壊れかけの牧師
普段は俺がミューを背負って歩くが今日は違う。
「いけいけー!!」
今日の俺は酔いそうだ。
「ほら足立さん! せっかくなんですからもっとノってくださいよ!」
「いや……無理……」
俺は今、ミューが操縦する二足歩行型兵器の操縦席に乗っている。
俺が座っている上にミューが座る。それなのにこいつはよく操縦できるものだ。
ミューがいうには単純な仕組みだそうだからあまり関係ないらしい。
それにしてもこの兵器は呆れるくらいポンコツだ。
大きさは人間二人分と少しくらい。砂色をしていて形はかなり不格好。
短くて太い足は常に曲がっていて、胴体の前に付けられている目のようなライトがギイギイと音を立ててせわしなく動いている。
おまけにコックピットはむき出し、装甲もすっかりさび付いている。
それなのに歩く速度は微妙に早く、一歩踏むごとにかなり揺れて気持ち悪い。
そんなポンコツ兵器が作られたのは恐らく2030年代前半、内臓されたナビゲートAIが動いているのが奇跡なくらいだ。
正式名称は『REX-typeΩ』
らしい、というのには理由がある。
この兵器はミューの持つデータ上には存在していないようで、多分個人の趣味で作られたものだと思えるからだ。
実際、武器と呼べるものはない。せいぜい操縦席に隠されていた小型ナイフくらいだろうか。
過去がどうだったかは知らないが、少なくとも個人がこういった大型兵器を作るのはまず禁止されているはずだ。
ミューもこれを見つけて解析している時に「よくこんなの作りましたね~」と感心していたくらいだからな。
「おい……ちょっと休まないか? それか曲を止めて――」
ガガガガガガガ!!!!
タイミングの悪いことになぜか兵器からも物騒な音が流れ俺の声は見事にかき消される。
しかも曲も締めの部分のようでミューはノリノリでヘッドフォンから流れてくる音に合わせて精一杯歌っている。
頭がぐらぐらする。俺はそう若くないんだ……。
「何か言いました?」
……もう限界。
俺は操縦席から顔を出して吐いた。
ミューは驚きすