断捨離
俺は何度も目をこすり、立ち止まっては遠くを動くこんもりとした丸く巨大な丘を見た。
その丘は右へ左へふらふらふらふら。時々ものすごく傾きながら動いだりしてる。
あれはなんだ? 俺がずっと不思議そうにしているとミューは「さっきから様子が変ですよ?」と違和感を察した。
「変なのが前にあるな~って。ほら見ろよ」
俺は変なのに背を向けミューにそれを見させる。
「ん~? たしかに何かいますね」
「だろ? あれなんだと思う?」
「そうですね~。動いているようですし生き物かもしれません。足立さん、もう少し近くに行ってみませんか?」
「そんなことして大丈夫か?」
「見たところ動きがぎこちない感じですので万が一でも逃げられると思います」
それもそうかと俺はその動く丘のようなでかい物体に近づく。
距離を詰めている間、そいつは相変わらず不安定な動きを取り続ける。
やがてそれが何か巨大な荷物の山だと分かった頃、それの向こうから「うわわわ!!」と人の声がした。
そして同時に、その荷物がドシン! と声の主の上に落ちた。
「お、おい!! 大丈夫か?!」
慌てて近寄ると、声の主である男のアンドロイド(片目が無く、その空洞の奥に金属のようなものが見えたから一発で分かった)が「助けてください」と俺を見上げる。
すぐに俺は自分の荷物とミューを降ろし助ける。
そのおかげでそいつは晴れて自由の身となった。
「ありがとうございます。おかげで自由になれました」
片目は無く、よく見れば皮膚のあちこちが剥がれ中の部品が見えているそいつは、それでも明るい笑顔で頭を下げた。
俺より若く見える見た目だ。
短髪の金髪とほどよく鍛えられた体、動きやすそうな恰好がミューとはまた違う明るく爽やかな印象を俺に与える。
「そうか、それで一体全体どうしてそんな大荷物を背負ってるんだ? 俺と違ってアンドロイドのようだしそんな身動き取るのがやっとなほど道具とかいらないはずだろ?」
「おや? あなたは人間なんですか?」
「一応な。だが人間なのは俺だけで、連れのこいつは見ての通りアンドロイドだ」
ミューは男に「初めまして~」と俺と会った時のような笑顔をみせる。
男もまたミューのようにニッコリと愛嬌のある笑みを浮かべる。
こいつもまたミューと同じコミュニケーションを目的にしたとかそういうやつなのだろうか?
「僕はグレッグといいます。人とのコミュニケーションを目的として作られたアンドロイドです」
グレッグに続き俺と地面に座っているミューは自分が何者かを説明し、旅の目的を話した。
「なるほど。ミューさんの足を探す旅、ですか」
「といってもすぐにってわけではありません。一番はやっぱり足立さんのサポートですから」
「え? そうなのか?」
「そうなんですよ? なんたって私、人を支えるためのアンドロイドですから!」
「その割には俺に甘えてるような」
「いいじゃないですか! 私だって甘えたい時があるんです!」
もう少しからかってやろうとしたところで、ミューはぷんぷんと頬を膨らませながら俺に抱きついてきた。
その姿をグレッグは笑いながら眺めている。
ミュー、絶対今「子供だな」って思われてるぞ。
って、別に子供だし気にしないか。
「お二人は大変仲がいいのですね。羨ましいです」
「まあ好きに受け取ってくれ。ところでグレッグ、その荷物についてだが」
「ああこれですか? これは僕の旅の証です」
「旅の証?」
グレッグは荷物の中から何かを取り出そうとしたが、突然黙り込んで考え込むや「ここで話すにはちょっと多すぎるので」と手を止めた。
まあ、たしかにこれ全部についていっぺんに語られたらたまったもんじゃないな。
「あの~それでお願いがあるのですが。よければ数日間だけ、お二人の旅にご一緒してもよろしいですか? 僕はこうして誰かと出会いを共有し、話をするのが好きなので」
「俺は別に問題ない。ミューはどうだ?」
「全然いいですよ。むしろ大歓迎です! でもグレッグさん。どうして数日だけなんですか?」
「それは多くの出会いをしたいからです」
♢
グレッグはミューと同じくらいこの世界で生きていた。
