第3話 オークション

 部屋に集められた全員が魔物による検査を受けた後、安藤達はA,B,C,D,Eの5組に分けられた。


「Aの皆さんこっちでーす」

「Bの皆さんはこちらですよー」


 AとBは、丁寧な対応でどこかに案内される。


「Cの皆さんはこちらです」


 Cは、言葉遣いこそ丁寧だが、どこかぶっきらぼうに案内される。


「Dの人達はこっち」


 Dは、タメ口で案内される。


「Eはこっちだ。おら、早くしろよ!」


 Eは、怒鳴られながら案内される。


 安藤はEに振り分けられていた。


『こいつ“最弱剣士”だ!』


 グレムリンと呼ばれていた魔物に言われた時からなんとなく分ってはいたが、どうやら、安藤は最低ランクに振り分けられたらしい。

「とっとと、歩け!遅れるな!」

 怒鳴られながら、訳も分からずに安藤達E組は進む。そして、あるドアの前に立たされた。

「よーし、お前、こっち来い。他の奴らは此処で待て!」

 そう言うと、安藤達を此処まで連れてきた男は、一人の少女の腕を掴み、ドアの奥へと消えていった。

「よし、次はお前!」

「その次はお前だ。こっに来い!」

 十数分おきに、誰かが連れて行かれる。残った安藤達に一抹の不安が過った。

「次はお前だ。早く来い!」

 そして、ついに安藤の番が来た。


「早く歩け!」

 急かされながら歩いていると、またしてもドアの前に立たされた。ドアの前には屈強な男二人が武装をして立っている。

 すると、男二人は慣れた手つきで、安藤の首と腕、そして両足に枷を嵌めた。

「ちょっ、ちょっと、これ!」

 安藤が抗議の声を上げると、武装した男が安藤を殴った。口の中が切れ、鉄の味がする。

「黙ってろ」

 武装した男はまるで、ゴミでも見るような目で安藤を見る。安藤は何も言えずにただ俯くしかなかった。

 そうしている内に、目の前のドアが開く。

「おら、行け!」

 男が安藤を押す。安藤はよろめきながら、ドアの中に入っていった。


                 ***


「さあ、さあ次は、この商品になります!どなたか買い手はいらっしゃいませんか!?」


 ドアを潜ったと途端、大声が安藤の耳を突いた。

 巨大なホール。その中心に一人の人間がポツンと立っている。安藤の前に連れて行かれた人間だ。ホールの向こうには大勢の人間がいる。

「100ストーン」

「はい、100ストーン」

「120ストーン」

「お、120ストーンが出ました」

「150ストーン」

「150ストーンが出ました。他はいませんか!?」


 人々は次々に手に持っている札を挙げる。司会らしき男が、人々が上げる札と声を聞き、大声で値段を叫ぶ。安藤はこの光景をテレビで見たことがある。

 これは……。


(オークション……)


 間違いない。ホールの中央にいる人間を周りの客が競り落とそうとしているのだ。100ストーンとか、150ストーンというのは恐らく、この世界での金の単位だろう。


「170ストーン!」

「170が出ました。他はいないか?他はいないか?」

 札は挙がらない。司会の男はハンマーを叩きつけ大きな音を鳴らす。

「はい、では170ストーンで決まりました。競り落とされたのは、ブリリアン様」

 競り落とした女が頭を下げると、周りの客が大きな拍手を送る。

「では、次の競売に移ります!」

 司会の男が高らかに叫ぶ。

「おら、行け!」

 防具を身に着けた男達が、安藤をドンと押した。よろけた安藤は、ステージの中央へ。

「次の商品はこちらです。こちらは、えー。フッ」

 司会の男が噴き出した。チラリと安藤に視線を送る。

「失礼しました。次の商品のステータスはこちらになります!」

 司会者が叫ぶと、安藤に真下に文字が浮き出た。すると客全員がサングラスをかける。

「ふっ」

「これは、これは」

 観客から嘲笑が起きる。

「はい、ご覧の通り次の商品のクラスは“剣士”。そして、ステータスは……」

 司会者が再びクスリと笑う。それに釣られるように、客達も笑う。

「攻撃力1:防御力1:剣力1:技能1:修練力1……その他もろもろ、全て1でございます。つまり、こちらの商品は世にも珍しい……」

 司会者はそこで溜めると、大声で叫んだ。


「”最弱剣士”となります!」


 一人を除き、客達がドッと湧いた。


                 ***


「さあ、この最弱剣士の活用方法は自由。奴隷にするもよし、魔物をおびき寄せるエサにするもよし、使い方は自由であります!」

 物騒なことを司会者が叫ぶ。思わず安藤は叫ぼうとした。


 ビリッ!


