第6話 噴水

 街の外の道の端で、二人の青年が談笑している。すると青年の一人がこちらに歩いてくる二人組に気が付いた。

「お、おい。あれ」

「ん?どうし……!!!!!」

 青年の一人は息をするのも忘れる程驚く。

「ま、魔女だ!」

「た、大変だ」

 青年二人は急いで街に走る。

 

「魔女が来たぞ!」


 街まで来た青年二人はあらん限りの声で叫んだ。


「魔女が!?」

「ほ、本当か?本当に魔女が来たのか?」

「本当だ。間違いない。この目で見たんだ!」

「―――ッ!」

 人々はまるで、魔物が現れたかのように慌てふためく。

「子供達を家の中に入れろ。早く!」

「体の弱い者も、家の中に!」

「安い商品は、奥にしまえ。最高級の商品を前に出すんだ!」

「家の前にゴミを落とすな!」 

「垂れ幕を早く」

「家の前に花を飾れ!」

 街はパニック状態に陥る。転んで怪我をする者もいた。


「いいか!絶対に魔女の機嫌を損ねるなよ!」


                 ***


「先輩、こっちです!」


 菱谷は嬉しそうに安藤と腕を組み歩く。自然と菱谷の大きく柔らかい胸が安藤の腕に当たる。

「お、おい。もうちょっと離れて歩けよ」

「クスッ。先輩、照れてるんですか?」

 菱谷は、さらに安藤の腕を自分の胸に押し付ける。

「―――ッ!や、やめろよ!」

 安藤は菱谷を振りほどく。しかし、菱谷はすぐにまた、安藤の腕に自分の腕を絡めた。

「先輩、照れないで下さいよ」

 菱谷は安藤の耳に口を寄せる。


「『このまま私と腕を組んで歩いてください』」


「くっ!」

 安藤から抵抗する力が抜けていく。菱谷と腕を組みながら安藤の足は街へと歩き出す。菱谷は、満足そうにさらに体を安藤に密着させた。


「あ、見えてきましたよ」


 街の前には大きな門があった。そこには二人の門兵が立っている。

「お、おい」

「何ですか?先輩」

「通行証みたいなのを見せなくていいのか?」

 前に映画か何かで見たことがある。こういう門兵がいる門の前では大抵、通行証のようなものがいるのだ。

 しかし、菱谷はニコリと笑う。

「大丈夫です」

 菱谷はそのまま安藤を連れ、門へと歩いていく。


「ようこそ!ヒシタニ様!」


 門兵は笑顔で菱谷を迎えた。

「ほ、本日は街にどのようなご用で?」

「街を散策しようと、あと買い物なんかもしたいです」

「そ、そうですか……あ、あの隣の方は……」

「私の“恋人”です」

「えっ!」

「お、おい!」

 安藤が抗議するが、菱谷には聞こえていない。

「彼も一緒に入れていいですよね?」

「あ、あの……その……」

 菱谷はニコリと笑う。


「いいですよね?」


「は、はい!もちろんです!」

 門兵は急いで門を開ける。

「ど、どうぞ。ヒシタニ様!」

「ありがとうございます。さっ先輩、行きましょ!」

 菱谷は安藤の腕を引き門を潜る。安藤はチラリと門兵の顔を見た。


 門兵の顔は引き攣り、恐怖で震えていた。


                 ***


「ようこそ、ヒシタニ様!」


 門を潜った安藤は驚き、固まった。

 街には、至る所に花が飾られ、垂れ幕が掲げられている。


 さらに人々が皆、こちらを見て笑っている。


「どうも、皆さん」

 菱谷もニコニコと街の人間に手を振りながら歩く。

「お、お前どうしてこんな……」

「あっ、先輩、あの店に行ってみましょうよ!」

「お、おい!」

 菱谷は安藤の手を引き走り出す。そして、とある髪飾り店の前で止まった。

「わぁ、可愛い!」

 菱谷は花の模様をした髪飾りを一つとり、自分の髪につける。

「先輩、どうですか?」

 菱谷はニコリとほほ笑む。


(綺麗だ……)


 一瞬、安藤の胸が高鳴る。

「あ、ああ、ま、まぁ、似合ってるよ」

 安藤はぶっきらぼうに返事をした。それでも菱谷は嬉しそうに笑う。

「そうですか!」

 菱谷はニコニコしている。

 その姿は、どこにでもいる普通の少女に見えた。

「すみませーん」

 菱谷が大声で叫ぶと、遠巻きに見ていた店員が慌ててやってきた。

「は、はい。なっ、なんでございましょう?」

 ビクビクしている店員に菱谷は気軽に言った。


「この店の髪飾り、全部ください」


「「えっ!?」」

 安藤と店員の声が重なる。

「ヒシタニ様、い、今なんと?」

「この店の髪飾り、全部ください。と言いました」

「よ、よろしいのですか?」

「はい、お願いします」

 店員は少しの間呆けていたが、ハッと我に返ると勢いよく頭を下げた。

「ありがとうございます!」


「よ、よかったのか?全部買うって……」

「はい、あの髪飾りのおかげで、先輩に褒めてもらいましたから。そのお礼です」

(此奴、どれだけ金持ちなんだ?)

