遭ったんでしょ?分かるよ」

「そ、それは……」

 話して良いのか迷う。もし、全てを話してしまえば三島に嫌われてしまうかもしれない。

 それは……嫌だ。

 安藤が迷っていると、三島はそっと安藤の頬に触れた。

「大丈夫だよ、優斗。何があったとしても私は絶対に貴方を嫌うことはない」

「―――ッ!」

「だから話して」

「……分かった」

 安藤は覚悟を決め、今まであったことを三島に話し始めた。


 菱谷に告白をされ、その告白を断ったこと。

 電車の中で菱谷に弄ばれたこと。

 無理やり心中させられたこと。

 気が付けば此処にいたこと。

 この世界で菱谷はとても強い魔法使いになっていたこと。

 今までずっと、菱谷に捕らわれ、魔法で無理やり肉体関係を結ばれ続けたこと。

 菱谷が何人も人を殺したこと。理由は殺された人間が安藤の悪口を言ったり、安藤を傷付けたりしたから。

 菱谷がオリハルコン・ゴーレムとその子供を無惨に殺したこと。

 菱谷が居なくなった隙に逃げ出し、ビリーという男にかくまわれていたが、実はビリーは菱谷の狂信者で、嫉妬した彼に殺されそうになったこと。

 そこを、三島に助けられたこと。


 全てを話した。


「……そう、大変な目に遭ったね」

 安藤が全てを話し終えると、三島はポツリと言った。

「……怒らない……のか?」

「どうして?」

「だって、俺、お前以外の女と……」

「魔法で操られていたんでしょ?優斗のせいじゃないよ」

「お、俺のせいで何人も……死んだ」

「それも、優斗のせいじゃない。でしょ?」

「…………」

 三島は安藤の隣に移動して、そっと彼を抱きしめた。


「辛かったね。優斗。もう大丈夫だよ」


「―――ッ、うっ、ううう」

 気が付けば、安藤は三島を抱きしめ返していた。

 そして、大きな声で泣いた。そんな安藤を三島は、彼が泣き止むまで抱きしめ続けた。


   ***


「ご、ごめん。みっともなく泣いたりして」

「ううん。みっともなくなんてないよ」

 三島に抱きしめられ、少し気分が落ち着いた安藤は三島から離れた。

「じゃ、じゃあ、今度は由香里の番だ。どうして、此処に?」

「……」

 三島は少し間沈黙し、口を開いた。

「言ってもいいんだけど……意味がないからなぁ」

「……?どういうことだ?」

 三島は安藤の額に優しく触れた。

「……三島?」

「さっき、優斗に何があったのかを話させたのは、記憶を思い出させるためだったんだ」

「記憶?」

「記憶は時間が経つにつれて、新しい記憶が上から降り積もっていく。そうしたら前の記憶はどんどん下の方に行っちゃうの。でも、古い記憶も、思い出したら、また新しい記憶として上に行く。地面を掘って下にある土を一番上に乗せるみたいなイメージだね」

「由香里?一体、何の話を?」

「一番新しい記憶なら簡単に変えられるけど、記憶は底に行けば行くほど、変えにくくなる。だから変えたい記憶があった場合、私はまず、その記憶を思い出してもらって、一番新しい記憶にするの。優斗の場合、変える記憶は、この世界に来る少し前のことと、この世界に来てからあったこと。私に話すことで、その記憶を思い出してもらったんだ」

「ゆ、由香里?」

「ごめんね。優斗」

「えっ?」

「本当はこんなことしたくないけど……貴方のためだから」

 瞬間、安藤の頭に凄まじい激痛が走った。

「ぐあっ」

 安藤はグラリとふら付き、椅子から落ちた。


「大丈夫?優斗」

「ああ、うん。大丈夫」

 三島から差し出された手をゆっくりと掴み、安藤は立ち上がった。

「疲れていたのかな?なんか、めまいがして……」

「ねぇ、優斗」

「何?」

 三島は安藤の目をじっと見つめる。そして、質問した。


「私達、どうしてこの世界にいるんだっけ?」


 三島の問いに安藤はキョトンとした表情で答える。

「どうしてって、そんなの……」

 安藤はゆっくりと口を開く。


。そうだったろ?」


「うん、そうだったね。ごめんね。変な事聞いて」

「いや、別にいいけど……どうして今更そんなことを?」

「別に、気にしないで」

 三島は安藤をギュッと抱きしめた。

「優斗、貴方は私が幸せにする」

 今まで通りに。そして、これからも。だって……。









「貴方は私のものだから」


 そう言って、三島はニヤリと唇の端を上げた。


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