猫とネコ


 目を覚ますと周りが違和感を覚えるほど静かだった。

 聞こえてくるのはパラパラと破片が落ちる音と、土と埃と何かの破片を巻き上げながら吹く風の音くらい。

 おかしい、いつもならミューが「おはようございます!」なんて言いながらパッパラーと眠気覚ましの音を鳴らしまくるはずなのに。


「あいつどこ行った?」


 キョロキョロと周りを見渡しても影一つない。あるのは壊れた建物内に広がる灰色の世界だけ。

 手間のかかる奴だ。俺は少し建物内を見て回る。

 すると二つ目に入った部屋に一瞬人影が見え、つい驚いた声をあげてしまった。

 無理もない、それが壊れたアンドロイドだったからだ。


 だがミューでは無かった。そもそもあいつには足が無い、だけどこいつには足がある。

 足の有無で見分けをつけるなんてなんだかな……。


「紛らわしいんだよ」


 安心して俺は壊れたアンドロイドの体に触れる。

 もしこいつがミューだったら。ふとミューがいない事を想像してしまった。

 一人きりで歩く俺。一人きりで飯を食べる俺。一人きりで、静かな夜を迎える俺。


「……どこ行きやがったまったく」


 見つけたら怒ってやる。

 そう思った時、外から「ニャー」と高い猫の声がした。

 何となく気になり見に行くと、建物のすぐ外で二匹の猫と戯れているミューがいた。

 

「あ、足立さん! おはようございます!」


 笑顔で元気な挨拶をするミュー。その姿にムカムカと沸いていた怒る気力がどこかへ吹き飛んでしまった。


「何してんだこんなところで」


「この子達と遊んでるんですよ」


 するとミューの目の前にいる廃墟にまったく似合わない美しい毛並みをした白い猫がミューの頬をなめた。

 ミューは「くすぐったいですよ~」と言いながらその猫の顎をコショコショと撫でる。相変わらずのんきなやつだ。


 そしてぼんやりとその猫を見ていた俺はふとあることに気づいた。

 この綺麗な猫の尻尾はまるでミューの足みたいに途中で切れていて、断面から機械の内部を思い起こさせるような部品が出ていた。


「ミュー、その猫の尻尾」


「ええ、かわいそうに。でもこの子、アンドロイドなのにここまで原型を維持してるなんてすごいですよね~」


 ミューが感心していると俺の足元にもう一匹違う猫がのっそりとすり寄ってきた。

 こっちはアンドロイドのやつと違って茶色の汚い毛並みに、どことなくふてぶてしい黄色の目をしている小太りの猫だ。

 綺麗な猫と違ってヨボヨボしていること以外怪我も無いし問題はなさそうだ。


「こっちのは?」


「そっちは本物の猫ですよ。お、足立さん。もしかして気に入られちゃいました?」


 そう言われて足元を見ると、茶色の猫は俺に身を寄せたまま目を閉じて動かない。

 懐かれているというか警戒されてないだけのような……。


「んなことどうでもいい。それよりミュー、戻って出発の準備するぞ」


 元気に返事をするミューを背負い俺は荷物を置いてる場所へと戻る。


「なあ、もしかしてあそこまでお前だけで行ったのか?」


「そうですよ~。昨日足立さんが寝ている時にマシュとぶにゃがやって来てですね、二匹ともおいでおいでって感じで外まで私を誘ってくれたんですよ~。それからずっと遊んでました! 楽しかったです!」


 呆れた、腕だけであそこまで行ったのか。歩いたら1分もかからない程度だが腕だけでこんなデコボコした瓦礫だらけの道を歩くのは大変だろ。


「ていうかなんだその名前。もしかしてあの二匹のか?」


「そうですよ! マシュは白い方の猫ちゃんのことです。マシュマロから取ったんですよ? あ、マシュマロというのはお菓子の名前で、白くて甘くて、ふわふわモキュモキュしたお菓子なんです。とってもおいしいですよ!」


 いまいち何言ってんのか分からない。まあ、白いのは何となく伝わったが。


「じゃあ茶色のほうは? そいつもお菓子からか?」


「いいえ、ぶにゃは最初見た時のイメージでつけました! ぶにゃ~んって感じがしませんでしたか?」


 マシュに比べて雑だな……。それにそのよく分からないイメージに共感できるから不思議だ。案外ぴったりな名前なんだろう。



 それから俺が荷物を準備しているとミューがさっき来た方向を指さした。

 その先にはさっきの猫達がこっちに向かっている姿が。

 よっぽど懐いてたのかそれとも餌にありつけると思ったのか。

 どちらにせよこいつらの面倒を見る余裕はない。


「行くぞミュー」


 俺は猫をジィーッと見てるミューを背負い出発する。


 するとミューが後ろから猫達がついてきてることを教えてくれた。

 振り向くと本当についてきてる。まったく何なんだこいつらは……。


「ずっとついてきてますね」


「言っとくが面倒見る気はないぞ」


 するとミューがちょっと勝ち誇ったようにふふん! と笑う。

 なんだ気持ち悪い。


「足立さん、あの子たちは野生です。そして野生の猫ちゃんはたくましいのです。何でも食べます! わざわざ面倒を見る必要はないのです!」


「じゃあなんでついてくるんだ?」


「きっと気に入ったからでしょう! ほら足立さん、せっかく仲良くなったんですから一緒に歩いてあげましょうよ~」


「なった覚えはねえ」


「むぅ~。心が貧しいですね、もっと心豊かに生きましょうよ」


 知るか。



 結局猫達は俺が腹をすかせて飯を食うまでずっとついてきた。

 そして今、しとめた猪の焼いた肉と『世界が滅ぼうとも食べられる!!』なんて皮肉すぎるうたい文句がついた加工食品を食べてる俺の膝の上で、ぶにゃがジィ~ッと目の前の丸焼きになった猪を眺めている。

