第10話 オリハルコンはオリハルコンでしか壊せない

『オリハルコンはオリハルコンでしか壊せない』


 そんな言葉がある。

 

 オリハルコンは鉄の何十倍も壊れにくく、あらゆる薬品に侵されない。

 さらに、オリハルコンは金属の中でも特に魔法耐性に優れているため、魔法をほとんど受け付けない。

 そのあまりの頑丈さに昔は『オリハルコンはオリハルコンでしか壊せない』と言われていた程だ。現在でもオリハルコンを加工するには、別のオリハルコンを使うことがほとんどだ。


 そのため、オリハルコンの価値は非常に高く。金属の中で最も高額で取引されている。


                ***


「ヒシタニ殿、お待ちを!」

 歩き出そうとして菱谷を部隊長が呼び止める。

「何でしょう?」

「あ、貴方が……貴方があの二人を殺したのか?」

「はい、そうですよ」

 部隊長の問いに、菱谷はあっさりと答える。

「な、何故。何故彼らを!?」

「決まっているじゃないですか」

 菱谷は隣にいる安藤の腕に、自分の腕を絡ませた。


「この人を笑ったからですよ」


「その人を笑った……から?」

「はい、あの二人はこの人を笑いました。だから殺したのです。あの二人は人を笑うのが好きなようでしたので、そのまま“笑い死に”してもらいました」

 魔女の口調は変わらない。嘲笑も愉悦も後悔も感じられない。ただ、自分のしたことを淡々と語っている。

「どうして、あの二人がその方を笑ったと?」

「私は、魔法で自分の聴力を上げています。ある程度の距離なら、どんなに小声で話していても私の耳に届きます」

 何でもなく話す菱谷に、部隊長の顔が蒼ざめる。

「あ、貴方は……そんなことで、二人の命を奪っ……」


?」


 菱谷の口調が突然変わった。光を失った目が部隊長を映す。


「もし、笑われたことで先輩が傷付き、ストレスを感じたらどうするのですか?ストレスは精神だけでなく、肉体にも重大なダメージを与えます。もしも、ストレスを感じた先輩の体に何か重大な事態が起こったらどうするのですか?胃潰瘍になったり、アトピーになったり、血管が詰まったり、臓器が損傷したり、免疫機能が低下したことにより、感染症を発症したり、手足がしびれて動けなくなったり、体温調節機能に異常をきたしたりしたり、目が見えなくなったり、耳が聞こえにくくなったりしたらどうするのですか?それの症状が進行し、先輩が命を落としたらどうするのですか?笑われたことで傷付いた先輩が精神的に追い詰められ、自殺でもしたらどうするのですか?それとも貴方は、先輩がどうなってもいいと言うのですか?先輩が重大な病気に掛かったり、自殺しても問題ないと、そうおっしゃっているのですか?」


