第14話 最強の魔法

(銃声!?)

 魔女の屋敷に潜入した精鋭部隊の耳に銃声が聞こえた。

 

 パン、パン、パン。


 銃声は一つだけではない。屋敷の至る所から銃声が聞こえる。


 その時、屋敷中が明るくなった。屋敷中の蝋燭に火が灯ったのだ。


(何!?)


「ケケッケッケエッケケ」

「キキキキキキキキキキ」

「カカカカカカカッカカ」


 不気味な笑い声と共に倒れていた人形達が起き上がり始めた。

 立ち上がった人形達は、二人に襲い掛かる。


「リ、リーダー!」

「……くっ!」


 パン、パン、パン、パン。


 リーダーは襲い掛かってくる人形達に向けて銃弾を放つ。だが……。


「クケケケッケケ」

 銃弾を受けた人形達は、一度は倒れるものの何事もないように立ち上がる。

「来い!」

「はい!」

 リーダーと女性は階下へ逃げようとする。しかし、そこにも人形がウジャウジャいた。

「リーダー!」

「こっちだ!」

 リーダーは女性の手を掴み走り出す。そして、近くにあった扉をこじ開け中に入った。様々な魔法道具が置いてある物置小屋のような部屋だった。

 二人は、鍵を掛け、扉から距離を取る。


 ドンドンドン。


 追ってきた人形達が扉を激しく叩く。その度に扉が激しく軋んだ。鍵を

こじ開けられるのも時間の問題だろう。


「リーダー、このままでは……」

「魔法は使えるか?」

「え?」

「何でもいい、魔法を発動してみろ」

「は、はい!」

 女性は手のひらを上に向け何かを念じる。しかし、何も起きない。

「ダメです。魔法を発動できません!」

「そうか……」

 マジック・インバリッドは正しく発動している。だが、屋敷内で起きている現象は紛れもなく魔法によるもの。

 ということは……。


「魔女にはマジック・インバリッドが効いていない」

 リーダーの言葉に女性は目を大きく見開く。

「そんな……一体どうやって」

「それは、分からん。だが、まぎれもない事実だ」

 リーダーは考えを巡らせる。


「魔女は“あの方”と同レベルの魔法の使い手だと言うことだ」


「―――ッ!」

 女性は大きく目を見開く。対照的にリーダーは目を閉じ、静かに思案する。

 魔女は魔法を自在に使えるが、こちらはマジック・インバリッドの影響で魔法が使えない。テレパシーの魔法も使うことが出来ないので、外の仲間にマジック・インバリッドを解除してもらうことも出来ない。


 皮肉なことに、魔女を追い詰めるはずの魔法で逆に彼らが追い詰めらえていた。


(いや、例えこちらが魔法を使えたとしても、魔女が魔法を使えている時点で、こちらには、万が一にも勝ち目はない。屋敷を脱出することすらできないだろう)


「……リーダー、これからどうすれば……」

「静かにしろ」

 リーダーは口に人差し指を立て、目を閉じる。

「銃声が止んだ」

「え……あっ」

 女性が目も気付く。屋敷に鳴り響いていた銃声。それが聞こえなくなった理由は二つ考えられる。


 一つ目は、仲間が魔女を排除した可能性。

 もう一つは……仲間が全滅した可能性。


 もし仮に、仲間が魔女を排除したのなら部屋の前にいる人形達は再び動きを止めるはずだ。しかし、その気配は全く感じられない。

 ということは……。

「……ここまでだな」

 リーダーは、ゆっくりと目を開けた。

「最早、我らに退路はない。作戦の続行も不可能だ。ならば、やることは一つ」

「……」

「覚悟はいいな?」

「……はい、もちろんです」

 女性の目に強い光灯った。二人は、懐から小さなカプセルを取り出す。

 即効性の猛毒入りカプセル。口の中に入れれば、たちまち命を奪う。


 苦痛なく、安らかに……。


「あの方のために……」

「あの方のために……」


 二人は同時にカプセルを口の中に運ぼうとする。


「『動くな』」


 突如、二人の背後から声がした。反射的にリーダーは振り返り、声のした方向に向けて銃を撃とうとする。

 しかし、リーダーはその場から動けなかった。振り返ることすらできない。まるで、石になったかのように指一本動かすことができない。

 視線を隣に向ければ、女性もリーダーと同じように固まっている。


(これは……まさか“言霊”の魔法か!?)

