満月の夜に声なき歌を


 昨日から散策しているこの場所は、今まで訪れた場所の中では比較的綺麗だ。

 綺麗といってもあちこち建物が崩れてることに変わりはないし、自然に飲み込まれつつあるのも他の場所と変わりない。

 まあそれでも綺麗だなって思うのは、戦争が起きる前に整備された跡があるから。

 ミューいわく再開発かもともと都会だったんだろうって話らしい。


 で、今は道の上にある橋を渡っている最中。

 だけど俺達を照らす遠くにある海の上の夕陽を、つい立ち止まって見てしまう。

 なんで立ち止まったんだろうか、よく分からない。


「綺麗ですね~」


「ああ、綺麗だな」


「でもこの夕陽を表すのに『綺麗』意外にももっと言葉があると思うんですよね、私」


「じゃあ言ってみたらどうだ?」


「そう言われると難しいんですよね~」


 ミューは頭を左右に振りながらあれこれ悩んでいる。

 アンドロイドのはずなのに言葉が出てこなくて悩むとかあるんだな。


「ミューならすぐに出てくると思ったんだが意外だな」


「でもでも、悩みぬいた末に出てきた方がよくありませんか?」


「でも出てこなきゃ意味ないだろ?」


「そうなんですけど~……。う~、ちょっと静かにしててください」


 結構静かにしてたつもりだったんだが、まあいいか。

 しばらく俺は黙る。


 で、数分くらい経ったから何か出てきたか訊ねる。


「候補は出てきますがどうも納得しません。というわけで……歌います!」


「は?」


 ミューは本当に夕陽に向かって歌い始めた。

 それも一曲じゃなくて途中で「う~ん、何かが違うんですよね~……」と言って違う曲を歌いだしたり。

 曲も言語も様々、だがロックみたいなうるさい曲を歌わなかったから俺は特に何も言わずミューが満足するまで待つことにした。


 そしてそんなことを続けているうちに夕陽が海の下に沈み、辺りが徐々に暗くなる。

 空には散々見た綺麗な星が見え始めていた。

 今日の月は満月らしい。


「で、満足したか?」


「はい! やっぱり歌はいいですねえ」


「っておい、歌うのを楽しんでどうする。納得いくもんを探してたんじゃなかったのか?」


「結局分かりません! でもいいんです! ああいう綺麗なものをたった一言、たった一曲で表すなんて不可能ですから。だって、もしそれだけで表現できるものならこんなにもたくさんの言葉や歌が生まれませんから」


「つまり、答えがないことが答えってわけか?」


「そういうことです。私の考えが段々理解できるようになってきましたね、足立さん。とてもいい傾向ですよ、私は嬉しいです!」


「そりゃ今までずっと一緒だからな。まあ、鬱陶しいと思うのは相変わらずだが」


 後ろで「そんな~」とわめいてるミューもいつも通りだし無視だ無視。

 そんなことよりどこで夜を超すかだ。

 正直、すぐその辺でも寝ようと思えば寝れる。

 でもたまにはゆったりとした場所で眠りたいものだ。

 例えばベッドがある場所とかふかふかな椅子がある場所とか。


「なあミュー。この辺でよさそうな建物はないか?」


 ミューは辺りを見渡す。

 後ろを大体見たらくるっと回って前を見させた。


「あ! あそこなんてどうですか?」


 えらくミューが声をあげて指したのは、ほとんどが壊れたガラス張りの円形というか特徴的で計算されつくしたような形の建物だった。

 形が独特だから他の建物よりも結構目立っている。


「あれか? あれが何か知ってんのか?」


「う~ん。多分ですけど劇場だった気がします」


「劇場? なんだそれ?」


「一言で言うなら文化を楽しむ場所です」


「……よく分からん」




 文化を楽しむ場所とは言ったが、建物の中はそれとは随分かけ離れていた光景が広がっていた。

 床はでこぼこでめちゃくちゃ、えらく大きな照明が落ちている。

 それどころか動物の死体らしきもの、機械の残骸。アンドロイドのものだろう腕や頭の残骸まで。

 死を表すようなものがそこかしこに落ちている。文化を楽しむどころの話じゃない。


「まあ……。仕方ないですよね」


「だな」


 こういう光景はもう慣れた。

 とはいってもこんなのが無いほうが気分はマシだ。


「それで、どこなら休めそうだ?」


 今日は火を焚いて肉を食べたりするつもりはない。

 理由は簡単、狩れなかったから……。

 まあこの辺りでたまたま携帯食料を数日分見つけられたし、水もこの場所に来る前に通った綺麗な川から集めた分が残ってるから何日かは持つ。


 だがいい加減何か乗り物が欲しい。

 動くものは何度か見たがどれもすぐに壊れてしまう。


「あの大きな扉の中に入ってください」


 ミューが言う通り扉を開けると、巨大な空間が目に入った。

 大量の赤い椅子が一つの方向に向かって並べられている。

 天井は所々崩れているが、椅子と同じように規則的に取り付けられている。

 そして椅子の向く先には、……えーっと、なんだ?


「ここはなんだ?」


「ここが劇場のメインとなる場所です。奥にステージがありますよね」


 あのだたっ広い場所はステージというのか。


「あのステージの上で演劇やオペラなどが披露されるんです。そして観客は椅子に座ってそれを鑑賞するというわけです」


「ふ~ん。歌もか?」


「もちろんですよ! あそこで歌ったらきっと気持ちいいんだろうな~」


 ミューはそう言いながらステージの方をジッと見てる。

 ……もしかしてこいつ。


「ここで歌いたいから連れてきたのか?」


「ズバリそうです!」


 どれだけ歌うことが好きなのやら。

 まあでも、椅子は触ってみた感じ中々心地よさそうだし座る分には十分だろう。

 ここで寝られるかはまた別の話だが。


「はあー……。まあ、どうせやることもないし。好きなようにしていいぞ」


「ありがとうございます! じゃあ早速私をステージに運んでください!」


 やれやれ。

 俺はステージまでミューを背負って行く。

 その途中で気づいたが、観客席やら通路に外と同じように機械の残骸やらがあった。

 中には椅子に座ったまま動かなくなってるものも、そしてステージ上にもそういった残骸がある。

 ステージ上に立って、観客席の方を見て思った。

 ……不気味だ。


「足立さん。歌いたいので私を観客席の方に向けてください」


 俺は荷物を足元において、ミューを抱きかかえ観客席に向かせる。

 ちょうどその時、頭上からそよそよと風を感じた。

 俺達が今ちょうど立ってる場所の天井に穴があいてる。

 そこから月明かりが差し込み俺達を照らしていた。


「これでいいか?」


「……ん~?」


「ん? どうした? 歌わないのか?」


「足立さん、あそこに座ってる女性型のアンドロイドなんですが」


 ミューが言ってるのはおそらくこの場所の真ん中あたりに座っているアンドロイドのことだ。

 月明かりくらいしかまともな明かりがなくてよく見えないが、顔の部分に違和感がある。


「あのアンドロイド……。もしかしてまだ生きてます?」


「確認するか?」


 ミューが頷いたのでアンドロイドの近くまで行く。

 そしてどんな姿をしているか確認できるほど近づいて、俺はギョッとして飛び上がりそうになった。


 そのアンドロイドは下あごがごっそりもぎ取られたように無くなっていた。

 今まで欠損のあるアンドロイドはそれなりに見てきたし慣れてるつもりだった。

 だがこのアンドロイドは……しばらく見てたら慣れるんだろうが正直怖い。


「下あご部分が無くなってますね。皮膚は一部剥がれてますがそれ以外は……ボロボロですけど一応ちゃんとあるようですね」


 ミューをいつも以上に強く抱きしめながら俺はそいつを眺める。

 そして眺めていくうちに何となく思った。

 大人びた美しい茶色の長い髪と緑色の瞳。あちこちボロボロに擦り切れた白いドレス。

 多分、こうなる前はかなり綺麗なアンドロイドだったのだろう。


「もし元通りになって、ステージの上で歌えば。きっと綺麗でしょうね……」


 ああ、そうだろうな。


「ところでミュー。さっきこいつが生きてるって言ってたけど」


「動いたような気がしたんですけど……。見間違いだったのでしょうか?」


 そうミューが言った時、どこからか空気が抜けるような音がした。

 その音は「シュー……」。そうそう、そんなかん――


「……ん?」


「アァー……」


 恐る恐る聞こえた方を見ると、その音は女のぽっかり空いた場所からしていた。

 しかもそれを確認した時、俺はそいつと目が合った。


「うおぉ?! 生きてる?!」


 驚く俺とは正反対にミューは喜び、そして色々と質問を始めた。

 どうやら耳は機能しているらしく、質問に対し頷いたり顔を横に振ったりしている。


 まあそんなやり取りを眺めてるうちに、段々とこの風変わりな風貌にも慣れてきた。


「あなたは歌が好きですか?」


 彼女は目を閉じながら何度も頷いた。

 よほど好きらしい。


「私もです。そして実は私、音楽を流すことができるのですよ」


 ミューは試しにゆったりとしたピアノの音色を流した。

