音楽浴
いい夢を見れたし今日の朝はなんだか心地いい。こんな日は珍しいな。
心が晴れ渡るような、穏やかな草原の中でう~んと背伸びしながら目覚めるような、そんな感じ。
探せばそういう場所もあるかもしれないが、どこも大抵は文明の死骸を自然が飲み込んでいるような、げんなりとする光景ばかりだけどな。
「おはようございます! いい夢見れましたよね?」
「よく覚えてないがそんな気分だ。なんで分かった?」
「えへへ~。なぜならそれが私のおかげだからですよ!」
「は? お前人の夢を操れるのか? もしかしてたまに嫌な夢を見るのも――」
「違います! 断じて違いますから!!」
そう言いながらミューは自分のヘッドホンをトントンと指で叩く。
よく聞くとそこから何とも言えない不思議な感じの音楽が流れている。
「なんか流れてるな」
「なんかではありません。これはヒーリングミュージックといいます」
「なんだ? そのヒーなんたらってのは?」
「心理的な安心感を与える音楽。つまりリラックス効果を目的として作られた音楽です」
「へえ~。そんなものがあるのか。ま、ぐっすり寝れたしほんとなんだろうな。しかしすごいな。ただの音楽なのにそんな効果があるとは」
「音楽を馬鹿にしてはいけませんよ? 音楽は人類の生み出した文明の中で最も優れたものの一つだと私は思っていますから」
う~ん……。それは言いすぎな気がするような……。
「それに足立さん。今まで音楽を聴いて心を動かされたことってありませんか?」
「無くはない、だな」
ミューがちょっとだけ頬を膨らます。
いや、言い切れないのはお前の騒音がたまにあるからなんだが……。
でもそういう面もあれば今回だけじゃなくなんだか心が動かされる場面もあった。
だからまあ、どっちも考慮した結果どっこいどっこいという感じだ。
「さて、それじゃ今日も行くとするか」
「そうですね! 今日はいい目覚めだったのできっといい旅になりますよ!」
「……そんなもんか?」
「心の持ちようですよ足立さん!」
ミューはご機嫌な様子で俺の背中に飛び乗ってきた。
が、まだ全然準備ができてないのにこうされると邪魔でしょうがないから俺はミューを引きはがした。
♢
食料がすぐに見つかりテンションが上がったのもつかの間、急に強めの雨が降ってきて俺達は近くの廃墟へと避難した。
中には長い金属製のテーブルがいくつもぐちゃぐちゃに並べられ、奥の方にある大きな時計は17時50分を示している。
ただこの時計はこの廃墟のように壊れているのだろう。
なにせ雨雲に隠れた太陽がまだ頭上高くあるのだから。
「もう~せっかくいい天気だったのに~。雨の馬鹿~……」
ミューはシュン……としたまま俺が焼いた犬の肉を食べているのを眺めている。
「どうせ食わなきゃならなかったんだ。別にこんくらいいいだろ」
「でも~いい旅になりそうって言った矢先ですよ~……」
「真面目かお前は。ていうかすぐにこうやって飯をとれたんだ。しかも一発でな。そんだけで今日は上出来な方だ」
ミューは「足立さんがそうなら」と口では言うがまだどこか落ち込んでる。
気負いすぎだまったく。
「ああそうだミュー。なんなら音楽を流したらどうだ?」
「珍しいですね。足立さんからそんなこと言うなんて」
「いやまあ。ヒーリングなんたらってのが効果あったからな。だからほらあれだ、気分転換にはピッタリだろ?」
ミューはなるほど! とヘッドホンからギターの音を流しだした。
が、俺はそれを息つく間もなく止める。
「なんで止めるんですか? 音楽を流してくれって言ったのは足立さんじゃないですか」
「絶対うるさいのを流す気だったろ」
「え~ダメですか? テンション上がりますよ?」
「今はあげる必要ねえよ。もっと落ち着いた音楽をだな。ほら、それこそヒーリングなんたらってのを」
「足立さん、何事もほどほどにですよ。ヒーリングミュージックは安らぎを与える効果はありますが、ずっと聴いてたらそれに慣れてしまって効果が薄くなります。つまりあれです、美味しい食べ物も毎日ずっと食べてたら飽きてしまう。それと同じです」
妙に説得力がある。
そういえば少し前にたまたま見つけた加工食品を美味いからとミューの制止を無視して食いまくってた時期があった。
その結果飽きてしまった。