 言葉に魔法を込める。魔法が込められた言葉を聞いた者は、その言葉通りの行動を取ってしまう。

 人を自在に操ることができる魔法の中でも最大級の上位魔法。こんな魔法が使える者は……。


(魔女!)


 動けない二人に魔女は静かに語りかける。


「さて、じゃあ答えてもらおうか……」


 魔女は感情の籠っていない声で囁いた。


「『誰に頼まれた?』」


              ***


「「カシム様」」


 リーダーと女性の口から同時に同じ人物の名前が漏れた。


「カシム=ミヤリ様。それが俺達に命じた方のお名前だ」

「カシム=ミヤリ様の命令で私達はこの屋敷に潜入した」


(くそ……最悪だ!)


 リーダーの心の中が、罪悪感と後悔で埋め尽くされる。魔女に自分達の主の名前を話してしまった。


「他の奴らも同じ名前を口にした。命令したのはそいつに間違いなさそうだな。さて、では次の質問に答えてもらおうか」

 魔女は、再び言霊の魔法を口にする。


『そいつは、どんな姿をしている?』」


 その巨大な強制力に抗うことは二人には出来ない。リーダーと女性の二人は再び同時に口を開いた。


「「分からない」」


「……」

 魔女はしばらくの間、黙り込んだ後、また言霊の魔法を発動させた。


「『そいつの性別は?』」

「「分からない」」

「『そいつの容姿は?』」

「「分からない」」

「『そいつの身長は?』」

「「分からない」」

「『そいつはどこにいる?』」

「「分からない」」

「『そいつは何故、先輩を連れ去ろうとした?』」

「分からない。我々は、ただ、魔女に囚われているアンドウという人間を無傷で救い出して自分の元まで連れてきて欲しいとの命令を受けただけだ」

「分からない。私達はアンドウという人間を無傷で連れてくるように命令されただけ」


 魔女は納得するように頷いた。


「お前ら以外の人間も大体同じような事を言っていた。つまり、お前らが首謀者について知っているのは名前だけ……という訳か」


 魔女は二人の頭に手を置いた。その瞬間、二人の頭に激痛が走る。


「ぎゃあああああ!」

「……ッ!」


 数えきれないほどの拷問に対する訓練を受けているリーダーは何とかその痛みに耐えられた。だが、リーダーに比べ拷問の訓練をあまり受けていない女性は、その激痛に思わず叫び声を上げた。


