生きた証
行くところが廃墟だらけなのはもう慣れた。
だが今日迷い込んだ場所は他とはどこか違う。
不気味なんだ、見上げるほどの黒い壁がいくつも連なり、その間に血の気の無い白く細い通路が縦と横に整然と続く。
中はビー……ビビー……と不安定な音を鳴らしながら光る白い照明で照らされてはいるが、屋根のほとんどが崩れ落ち照明の意味をなしていない。
そのおかげか壁を見れば所々、というか半分以上に四角い穴があるのが分かる。
なんだここは? 床には物が沢山散乱してるしどれもこれもつながりが分からないものだらけ。
子供用の人形。何かの箱。おもちゃにフィギュア。指輪をはめたままのアンドロイドの指。
ゴミ捨て場か?
「ミュー、ここが何か分かるか?」
「ここは墓地です」
「墓地?」
「はい、死んだ方を供養、つまり安心して眠ってもらう場所です。それと残された方の心を慰める場所でもあるんですよ」
またそういう場所か。教会といい人間はめんどくさい生き物だな。
……一応俺もその人間か。
「ここで眠るっつってもいまいちピンとこねえな。あの穴の中に死体でも入れておくのか?」
「無理ですよ足立さん。そんなに大きくありませんから」
「じゃああの穴は何なんだ? もしかしてそこら辺に落ちてる物を入れるのか?」
「その通りです」
俺は何となく足元にあった箱を手に取り中を見た。
灰があるだけ。
ミューはそれを遺灰と教えてくれた。死体を燃やした時に出てくるもので、それを代わりに入れていたとか。
他の場所も同じらしく、それと一緒に死んだ人の思い出の品を入れたりもするらしい。
なんだろうな、安心して眠るためだってのにこんな狭い場所で眠らされたら窮屈で仕方ないと思える。
「墓地ってのはどこもこんなせまっくるしいとこなのか?」
「いいえ、昔はもっと広い場所でした。こういう場所は戦争の起きる十年ほど前からです。経緯について私はよく知りませんが、人口の爆発的な増加や利用可能な土地の減少、個人主義の徹底などあらゆる要因が複合的に絡み合ったからかと」
「えーっと……。ようは色々あったってことか」
「そういうことです」
ミューがいつもより淡々としているというか元気がない。
ま、こんな場所だし無理もないか。むしろここでいつもの調子だと気味が悪い。
♢
俺達は墓地を意味もなく探索し続けた。
食料なんかはもちろんない。調べるだけ時間の無駄なのは分かってる。
だけどなんとなくここは引き付けられるような、よく分からないがそういう力のようなものを感じる。
そんなわけわからない状態のまま歩き続ける。でもずっとというわけにはいかないよな。
「なあミュー、ここから出るか?」
「お任せします」
長い沈黙。
「……ミュー、ここが嫌か?」
「いいえ、どうしてそう思うのです?」
「どうって言われてもな。ほら、さっきから元気ないだろ?」
「そりゃこんな場所ですからね」
俺は馬鹿か。いや馬鹿だな。
さっきこういう場所だからミューがこうなのも仕方ないって考えたばかりだろ。
はあ……こっちまで調子が狂ってきた。さっさと出るか。
「ここにいてもしょうがねえ。出るか」
「……」
「ミュー?」
ミューはハッとした声を出して謝る。うん、やっぱりダメだ。出よう。
ええっと出口は……――
……ゴゴゴゴゴゴ。
どこかで大きな地響きがした。地震ではなさそうだ。どうせどっかの廃墟が崩れたんだろ。
なんて考えてたら急にミューが「走ってください!!」と叫ぶ。
なんだと思い振り返るとミューの視線の先の屋根が崩れ、そして黒い壁が空気を震わせるほどの音を立てながら次々と倒れているのが見えた。
ここにいたらまずい! 俺は慌てて走った。
後ろからはミューの叫び声と壁や屋根が崩れる音が迫ってくる。
そういえば前に散々追いかけまわして獲物が取れなかった時、ミューから「『骨折り損のくたびれ儲け』ですね」って言われたな。
あの言葉の意味がいまならよく分かる……。できればずっと分からずにいたかった。
♢
走ること数分、ようやく事態が落ち着いたが俺達はまだ墓地の中にいた。
一体どんだけ広いんだここは?!