ただミューと違いグレッグは世界のあちこちを旅し、そこで多くの生きているものに出会った。
そして彼らとの出会いの証を形に残す。
それが生きがいであり、自分の存在証明のようなものだと語ってくれた。
♢
夜
「この一見ただの鉄くずのように見えるものは、半年前にあったアンドロイドの部品の一部です」
外で火を囲みながら俺達はグレッグの思い出の品々を聞いた。
出てくるのはほとんどゴミみたいな物ばかり。
だがグレッグにとっては大事な物だと話す表情や仕草で分かる。
時々星空を見上げる姿も、似たようなものだ。
星もまたグレッグの大切な思い出なんだろう。
「すごくたくさん出会ってるんですね」
「ええまあ、時間はたくさんありますので」
グレッグはニコニコしながら次々と思い出の品を出しては説明してくれる。
ミューは真剣に、でも楽しそうに聞いている。
こう見ていると二人が似た者同士にも思えてきた。
グレッグは出会いの物語を、ミューは歌を歌う。
コミュニケーションを目的に作られたってとこは一緒なのに、こうも違ってくるんだな。
「それからこれは……」
グレッグは両腕の無い洒落た服を着た人形を取り出すと急に顔を曇らせた。
その人形はあちこち黒く汚れていて、一見するとゴミ同然に思えてしまう。
「どうしたのですか?」
「……ああすみません。壊れていることにちょっと驚いてしまって」
「最初からそうだったってわけじゃないのか?」
「元々は片腕だけでした。ですがもう片方も外れてしまったなんて……」
「まあ気の毒だけどよ。なってしまったもんをそう後悔しても仕方ないと思うぞ?」
「はい……。そうですよね……」
♢
翌日
一緒に旅をするといっても何か特別なことをするわけでもなく、俺達はグレッグと行動を共にするだけだ。
しかしまあ、横で歩いているグレッグは体よりもずっと大きな荷物のせいで辛そうだ。
少し持ってやろうとも考えた。
だがどう持てばいいかも分からないし、そもそも俺のせいで何かあったらってのは嫌だ。
それに俺自身ミューや荷物を背負っているから迂闊に手が出せない。
「グレッグ。平気か?」
「ええ……。いつものことですから……」
とはいうものの声が途切れ途切れになってるし足元もおぼつかない。
本当に大丈夫だろうか心配でたまらない。
ここはいつもと違って道の横が谷になってる。
結構広い道だから問題ないが、もし仮に落ちたとしたら遥か下に川があるとはいえ無事ではすまないだろう。
グレッグのその大荷物が大事な物だというのは分かる。
だけど今もそうだし、このままだとこいつ自体が歩けなくなるんじゃないか?
そう思いながらグレッグを見ていると、ついにグレッグはバランスを崩し左へ左へとふらふら今にも倒れそうになる。
俺の不安は見事に的中。
グレッグはそのまま道から転落し落ちそうになった。
俺が慌ててグレッグの手を掴んだことで落ちずには済んだ。
だがグレッグの重さは荷物のせいでかなりのものになってる。
このままだとあと10秒もつかどうかってくらいだ。
……仕方ない。
「グレッグ! 荷物を捨てろ!!」
俺が命令するとグレッグは一瞬ためらいの表情をみせたがすぐに荷物を肩から降ろして捨てた。
そのおかげでずっとグレッグは軽くなり、難なく引き上げることができた。
「ありがとう……ございます……」
グレッグは息切れを起こしながらそう言うが、表情はかなり暗い。
助かるためとはいえ大事なものを捨てたのだから無理もない。
「無事でよかった。でも申し訳ないことをしてしまってすまん。大事な物を捨てろだなんて」
「いえ、あのまま捨てずにいれば足立さんもミューさんも巻き込むところでした。なので仕方ありません」
グレッグは「さあ行きましょう」と気を取り直すように声を張ると上を向いて歩きだす。
本人がそういうのだからと俺達も後に続く。
そしてしばらく歩いた時、グレッグはふと腕を上にうんと伸ばし、はぁ~と大きな息を吐くと――
「……軽いですねえ」
その言葉の後、グレッグはしばらく俺達の方を見ずに空を見上げたままだった。
そして、グレッグの手は少し震えていた。
♢
その日の夜。
グレッグは昨日と変わらず俺達に親しくしてくれる。