「―――ッ!」

 菱谷は、一気にまくし立てる。そのあまりの剣幕に部隊長は思わず、一歩後退した。

 菱谷は冷たい目で部隊長を見つめる。そして、ゆっくりと人差し指を部隊長に向ける。


「やめろ、菱谷!」


 今まで黙っていた安藤が突然大声を上げた。

「先輩……」

「頼む、やめてくれ!」

 安藤は必死に懇願する。

「しかし、この人は先輩に対する悪口を『そんなこと』と言ったんですよ?許しておけますか?私は許せません」

 菱谷は目の端で部隊長を見る。部隊長は背筋を凍らせ、ゴクリと唾を飲みこんだ。

「あ、謝ってください!」

 安藤は大声で部隊長に叫んだ。

「謝ってください!そうすれば、俺は貴方を許します!」

 安藤は鋭い視線を部隊長に向ける。その目を見た部隊長は、ハッとなり安藤に頭を下げた。

「た、大変失礼なことを申しました!どうか、お許しください!」

 安藤は頭を下げる部隊長の肩に手を置いた。

「分かりました!許します。俺は……俺は貴方を許します!」

 安藤は部隊長から菱谷に、視線を戻す。

「俺はこの人を許した。だから、お前もこの人を許してくれ!」

「……」

「頼む!」

 菱谷は静かに部隊長を見つめる。


 それから、ゆっくりと首を縦に振った。


「……分かりました。先輩がそうおっしゃるのなら」

 菱谷は部隊長に向けていた指をそっと下ろす。

 安藤はフゥと息を吐いた。部隊長もホッと息を吐く。


 そんな様子を、少し離れた場所でジュリアンが見ていた。


                ***


「くそ、攻撃がまるで効かない!」

「こんな奴にどうやって勝てって言うんだよ!」

「ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」

「来たぞ!逃げろ!」

「グオオオオオオオオオオオオオオオオ!」


 オリハルコン・ゴーレムの反撃を受けた兵士達は、その場から命辛々逃げ出す。既に死者、負傷者の数は200を超えようとしていた。

「ダメだ。まるで歯が立たない」

「くそっ、一体いつまで戦えばいいんだよ」

 兵士の一人が膝をつき、頭を抱える。

「大丈夫だ。こんな戦い、やるだけ無意味だと上も理解しているさ。いずれ撤退命令が下るだろう」

 すると、別の兵士が頭を左右に振った。

「いや、さっき命令が来た。退却はしないそうだ」

 他の兵士達が一斉にざわめく。

「嘘だろ!」

「ふざけるなよ。上は何を言ってるんだ!」

「俺達に死ねって言ってるのか?」

 沈黙が現場を支配する。すると、一人の兵士が立ち上がった。

「俺は逃げるぞ!」

「何!?」

「逃げる!?」

「本気で言ってるのか!?俺達は貴族直属兵なんだぞ。命令もなく逃げたりしたら最悪、処刑だぞ!」

「あんな化け物と戦って無駄死にするなら逃げた方がましだ!」

 その兵士は、凄まじい剣幕で叫ぶ。

「国のためなら喜んで死のう。民衆のためなら喜んで死のう!だけど、無駄死にはごめんだ!」

「ダメだ、逃げるな!」

「俺達まで責任を負わされるだろう!」

 兵士達が揉める。遂に人間同士が争い始めた。


 その時。


「魔女が来たぞ!」


 兵士達がピタリと争いを止める。

 馬車がやって来た。その馬車から一人の少女が颯爽と出てくる。


「魔女だ!」


 一人の兵士が叫ぶ。すると他の兵士も叫ぶ始める。


「魔女だ!」

「魔女だ!」

「これで勝てるぞ!」

「魔女様!」

「魔女様!」


 歓喜に沸く兵士達。その一方で魔女を睨みつける兵士もいた。


「魔女……」

「人喰いの魔女」

「……蛇め」

「よくも……俺の父を」

「息子の仇……!」


 相対する二つの視線を受けながら、魔女は進む。

「皆さん、よく頑張りましたね」

 魔女はニコリと笑う。


「私が来たから、もう大丈夫ですよ」


 うおおおおおおお、と半数の兵士達が沸いた。

 魔女は軽く兵士達に手を振ると、前に進み始めた。


 すると、そこに討伐すべき巨大な魔物が現れた。


               ***


「グオオオオオオ、グオオオオオオ」


 そこにいたのは巨大な魔物だった。その魔物は鉱山を掘り返し、岩を貪り食っている。