結構動いたと思うんだが。
「足立さん、少し休みませんか?」
「ここでか? いやいい。さっさとここを出るぞ」
そう言った矢先、俺は瓦礫につまずいて転んだ。
倒れた衝撃と疲れからか足がピクピクしてる。
「ほらー、こんなにも疲れてるんですから」
「……仕方ない。少し休むか」
俺は近くの壁にもたれかかる。その時、俺のすぐ隣の壁から引き出しが飛び出しているのに気づいた。
中には小さな丸くて薄い円盤のようなものと手のひらサイズの薄汚れた機械があるだけ。
これが何なのか聞くとミューは興味深げに覗き込む。
「おいミュー、それが何か教えてくれよ」
「これは……そうですね。見てもらった方が早いかもしれません」
ミューは小さな機械を取り出しあちこち眺めながら俺の膝の上に乗ってくる。
何かあるといつもこう。安心するかららしい、別に困るようなことじゃないからいいんだが。
そうして膝の上でもぞもぞと右に左に動いていたミューが「よし」と言うと、今度は円盤を機械の中に入れた。
そして……俺は驚きのあまりボーッとしてしまった。
目の前に何もないはずなのに、いきなり俺とミューの前に青と白の触れない粉のような何かが現れる。
それは次第に人の形へと変化していき、長い白髪の老婆となった。
「なんだこれは? こいつは誰だ?」
「これは3Dホログラムといいます。それで彼女はきっとこのお墓で眠っていた人でしょう」
そうですよね? とミューが聞くと、数秒くらい遅れて老婆はようやく俺達を認識してか首をかしげる。
「あんたらは誰だい?」
喋った?! 俺が驚くと老婆はますます不思議そうにし、ミューは「失礼ですよ」と俺達のことを紹介した。
そして老婆は自分をジュリアだと言って優しく微笑む。
それだけでジュリアの温厚さが伝わってきそうだ。
「ところでお二人はグラハムとどういった関係なの? あなた達のような知り合いを私は存じてないのだけど……」
困った様子のジュリアに俺達は事の経緯とこの世界がどうなっているかを説明した。
その際に俺は、このホログラムがミューと同じようにAIを搭載したものであることを知る。
もっとも、AIであるがミューとは違いこのジュリアには元となった『ジュリア』がいる。
「そう……じゃああの人はもういないのね」
どこか遠くを見つめるジュリア。目にはきらりとホログラムの涙が流れている。
不思議なものだ。ああいや、ミューが笑ったり喜んだりしてるのと似たようなものか。
そう考えるとたいして不思議でもないな。
「グラハムさんってどんな人だったのですか?」
ジュリアは「そうねー……」と考え込む。かと思うと急にふふっと小さく笑い自然と笑みをこぼす。
ミューが首をかしげるとジュリアは「ごめんなさいね」と涙を指ですくい、ふうとため息をついた。
「変な人で、振り回してばっかの素敵な人」
またジュリアはふふっと笑い出す。何がそんなにおかしいのか。
めんどくさいやつってのは分かるがそれだけじゃないんだろう。とりあえず話を聞くか。
「グラハムとは私が51の時に結婚したの」
「51ですか? ずいぶんご高齢で結婚されたんですね!」
ミューが感心しているが俺にはその感覚がよく分からない。
そもそも結婚というのも理解してないからそれがどういうものかも分からない。
まあ、そのグラハムって人が大切な人なんだということだけはさすがの俺でも理解できる。
「そうでしょう? 私もいまだに信じられないんだから。しかも彼は当時まだ34だったのよ。それで私と初めて会った時にこう言ったの。『僕はあなたを探すのに34年もかかってしまった』って」
むずがゆい言い方だなって思っている俺に比べ、ミューは「ロマンチックですね~」としみじみしている。
う~ん……。何となく分かるような分からないような。
まあなんにせよ、さっきまで暗かったミューがいつも通りのミューに戻りつつあるのはありがたい。
「そんなプロポーズをされたのなら、きっと結婚式も素敵だったと思います!」
「そうねえ」