ミューいわくそれは依存症というものらしい。
つまり今度はヒーリングミュージック依存症になってしまうわけか。
意味が分からねえがある意味恐ろしいな。
「よ~く分かった。しかし音楽ってのはすごいな」
「音楽浴なんてものが一時期流行ったくらいですからね」
「なんだ? その音楽浴ってのは」
「音楽の持つ健康効果を利用して健康になりましょう! といった感じで流行ったものです。ついでにダイエット効果もあるとも謳われていました」
ミューの話によると昔の人類は精神的に相当疲れていたらしく、癒しとかそういうのが流行る傾向にあったらしい。
そこに肥満予防などもっともらしいことをつけ加えれば簡単に流行する。
ついでに関連商品なんかをバンバン売りつけて金儲け。
俺にはあんまり想像つかねえが、せこいなという印象だ。
「ていうかよ。ふと思ったんだが音楽って癒し以外にも使えるんじゃねえのか?」
「鋭いですね足立さん。そうです。音楽は洗脳などにも使えますよ」
「やっぱりか」
どうせ嫌なもんだろうしあんまり聞きたくねえ。
そう思った時だった。
後ろの方で何かガチャンと物音がした。
どうせ物が倒れたりとか動物がウロウロしてるとかそんな感じだろ。
だがその予想は見事に外れた。
「さ……さア……ジ……じか……ジカジカジか……」
ボーンボーンと低い音がこだまする中、聞いたことないような不吉な機械のような声が聞こえた。
「足立さん! 耳をふさいで――」
ミューの声は蠢くような、空間がゆらゆらと揺らぐような、そんなよく分からないがかき乱されるような低音が何重にも重なった音にかき消された。
同時に視界がぐらぐらと揺らぎだした。
俺の目がいうことを聞かない。
いやそれだけじゃない。心臓が鼓動を勝手に飛び出そうなほど早く動かす。
頭の中を何かがぐちゃぐちゃにかき乱している。
体の何もかもが言うことを聞かない。
苦しい……。死ぬ? たかが音で?
「さア……サあ……」
ぐらぐらとした視界で俺はなぜか時計の方を見た。
18時を指す時計のそばには、どこからか現れたアンドロイド達が這いずっていたり足を引きずっていたりした。
どいつもこいつも似たようなボロボロになった青い服を着ている。
なんなんだこいつらは……。なんでここにいる? なんでこっちに向かってきてる?
「足立さん!!」
ミューが大声をあげると気味の悪い音をかき消すようにギターの音を大音量で流しだした。
それはミューが俺のうたた寝を止めさせるときによく流すロックだった。
これはこれで耳がぶっ壊れそうだ。
でもさっきから流れ出す気色悪い音よりもかなりマシだ。
何より体がもとに戻りだすのも感じる。
そして体の自由が戻ると俺は急いで荷物とミューを背負って外に出た。
「はあ……はあ……今のは……何だったんだ……」
ばたりと道のど真ん中に倒れた俺にミューはヒーリングミュージックを流してくれる。
ああ、癒される……。
「さっきのは働くための音楽です」
「働くためだって? あんな気色悪いのを聴いて働く気になるのか? 昔の人類は随分変わってるんだな」
「いえ、意欲的にではなく洗脳をしてです。まさかまだ残っていたなんて……」
「じゃああのアンドロイド達は何なんだ?」
「案内役です。従業員たちが正しく働けるようにするための」
「……根本から間違ってるような気がするんだが」
「否定はしません。それだけ昔は皆疲れきっていて、おかしくなっていたのですから」
世も末だ。
いや、もうとっくに末を通り越しているな。
「ま、昔のことなんざもういい。それより疲れたからそうだな……」
いつの間にか雨が上がっていて空はさっきの雨が嘘みたいに晴れていた。
日差しも心地いい。
それにこう広い場所だと開放的な気分になる。
「俺は少しここで寝る。ミュー、悪いが頃合いを見て起こしてくれ」
「任せてください! ばっちり起こしますから!」
「……言っとくが大音量で起こそうとするなよ? もっと平和に起こせよ? いいな?」
ミューは自信満々に胸をトン! と叩いた。
それが不安で仕方ないが、そんな不安もミューの流してくれるヒーリングミュージックでかき消された。
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