 邪魔だ、気になって仕方ない。


「……これは俺のだ、あげねえぞ」


「……」


 何も言わないし何の反応も見せない。鳴き声くらい出してくれてもいいだろ。

 一方でミューはどっしりと落ち着き? をみせるぶにゃと違いさっきからそわそわと辺りを見渡していた。

 なんでもマシュの姿がどこにも見当たらないとか。


「マシュが見当たりません……」


「気にすんな。どっか行ったんだろ」


「でもぶにゃを置いてどこかへ行くなんて考えられません。だって私が初めてこの子達に会った時、寄り添うようにくっついてたんですから」


「たまたまだろ」


 ミューはまだ心配そうに遠くを見ていた。

 心配性だな、なんて思ってるとミューは急にパアッと顔を明るくし「帰ってきました!!」とマシュのいる方へ手を振りだす。

 マシュはどうやら餌を取りに行ってたらしく、口にまるまると太ったドブネズミをくわえて帰ってきた。

 そしてそのネズミを眠たそうにしているぶにゃの前へと置いた。


「こいつぶにゃの分を」


「できた子ですね~」


 アンドロイドだからなのか、それとも本当にそういう気持ちがあるのかは分からない。

 でもマシュにとってぶにゃが大事な存在であることは、マシュがぶにゃを起こし、食べるよう体をぶにゃにスリスリしていることからなんとなく分かる。


 ぶにゃはめんどくさそうにのっそりと起き上がりネズミを生のまま食べ始める。

 だけど三分の一くらい食べたところで首を振り、また俺の膝の上で眠り始めた。

 マシュはしばらく「もっと食べて」と言うようにぶにゃに体を擦りつけているが、ぶにゃはスースーと寝ているだけ。


「疲れてるのか?」


「そうだといいんですけど」


 微妙にミューの反応に引っかかりながら俺はぶにゃの体をなんとなく撫でる。

 するとぶにゃがのっそりと腕をあげて、ペチッと小さな猫パンチを俺の手に繰り出した。

 そりゃ寝ているのを邪魔されたらいやだよな。なんか……ごめん。





 それから数週間くらい、俺達は猫と行動を共にした。

 といっても何か特別なことをしてあげることもなく、一緒に歩き、一緒に飯を食べるだけ。

 寝る時はなぜか俺やミューの体に乗ってきたりしていた。


 鬱陶しい、そう思うことが度々だった。でもそこまでってわけでもないし、何よりミューが嬉しそうにしているから別にいい。



 そしてそんな日々を送ってたある日。

 俺達はいつものように出発しようとするが、その日は猫達の様子が違っていた。

 二匹とも一歩も動こうとしなかった。

 べつに死んでるわけではなく、二匹ともこっちをジィーッと見たままだ。 


「おいマシュ、ぶにゃ。何してんだ。さっさと行くぞ」


 マシュは俺達やぶにゃに対して小さな鳴き声をあげたり、ぶにゃの体をなめたりしている。

 一方のぶにゃはスースーと息をしたまま俺達を見つめるだけ。

 放っておけばいい、そのうち追い付くだろう。そのことを分かってはいるが俺はどうしても分かりきれない。


「まったく何なんだこいつらは。前は勝手についてきやがったのに今度はついてこないなんて。ミューからもなんか言ってやれ」


「もう~。猫は気まぐれな生き物なんですよ? そんなに目くじら立てなくても」


 といってもこのままだと出発できない。

 仕方なく俺はミューを猫達の前へと向き合わせる。俺だと効果なさそうだがミューなら何とかなるだろ。


 そんな淡い期待を抱きながらミューが猫達に呼びかけているのを眺める。

 だが二匹とも頑なに動こうとせず、ミューはぶにゃの頭を撫でようとした。

 ぶにゃが頭をゆっくり横に振る。すると急にミューが黙り込んだ。

 撫でるのを嫌がられたくらいでそんなにショックか?


「……足立さん、行きましょう」


「いや行きたいのは山々だがな、こいつらが来ないとダメだ。ミューなんか特にそうだろ?」


「その通りです。でもこの子達はここに置いていきます。……私を背負ってください」


「は? どういうことだよミュー。お前が一番こいつらを可愛がってたのに」


 するとミューが俺に抱きつき顔を胸にうずめた。


「この子達のためです。だから」


「おい待てって。どういうことだよ」


 ミューは数分ほど顔をうずめたまま黙り込んでいた。

 そして顔を離したミューの顔には涙のあとがあった。ますますわけがわからない。


「……ぶにゃはもう動けないと思います。多分ですけど、近いうちに亡くなります」


 ミューは猫の死期が近くなった時の特徴を俺に話してくれた。

 

 しかもそれのほとんどがぶにゃに当てはまっている。

 なんで今迄気づかなかったんだ俺は。


「じゃあマシュはなんであそこから動かないんだ? あいつも死ぬのか?」


「いえ、きっと最後まで見守るためだと思います。きっと長い間二匹でいたから、私達には分からない絆があの子達にはあるのでしょう」


「…………そうか」


 俺はミューを背負い、二匹を残して歩きだした。遠く、遠く離れていく。

 二匹ともずっとこっちを見たままだ。あいつらほどじゃないけど、俺達の事も覚えてくれてるのだろう。



「んにゃ~!」



 後ろからぶにゃが今まで聞いた中で一番大きな鳴き声をあげる。


 俺は二匹と出会ったあの朝のことを思い出した。


 心が、どうしようもないくらいキリキリする。

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