 彼女はそれを聞くと驚いたようにゆっくりと顔をあげ、左手でステージの方を指しながら右手の人差し指の先をミューの腹のあたりに置く。

 そしてそのまま、ミューの腹に何かを書き始めた。

 ミューは少しくすぐったそうに震えているがグッと堪えている。


 やがて書き終えて彼女が指を離すと、ミューは「聞きたいのですか?」と訊ねた。

 だが彼女は顔を横に振りながらステージの方を指したままだ。

 すると彼女は右手で自分をトントンと叩き始める。

 何が言いたいのかサッパリだったが、ミューは意味が分かったようだ。


「何か分かったのか?」


「きっとこの方はステージで歌いたいんです」


「歌う? でも口も無いしどうやって」


「それでも歌いたいと思っているのです。だったら叶えてあげたいじゃないですか。足立さん、この方に手を」


 ミューはいつもより真剣に俺に訴えてくる。

 俺はミューを背中に背負い、アンドロイドの手を引いてステージまで向かう。

 ボロボロで下あごが無い姿、足取りはぎこちなく、時々足がありえない角度に曲がったりしてしまい気が気ではなかった。

 それでも彼女はステージに向かおうと俺の手を強く握って必死に歩いている。

 もし今みたいな姿じゃなく、綺麗なままの姿の彼女に出会っていたら、俺はどんな会話をしていたのだろう。


 そんなことをふと思った。

 そうして歩くうちに、彼女をようやく満月の光が差し込むステージの中央にまで連れてくることができた。


「手を離しても平気か?」


 彼女が頷くと俺とミューは最前列に座った。


「足立さんはさっきこの方が座っていた場所辺りで鑑賞した方がいいと思いますよ? 私はここで彼女のために曲を流しますので」


「なんでわざわざ?」


「あそこが一番よく見えるからです」


「そうか。それと聞いてもあんま意味ないかもしれないが、何を歌うんだ?」


「『you raiseユー・レイズ・me upミー・アップ』という曲です」


「どんな曲なんだ?」


「それは足立さん自身で聞いて考えてくださいよ~」


 それもそうか。

 俺はミューを置いて彼女が最初に座っていた椅子に座る。


 そして数十秒ほど経って、ゆったりとした弦楽器の音色が流れだした。

 ステージ上の彼女は目を閉じる。

 そしてピアノの音色が遅れて流れだすと、彼女は目を開き、手を胸において歌いだした。


 当然だが声なんて聞こえない。

 空気の抜けるような音だけ、その音もミューが流す曲の音色で全然聞こえない。


 それでも彼女は歌い続ける。

 月の光に照らされながら、必死に、何かを訴えるように全身を使って。


 最初はひどい言い様だが化け物みたいな姿だと思っていた。

 その印象は正直今も残っている。

 でも、月明かりに照らされて歌う彼女の姿は綺麗だった。

 いや、綺麗って言葉だけでは不十分だな。

 なんて言ったらいいんだろうな……。

 ミューなら分かるのだろうか、いや。あいつでも分からないだろうな。


 でもきっと、似たような感情は持っているはずだ。




 翌日、俺達は彼女と別れを告げて劇場を後にした。

 彼女はあの劇場からどうしてか離れたくないらしい。

 ま、無理についてこられても仕方ないしそれでいいんだが。


「それで足立さん、昨日のステージはどうでしたか?」


「どうって言われても……。うーん、よかった」


「えー。もっと他にないのですか?」


「他? ええっと……綺麗だった、美しかった。それから……。うーん、なんだろうな。それだけであれを言い切るのは無理だな。そういうミューはどうなんだ?」


「うーん……。たしかに足立さんの言った通り綺麗だったなーとか色々ありますよ。でもそれだけじゃなくて……」


 ミューは頭を振りながらあれこれ考える。

 結局俺と一緒じゃねえか。


「言葉ではあのステージを表現しきれませんね。というわけで私……歌います!」


「またかよ! お前歌いたいだけだろ!」


 結局ミューは好き勝手歌いだした。

 まあでも、それがミューの一番の表現のしかたなんだろう。

 俺はいつものようにミューの歌声を聞きながら歩き続ける。

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