第13話 探索

「聞いたか?魔女がオリハルコン・ゴーレムの討伐に成功した話」

「もちろんだ」

「ああ、私も知っている」


 菱谷がオリハルコン・ゴーレムを討伐してから三日目。話は既に多くの貴族に認知されていた。


「魔女は全くの無傷だったそうだな」

「Sランクの魔物を一人で相手をしておきながら……流石は魔女だな!」

「しかも、宝石が散りばめられている洞窟まで発見したらしい」

「一体いくらの利益になることやら……」

「それもだが、魔女は創造魔法を発動させたとのことだぞ」

「創造魔法なんて、本の中だけの魔法だと思っていたんだがな……」

「まさか、本当に存在するとはな」

「聞く所によると、魔女は創造魔法でオリハルコン・ゴーレムを造ったらしい。しかも空気中の窒素を媒介にして……だ」

「それはつまり、空気中の窒素で、オリハルコンを創造したということだ」

「とんでもないことをするな」

「空気中にいくらでもある窒素でオリハルコンを作れるとなると、危険を冒してオリハルコンを採掘する必要もなくなる」

「しかし、そうなるとオリハルコンの値段は相当値崩れするだろうな」

「オリハルコンの売買には、裏組織の人間も多く関わっている。この話が広まれば、魔女は裏組織の人間からも狙われることになるな」

「まぁ、それは大丈夫だろう」

「ああ、魔女だしな」

「魔女を殺せる人間なんて、それこそ、この世界に十人もいないだろう」


「協会の“聖女”に遠国の“大魔法使い”……それに隣国の“大賢者”ぐらいか」


「それに引き替え、ジュリアンの奴と言ったら」

「魔女が来る前に、自分で討伐しようとして多くの兵を死なせたらしい」

「馬鹿な事をしたものだな」

「反乱でも起きたらどうするつもりなのだろうな」

「なぁに、その時は、また魔女に解決してもらえばいいのではないか?」

「それもそうだな!」

 ハッハッハッと貴族達は笑う。

「あっ、お、おい!」

 貴族達は顔を蒼ざめ、笑うのを止める。貴族達が笑いの種にしていた張本人、ジュリアンが横を通り過ぎた。

「……」

 ジュリアンは自分を笑いものにしていた貴族達をジロリと睨んだが、何も言うことはなく、その場を去った。

「聞こえたか?」

「当然、聞こえただろうな」

「まぁ、いいんじゃないか?今回の失敗でアイツの王からの信頼も落ちただろから、辺境の地へ領地替えもありえる。そうすれば二度と会うこともない」

「それもそうだな」

 ハッハッハッと貴族達は再び笑いあった。


「どいつもこいつも馬鹿にしやがって!」


 ジュリアンはギシリと歯を噛みしめる。そして、憎き女の姿を思い浮かべながら、吐き捨てた。


「魔女め……絶対に許さんぞ」


                 ***


「あれが魔女の館か、何ともおぞましいな」


 フードを被った集団の一人が遠くに見える魔女の館を見ながら呟く。

「お前達、そろそろ“ステルス”を掛けておけ」

「こんな遠くからですか?まだかなり距離がありますが……」

「魔女は俺達の常識を超える数々のことをやってのけた。俺達の常識で魔女を測るな」

「はっ、失礼しました!リーダー」

「館に到着次第、手筈通りにやる。失敗は絶対に許されない。いいな?」

「はっ」

 リーダーと呼ばれる初老の男性は遠くに見える魔女の館を見て呟く。


「必ず目的は達成させる」


 魔女の屋敷に到着したフードの集団は二つに分かれる。

 片方のグループは一斉に散り散りになり、魔女の館を囲む。リーダーがいるもう片方のグループは少し離れた場所で待機。

 彼らはテレパシーの魔法を使わない。姿、音、さらに魔力も探知されなくなる上級魔法“ステルス”を使っているとはいえ、相手は魔女。万が一にも僅かな魔力を探知されないよう念には念を入れる。


「時間だ」


 初老のリーダーが呟く。テレパシーの魔法を使っていないため、当然、その声は遠くにいる仲間には聞こえない。

 しかし、彼らはまるでリーダーの声が聞こえたかのように頷いた。


 そして、全員同時に同じ魔法を発動させる。


「「「「「「「「「「「マジック・インバリッド!」」」」」」」」」」」


 発動させたのは、複数人で円を作り、その中にいる者の魔法の発動を無効にする超上級魔法。円の中にいる者は魔法を発動することができなくなる。

「成功したな」

「はい」

 その場にとどまった者達は、コクリと頷く。


 これで魔女は魔法が使えない。


 この魔法を発動し続けることが出来る時間は、およそ三十分。その間に目的を達成しなくてはならない。

 初老のリーダーは静かに、だがよく通る声で言った。


「突入開始」


                 ***


「潜入成功、これより六チームに分かれて行動する」

「了解」

 魔女の屋敷に潜入した人間は十二人。マジック・インバリッドを発動させている人間は屋敷の中に潜入できず、さらにこの魔法の中に入った人間は敵味方関係なく魔法を発動することが出来なくなる。