ジュリアは懐かしむようにグラハムとの愛を語りだす。
そもそも二人の出会いはグラハムが日々の仕事の疲れで旅行してた時、たまたまジュリアの住む村に立ち寄ったのがきっかけだった。
その時に彼は一目惚れというのになったらしく、それから何度か連絡を取り合い、一年後に彼は仕事を辞めて村に引っ越してきた。
山間にあるのどかで景色のいい小さな村。
そこで二人はのんびりと過ごし、やがて気が合った二人は半年の交際の後に結婚。
そして結婚式はミューがいうには当時としては珍しく村をあげてのものだったとか。
「村では毎年収穫の時期になると村の一番高い建物から男が女に愛を歌にして送るの。大抵は村長夫妻がこの役をするのだけどね、その年は彼が歌ったのよ」
「素敵ですね~」
「でも彼、そんなに歌が上手くなかったの。音程を時々外してて、でも声だけは誰にも負けないくらいはっきりしててね。それが逆におかしくて」
ジュリアはグラハムの事を懐かしむような笑みを浮かべながらおかしそうに話し続ける。
結婚から二人の夫婦生活、そして自分が病気で亡くなるまで。
話は大体数十分くらいで終わった。だがその奥には俺が想像できないほど長い時間がある。
俺は聞き終えた時、その長さに圧倒されたようにふう……と顔をあげた。
「幸せだったのですね。羨ましいです」
「そうねえ……幸せねえ……。喧嘩なんかもたまにしたけど、でもそう聞かれたら自信を持って言えるわねえ。だって彼の事を忘れられないんだから」
しみじみとしているミュー。するとジュリアが「あなた達はどう? 大変な世界だそうだけど」と聞いてきた。
「この世界は荒れています。でも私は幸せです!」
足立さんは? とミューが俺の方を見てきた。
「幸せか……。俺にはよく分からん」
「あらそう?」
ミューが不安そうな顔をしている。俺はすぐミューの頭に手を乗せ「ちげえよ」と付け加える。
「ほんとに分かんねえんだよ。幸せってのが。深く考えすぎとかそういうんじゃなくて」
「そう、でもそんなに悲観することじゃないわよ」
「べつにそう思ってねえけどな」
ジュリアは「あらごめんなさい」と謝る。かなり年を取ってるはずなのに綺麗に見えた。
よく分かんねえけど、グラハムはきっとジュリアの中身に惚れたのかもしれねえな。
「でもね、あなたにもきっと幸せは訪れるわ」
「終わった世界でもか?」
「ええそうよ。終わりは始まりでもあるの。それにあなた達はまだ生きてる」
ジュリアがふふっと微笑む。そういうものなのか?
そういうことにしておくか。
「そっか。じゃあそろそろ行くか。ジュリア、色々話を聞かせてくれてありがとな」
ミューがペコリと頭を下げ、俺は荷物とミューを背負いだす。
するとジュリアさんが俺達に頼みがあると声をかけてきた。
「どうせもう彼がいないのだから、
「……いいのか?」
「いいのよ。AIである私の役目はもう終わり。それに本物の
さあ、とジュリアは目を閉じる。
別れの言葉を言って、俺は機械を踏みつぶした。
ジュリアさんは最初からいなかったようにあっけなく消えた。
残ってるのは機械の残骸だけ。まるで夢からさめたような気分だ。
「行くか」
「はい!」
やけにミューの声が明るい。
「どうした? 別れが辛いと思ってたがそうでもないのか?」
「悲しい気持ちはありますよ。でもそれ以上に嬉しいんです。ジュリアさん達は幸せ者だなって、AIの彼女も含めて」
「AIも? ジュリアさんは分かるがなんでだ?」
「だって、役目を果たしたんですから。それってつまり生きる目的を果たしたって事です。幸せ者ですよ」
生きる目的、か。
「なあ、ミューの生きる目的はなんだ?」
「人に幸せになってもらうことです!」
「ふーん……。そうか。それって終わりはあるのか?」
「多分ありません。ずっとずっとです! むしろ終わってほしくなんてありません。終わりなんて悲しいですから」
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