違うのは荷物が無いって事とミューが気を遣ってしまっていること。
まあ、俺も正直気を遣ってはいるが。
「グレッグさん。えっと、その……」
ミューの気遣いは露骨に態度に出てた。
これでは逆効果だしグレッグも愛想笑いを浮かべてはいるがかなり気まずい空気を出してる。
これはどうにかしないとな。
俺はそう思いながらぼんやり二人を眺めていた。
その時ふと、ミューのヘッドホンが目に入る。
「なあグレッグ。お前の好きな曲とか無いのか?」
「曲……ですか?」
「ああ、ミューはどんな曲でも大体知ってる。だから頼めばなんでも流してくれるぞ。それに、そういうのを聞いたら気が晴れるんじゃないか?」
なるほどとグレッグは考え込む。
「えっと……すみません。好きな曲はあるのですが、実は曲名が分からなくて」
「少し歌ってみてください。そしたらすぐに分かりますので」
グレッグは必死に思い出そうと顔をしかめながらメロディーを口ずさんだ。
するとすぐにミューはそれが何の曲かを理解し「ああ、いい趣味をしてますねぇ」としみじみした口調でヘッドホンからメロディーを流す。
静かな夜に似合うしんみりと、でもゆったりと落ち着くメロディーに乗せ女性の優しく情熱的な歌声が聞こえる。
グレッグは段々と目を潤ませながら、「そう! これです!」と俺達が囲んでいる火のようにパァッと明るい表情を浮かべる。
そして間奏に入ったとこでミューは――
「『炎のたからもの』ですね。どうしてこの曲を?」
「これは100年以上前に出会った、とある人間の老夫婦が好きな曲だったんです」
ミューがボリュームを下げると、グレッグは老夫婦について覚えている限りを話してくれた。
二人は寄せ集めのパーツで改造した車を乗り回すかなり勢いのある老夫婦であり、言葉でなく行動で互いを愛し、信頼し合う夫婦だったらしい。
そんな夫婦とグレッグは数週間共に過ごした。
そして炎のたからものという曲は、よく妻の方が車の上に乗って夜空を見上げながら歌っていた。
それを夫は車の中で窓を開け、目をつむって聞いていた。
老夫婦との思い出はたくさんあるらしいが、グレッグにとってその光景は特に鮮明に覚えているもので焼き付いている。
「本当に素敵な夫婦でした。支え合い、生きていく。二人はまさにそんな方達でした」
グレッグはまるでその二人を思い出すように目をつむりながら微笑む。
今までで一番いい表情だ、俺は自然とそう思ってしまう。
「グレッグさん。よければもう一度お聞きしますか?」
「ええもちろん」
「それとお願いがあるのですが。よければ次は私が歌っても?」
「別に構いませんよ?」
不思議そうにしてるグレッグに「こいつのわがままに付き合わせてすまんな。ミューは歌うのが好きでな」と俺は膝の上に乗ろうとしているミューの頭をポンポン触りながら伝えた。
するとミューは俺を見上げながら「子供扱いしないでくださいよ~」と頬を膨らます。
「膝の上に乗ってる奴が言うことか?」
「甘えるのはまた別なんです! それにここが一番落ち着くんです!」
「あーはいはい。好きにしろ」
「最初からそのつもりです!」
なぜかミューは自信満々な表情を浮かべる。
俺は呆れ、グレッグは楽しそうに眺めながらそんなミューが歌う炎のたからものを聞いた。
♢
数日後。グレッグとの別れの日が来た。
「お二人との旅はとても楽しかったです」
「ああ、俺達もだ」
「それに、いい思い出にもなりました」
「そうだ。思い出といえば俺達何もあげてないな。ミュー、何かいいもんないか?」
「う~ん……。すみません、ちょっと思い浮かばないです」
俺が謝ろうとしたところで、グレッグは「いいえ、必要ありません」と穏やかな口調で言う。
「思い出はもう――」
グレッグは自分の胸に手を当てた。
「ここにあります」
そう言うとグレッグは歩きだし、俺達は別れの言葉を送った。
グレッグは晴れ晴れとした顔でお辞儀をし、炎のたからものを口ずさみながら去って行く。
去っていくグレッグの姿は初めよりもずっと小さかったが、飛べそうなほどずっと軽やかなものだった。
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