 この世界での菱谷の収入源がなんなのか、安藤は不思議に思う。


 それだけではない。あのオークション会場で菱谷は魔女と呼ばれていた。

 街の門兵や街の人間が菱谷に怯えている様子から、ただの金持ちというわけでもなさそうだが……。


「ヒシタニ様!」

 道を歩いていると、一人の中年男性が話し掛けてきた。

「貴方は?」

「はい、私は直ぐ近くにあります宝石店で店主をやっている者でございます。ヒシタニ様に是非、見てほしい商品があります」

 宝石店の店主は目をキラキラさせている。

 安藤はピンときた。きっと先程、菱谷が店の髪飾りを全部買ったことをどこからか聞いたのだろう。

 そして、あわよくば、自分の店の商品も買わせようとしているのだろう。

「きっと、ヒシタニ様にお似合いの宝石がございますよ」

「うーん」

 菱谷は安藤をチラリと見る。

「どうしますか、先輩?」

「いいんじゃないか?見に行っても」


 もし、宝石に見惚れてくれればその間に逃げ出せるかもしれないしな。


 安藤が街に出たいと言ったのは、観光をするためではない。

 本当の目的は、菱谷の隙をついて逃げ出すことだ。


 屋敷では菱谷の魔法で動く人形がウヨウヨしているし、菱谷本人もいる。

 逃げ出そうとするには、かなりリスクが高い。


 だが、街の中ならうまく隙を付けば逃げ出すことができる。

 その後のことは、正直考えていないが、あそこにいるよりもマシだ。


「先輩がそう言うのなら行きます!」

「おお、そうですか!では、こちらへ」

 宝石店の店主は目を輝かせながら、安藤と菱谷を自分の店へと案内する。


「こちらでございます」


 店の中には様々な宝石があった。

 安藤は、宝石には全く詳しくないが、どれも高級なものだろうということだけは分かる。

 菱谷はさっそく宝石を手に取り、安藤に見せる。

「これは、どうですか?」

「まぁ、いいんじゃないか?」

「そうですか!すみません。これ下さい」

「はい、お買い上げありがとうございます!」

 店主は、揉み手をしながら菱谷に話し掛ける。

「いやぁ、流石ヒシタニ様!どんな宝石でもお似合いになる!」

「ありがとうございます。あっ、先輩これはどうですか?」

 店主のお世辞を軽く受け流し、菱谷はキラキラした目を安藤に向ける。

「ああ、いいと思う」

 安藤が褒めると、菱谷はすぐにその商品を買う。上機嫌な店主は安藤をチラリと見た。

「ところで、ヒシタニ様」

「何ですか?」

 菱谷は店主を見ずに答える。そんな菱谷に店主は、世間話をするような気軽さで聞いた。


「こちらがヒシタニ様が50000ゴールドで買った“奴隷”ですか」


 菱谷の動きがピタリと止まる。

「いゃあ、驚きましたよ。ヒシタニ様が“最弱剣士”を買ったと聞いた時は」

 先程の髪飾りの店の店員や門兵達は、安藤のことを知っているようには見えなかった。しかし、おそらく独自の情報ルートを持っているのだあろう店主は、既に菱谷が安藤を大金で購入したことを知っていた。


「皆、申しております。ヒシタニ様が大金を出して買う奴隷なのですから、きっとこの“奴隷”には素晴らしい力が隠されているのではないかと!」

「……」

「ずいぶん可愛がっておられるようですが、やはり、この“奴隷”には何かあるのですか?」

「……」

「もし、教えてくださるのでしたら、宝石のお値段を安くさせて頂きますが?」

 安藤は少しムッとした。目の前で自分のことを奴隷、奴隷と連呼されるのはあまり気分が良いものではない。

 しかし、まぁ、これがこの世界での常識なのだろうと思い、安藤は沈黙する。


「いかがでしょう、ヒシタニ様。そこの“奴隷”の秘密を教えていただけ……」

「何故ですか?」

「えっ?」

「どうして、先輩の秘密を知りたがるのですか?」

 菱谷の質問に店主は、ゴホンと咳払いをした。

「も、もちろん、私自身の好奇心からで……」

「そうですか」

 菱谷はスッと店主を指さす。


 その瞬間、店主の目からドロリと血が流れた。


「え?」

 店主は、自分の両目から血が流れていることに気が付く。

「う、うわああああ!」

 店主はパニックになりながら店内を走り回る。

「うわああああ!痛い、痛いいいいいいい。助けてくれえええええええ!」

 やがて、目からだけではなく、店主の口や鼻、耳などからも血が流れ出した。

「いぎゃあああああああ!」


 バン。


 店主の目、口、鼻、耳から血が噴水のように噴出した。一目で致死量と分かる血をまき散らし、店主はバタリと倒れた。


「えっ?」

 安藤は目の前で起きた出来事に理解が追い付かない。

 菱谷は返り血の付いた宝石を一つ取り、安藤に見せた。


「どうですか先輩。この宝石、綺麗じゃないですか?」

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