「嘘だろ……」

 オリハルコン・ゴーレムを見た安藤は、言葉を失った。


 でかい。とにかく巨大だ。


 小さい時に、両親に連れて行ってもらった動物園で、初めて象とキリンを見た。その時は、なんて大きな生き物がいるのだろうと思った。

 だが、この魔物はその比ではない。離れていてもその大きさがはっきりと分かる。

「こ、こんなもの……どうやって」

 安藤は足が震えて動けなくなる。すると、フッと耳に息を吹きかけられた。安藤の体がビクッとなる。


「大丈夫ですよ、先輩」


 そこには笑顔でほほ笑む菱谷がいた。何故だか、少しだけ安藤の中の怯えが薄くなった。


「先輩は此処で待っていてくださいね。あまり近づき過ぎると危ないですから」

「お、お前……本当にあんなのに勝てるのか?」

「はい、勝てますよ」

 菱谷は何でもないように頷く。その声は余裕で満ちていた。

「今回は鉱山を傷つけないで欲しいという依頼ですが、まぁ、何とかなります」

「なんとかって、お前……」

「では、行ってきますね」


 菱谷はニコリとほほ笑むと、魔物の元へ歩いて行った。


「魔女様は、本当にあいつを倒せるのか?」

「魔女様だぞ。倒せるに決まってるだろ!」

「でも、魔法でオリハルコン・ゴーレムの防御力を打ち破れるのか?」

「オリハルコンは、魔法への耐性が金属の中で一番強い。体のほとんどがオリハルコンで出来ているオリハルコン・ゴーレムも当然、魔法攻撃に対する耐性は高い」

「おそらく、Sランクの魔物の中では、オリハルコン・ゴーレムはトップクラスに魔法に強い魔物だろうな」

「魔法が効かない?じゃあ、魔女はどうやって勝つつもりなんだ?」

「オリハルコンの魔法耐性を上回る超強力魔法を使えばあるいは……」

「そんな魔法使えるのか!?」

 周りの兵士達がざわめく。その声は、安藤の耳にも入った。


(菱谷は勝てるのか?本当に?)

 安藤は改めて、巨大な魔物を見る。

(無茶だ……)

 確かに、菱谷は魔法を使うことが出来る。しかし、安藤は菱谷が人間相手に魔法を使う場面しか見ていない。菱谷の魔法は、あの化け物に通じるのか?

 止めた方がいいのか?そう思う。


(くっ、何を考えてるんだ俺は……)


 菱谷の事を心配する必要など、全くない。

 此処は安藤がいた世界とは違う。しかし、この世界で生きている人達がいる。

 菱谷は、そんな人達を何人も殺した。それも相手を苦しめる残忍な方法で。


 そんな奴は、死んで当然なのではないか?


(それに、あいつが死ねば俺は自由になる……)


 もう体を操られて、したくもないことを無理やりさせられることもなくなる。

 自分が本当に愛している人間を裏切らずに済む。


 それに菱谷には殺された恨みもある。


(だけど……だけど!)


 安藤は、普通の人間だ。嫌いな相手や憎い相手が悲惨な目に遭えば、きっと安藤は心の中で喜ぶだろう。

 だが、相手が死ぬ所までは見たくない。


 安藤は菱谷の事が許せない。だが、それでも安藤は菱谷の死を心の底から望むことは出来なかった。


「グオオオオオオオオオ!」

 

 自分に近づいてくる菱谷に気付いたオリハルコン・ゴーレムが吠える。

 いつの間にか菱谷はオリハルコン・ゴーレムの目と鼻の先に迫っていた。


 オリハルコン・ゴーレムが腕を高く振り上げる。そして、そのまま菱谷に向けてその剛腕を振り下ろした。


「菱谷!」

 安藤は思わず叫けび、そのまま菱谷の元へ走ろうとする。


『大丈夫ですよ。先輩』


「え?」

 突然、安藤の頭の中に菱谷の声がした。安藤は思わず足を止める。


 ゴン!


 鈍い音が鉱山中に響き渡った。

 その光景に、安藤も他の兵士達も大きく目を見開く。


 菱谷に殴り掛かったオリハルコン・ゴーレムが吹き飛ばされていた。


 2


 安藤の頭の中に再び菱谷の声が響く。

『さぁ、先輩よく見ていてくださいね』

 菱谷は安藤の方を見て、ニコリと笑った。


『私の活躍を!』

 


 

 

 

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