「やはり……な」


 魔女は二人からゆっくりと手を離す。二人はその場に倒れそうになったが、魔女の言霊により、倒れることすら許されない。


「記憶の一部に欠損が見られる。他の奴らもそうだった。お前らは首謀者に関する情報を消されて此処にやって来たのか」


 記憶操作の魔法。言霊の魔法と同じ、扱える人間が限られる上級魔法。

 言霊の魔法でも、本人が忘れてしまった事を話させることはできない。


「残念だったな。魔女!」


 リーダーが嘲笑を含んだ声で笑った。


「お前の言う通り、我々はあの方の記憶を消して此処に来た。記憶がなければ、いくらお前といえど、あの方の情報を得ることはでき……」

「『黙れ』」

「ぐっ……」

 リーダーの口が強制的に閉じられた。その拍子に舌を強く噛んだため、口から血が流れ落ちる。

「もう、お前らに用はない」

 魔女は二人の前に回わり、正面から二人を見た。


「お前ら、よくも先輩を連れ去ろうとしたな」


 その眼は、どこまでも暗い。


「楽に死ねると思うなよ」


              ***


「ぎゃああああああああ!」

 部屋の中から女性の悲鳴が響き渡る。

「やめろ……もう、やめくれぇ!」

 悲鳴は一つだけではない。部屋の中からは男性……リーダーの叫び声も聞こえる。

「ぎゃあああ!」

「くっ、やめろおおお!」

 女性の叫び声は痛みに溢れ、リーダーの叫び声は苦痛に歪んでいる。


 魔女は言霊の魔法で、ある命令をリーダーにしていた。


「『自分の仲間を殺さずに刻み続けろ』」と。


「くそ、くそっ、くそ!」

 リーダーは必死に手を止めようとするが、その手は淡々と女性の体を刻み続ける。

 死なせないように細心の注意を払いながら。


 リーダーは様々な拷問の訓練を受けてきた。また、時には敵を拷問して情報を聞き出すこともあった。どの程度で相手が死ぬか、どうすれば相手を殺さずに済むか、リーダーは熟知していた。


 その知識が今、仲間に向けられている。


「痛い、痛い、痛い。リーダー、やめてえええええ!」

 女性が泣き叫ぼうが、懇願しようがリーダーの手は止まらない。彼の意識を無視して。

「くそっ、くそおおおおお」

 様々な拷問の訓練を受けているリーダーも『信頼する仲間をその手で刻み続ける』拷問の訓練は受けてはいない。

 死ぬ覚悟はしていた。仲間を失う覚悟もしていた。


 だが、『その手で仲間を殺す』覚悟はできてはいなかった。


「いやあああああああああ!」

「やめてくれええええええ!」


 肉体的拷問と精神的拷問を受け続け、叫び続ける二つの声。

 それは、魔女が部屋を出てからも止むことはなかった。


              ***


「ひいいいいいい!」

「た、助け……ぎゃあああ!」


 目を背けたくなる拷問が行われ部屋を後にした菱谷は、そのまま外に出て、マジック・インバリッドを発動していた者達を皆殺しにした。

 念のため、外にいた人間達の記憶も覗いてみたが、矢張り皆、首謀者の名前しか記憶していなかった。


 ギシリと菱谷は歯を強く噛みしめた。

 自分達を襲ってきた者達を皆殺しにし、拷問にかけてもその心が晴れることはない。


 菱谷は安藤を攫うように命令した人間の事を考える。


 自分達を襲ってきた者達に、首謀者の記憶はなかった。にも拘わらず、彼らは首謀者に対しての忠誠心は失っていなかった。

 首謀者は自分に関する情報のみを記憶から消し、忠誠心だけを残した。

 もしくは、首謀者は全く自分とは無関係の人間達に自分に仕えているという偽の記憶を植え付けたかのどちらかだ。

 

 どちらにしろ、これは並みの魔法使いに行えることではない。

 

 『最強の魔法は何か?』という問いを人に投げつけてみると、実に様々な答えが返ってくる。


 ある者は、世界を滅ぼせる魔法と言い、

 ある者は、時間を操る魔法と答える。

 

 しかし、その中で必ず挙げられるのが

『記憶を操作できる魔法』だ。

 相手の記憶を自在に操作することさえ出来れば、世界征服すら容易い。


 菱谷も『言霊の魔法』で相手を操ることは出来る。

 しかし、『相手の記憶を操作する魔法』は菱谷も使うことは出来ない。


 菱谷は『相手の記憶を見る』ことは出来ても『相手の記憶そのものを操る』ことは出来ない。

 つまり、相手は菱谷と同等か、それ以上に魔法を使うことが出来る相手かもしれないということだ。


 菱谷はポツリと呟く。

「下らない」

 ズズズズズと菱谷の影が広がる。その中から一人の人間が浮かび上がった。


 安藤。菱谷がこの世界で……いや、前の世界も含めて最も愛している存在。


 安藤は目を閉じて静かに眠っている。まるで赤子のようなその姿に、菱谷の胸は深く締め付けられた。

 菱谷は顔を紅くしながら、安藤に覆いかぶさり、その口に自分の唇を重ねる。

「んっ……ンンッ!?」

 目を覚ました安藤は驚き、菱谷を引き剥がそうとする。だが、お構いなしに菱谷はさらに深く自分の唇を押し付けた。


 先輩は、私の物だ。


 強引な口付けをしながら、菱谷は冷たく誓う。


 誰にも渡すものか。

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