 その瞬間、首や腕、足にしていた枷からまるで電流のような痛みが流れた。安藤は思わず、その場に跪く。

「クスクス」

「ハハハハハ」

 痛みに蹲る安藤を見て、客達は笑う。司会者もクスリと笑った後、ハンマーをドンドンと叩いた。


「では、こちらの商品の競売を開始します。値段は……10ストーンから!」


 会場中がシーンと静まり返る。誰も札を挙げようとすらしない。その時、一人の男が静かに札を挙げた。

「11ストーン」

 周りの観客がドッと沸いた。

「あんなの買ってどうするんだ?」

「最近息子にキマイラを買ってやったんだ。毎回活餌をやってるんだが、最近息子が『人間を食べるところが見たい』って言うんでね」

「ふっ、相変わらず親馬鹿だな!」

 ワッハッハッハハと男達が笑う。


「さぁ、11ストーンの他にいませんか?いない?では、らくさ……」

 司会の男がハンマーを打ちつけようとする。その刹那、札が挙がった。


「5000」


 会場中の時が止まった。

 安藤に11ストーンの値を付けた男や他の客達、さらにに司会者すら石のように固まっている。

 その後、全員の視線が一人の客に向けられた。


 安藤もその客を見て、固まる。そして、思わずその名前を呟いた。


「菱谷」


 安藤と目が合うと、菱谷は手をヒラヒラと振った。


「お、おい。あれ……いや、あの方は……!」

「ああ、間違いない」

 菱谷を見た客たちはゴクリと唾を飲み、口々に呟く。


「魔女だ」


「魔女?本当に?」

「本当だ。魔女だ」

「どうして此処に?」

 客達がざわつきだす。司会の男はしばし呆然としていたが、ハッとしてハンマーを叩く。


「ヒ、ヒシタニ様。ご、5000で、ま、間違いございませんか?」

「はい。間違いありません」

 菱谷はコクリと首を縦に振る。

「ご、5000、5000ストーンが出ました。ほ、他には……」

「ああ、違います。違います」

「え?」

「5000ストーンではありません」

 菱谷はニコリとほほ笑む。


「5000ゴールドです」



                 ***


「ご……」

「「「「「5000ゴールド!?!?!?」」」」」」」

 客達が一番の驚きを見せる。


「どういうことだ?」

「5000ゴールドだと!?」

「馬鹿な、どうして“最弱剣士”に5000ゴールドなんて」

「ま、まさか、本当は“最弱剣士”じゃないんじゃ?」

「いや、でも、ステータスは確かに……」

「もしかして、隠し能力があるんじゃ?」

「特殊能力か!!」

「それなら、分からなくもないが……」

「でも、どうして魔女はそのことを知ってるんだ?」

「魔女だぞ、魔女。特殊能力を見破る魔法を開発したのかもしれん」

「まさか、そんな魔法を!?」


 客達の動揺はまるで波紋のように広がっていく。


「お、俺も買おうかな……」

「ご、5000ゴールドだぞ。払えるのか?」

「い、今持ってる金とオークション組合から借りれば……」

「そこまでして買う価値があるのか?」

「もしかしたら凄い特殊能力があるかもれないだろう!」


 買うべきか、買わざるべきか?


 もし、あの商品が素晴らしい特殊能力を持っていたとしたら、使い方によっては、大きな利益を出せる。上手くいけば買った金額の何倍にもなって返ってくる。

 だが、もしあの商品にそんな価値がなかったとしたら?


 その先に待っているのは……破産だ。


 どうする?どうする?


 そんな中、司会者の男が震えた声でハンマーを叩いた。

「ご、5000ゴールドが出ました。ほ、他にありませんか?」

 客達は互いの顔を見合わせるが、一向に札を挙げない。


「で、では、5000ゴールドで……」


「5100ゴールド!」

 決まる直前、一人の男が札を挙げた。小太りの成金男だ。

「ご、5100が出ました!ほ、他には……」

「ご、5150ゴールド!」

「俺は、5200ゴールド!」

「なら私は……5220ゴールドよ!」

 成金男の一声で、一気に会場の空気は『見』から『買い』に変わった。

「5250ゴールド!」

「5260ゴールド!」

「5270ゴールド!」

「5280ゴールド!」

 値段は小刻みに上がっていく。そんな中、菱谷がスッと札を挙げた。


「50000ゴールド」


 司会者の男が持っていたハンマーをポトリと落とした。他の客も呆然としている。

「えっ……ヒシタニ様、い、今、なんと?」

「50000ゴールドです」

「ま、間違いございませんか?」

「はい」

「ほ、本当に間違いございませんか?」

「はい」

「わ、分かりました」

 司会者の男は落としたハンマーを拾い、それを叩き付ける。


「50000ゴールド、50000ゴールドが出ました!ほ、他には……」


 会場はシーンと静まり返っている。


「では、50000ゴールド!50000ゴールドでヒシタニ様の落札となります!」

 司会者の男は、その日最も大きな音でハンマーを鳴らした。


 この日から安藤は“50000ゴールドの最弱剣士”と呼ばれることになる。









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