 だが、彼らは何度もこのような経験をしている精鋭部隊だ。魔法を使えずとも、全く問題はない。銃を構え、剣を携え、僅かな明かりで二人一組となり屋敷を探索する。


「なんだ……これ?」


 屋敷に侵入した精鋭部隊だったが、内部の異様さに目を見開く。


 屋敷の中は天井にも床にも壁にも、至る所に絵が飾られていた。しかも、絵に描かれているのは全て同じ人物だ。

 その人物が物を食べたり、眠ったり、本を読んだり、笑ったりとしている場面が描かれており、一つとして同じものがない。

 様々な場所に潜入した彼らでさえ、こんな異様な光景を見るのは初めてだった。

「……探索を続ける」

「りょ、了解」

 動揺しながらも、彼らは屋敷を探索を続ける。

「西二階クリア」

「東一階クリア」

「南一階クリア」

 途中、いくつもの人形があった。おそらく、魔女が身の回りの世話をさせるために造っていた人形だろう。魔力の供給がなくなったため、ただの人形に戻ったのだ。


 魔女が魔法を使えなくなっている証拠だ。


 探索はさらに続く。

「北二階クリア」

「南二階クリア」

「東二階クリ……ん?」

 

 東二階のある部屋の中に侵入した二人が眉根を上げた。

 その部屋はとても簡素な造りで、部屋の中にはベットが一つだけあるだけだった。そのベッドが膨らんでいる。

 明らかに誰かがそのベッドの上で眠っていた。二人は声を出さず、ジェスチャーで会話をする。

『対象か?』

『分からん、魔女かもしれん』

 二人は銃を構え、ベッドにゆっくりと近づく。そして布団を静かにめくった。

 そこにいた人物を見て、二人は顔を見合わせた。

『対象だ』

『ああ』


 ベッドの上にいたのは一人の男だった。屋敷中に飾ってある絵に描かれている人物。ベッドの上で眠っている男に、彼らはそっと手を置いた。


「アンドウ様……ですね」


 ベッドで眠っている男がゆっくりと目を開ける。

「お静かに、我らは敵ではありません」

 唇に人差し指を当てながら、彼らは続ける。


「アンドウ様……私達はある方の命によって、貴方を助けに来ました」


 ベッドの上の安藤に、彼らは優しく手を伸ばした。

「さぁ、行きましょう。あの方がお待ちです」

 まどろんだ表情の安藤が口を開ける。部屋の中の二人は安藤の言葉を待つ。

 だが、安藤の口から出たのは言葉ではなかった。


 パン。


 安藤に優しく手を置いた人間の頭に穴が開いた。彼はグラリと揺れ、そのまま倒れる。

「え?」

 何が起きたのか分からないもう一人は、呆然とその場に立ち尽くす。

 ベッドの安藤はもう一人にも口を向けた。

「くっ!」

 もう一人は、咄嗟に安藤に銃口を向ける。


 パン。

 パン。


 二発の銃声が鳴り響いた。一発は部屋に入って来た者の肩に、そしてもう一発は……。


 安藤の眉間を正確に貫いていた。

 

(くそ!なんてことだ……)

 肩に銃弾を受けた彼は、床に倒れながらも安藤を見る。

(対象を殺してしまった!)

 まさか、対象が撃ってくるとは微塵も思わなかった。彼はベッドに横たわる安藤に再び近寄り、その顔を覗く。

「こ、これは……!」

 そして、目を見開いた。

「対象じゃない!」


 それは、人形だった。


 本物と見間違う程の精巧な人形。開いた人形の口からは筒状のものが出ていた。うっすらと、煙の匂いがする。弾丸は此処から発射されたようだ。

(ば、馬鹿な。魔女は今、魔法が使えないはず!なのにどうして!?)


「先輩なら、此処にはいない」


「―――ッ!」

 その声は、仲間の声ではなかった。氷のように冷たい声。


 魔女だ。


 パン。パン。パン。パン。パン。


 振り向き様に彼は銃を何発も撃った。だが、銃弾は魔女に当たる寸前でピタリと静止し、それから地面に落ちた。

 普通ではありえない現象。明らかに魔法だった。

(そ、そんな!)

 マジック・インバリッド……魔法発動無効化魔法は未だに発動中だ。

 なのに、魔女は魔法を使った……つまり、魔女にはマジック・インバリッドが効いていない。

「ど、どうし……」

「お前」

 彼の疑問の声は、魔女の声によってかき消された。


「人形とはいえ、よくも先輩の顔に傷を付けたな」


「え……うぐっ!」

 彼の眉間に強烈な痛みが走った。眉間からタラリと血が流れ落ちる。

 眉間に小さな傷が出来ていた。その傷は徐々に大きくなっていく。

「うあああああ!」

 鋭い痛みが走る。まるで回転するドリルを眉間に押し当てられているかのように、傷が深くなっていく。

「あがあああ、や、やめ……あああああああ!」

 傷は骨にまで及び始める。頭蓋骨が少しずつ削られ、穴が開いていく。

「ぐがああああ!」

 傷は骨を貫通し、脳に及んだ。

「ガフッ……」

 彼は足から崩れ落ち床に倒れる。眉間に空いた穴は、まるで銃弾が命中したかのようだった。


「あっ……しまった」

 菱谷はポリポリと頬を掻く。

 怒りのあまり殺してしまったが、まだ黒幕が誰か調べていなかった。

「まぁ、いいか」

 菱谷は唇の端を釣り上げる。


「あと、十人もいるんだし」



 

 




 

 

 

 



 

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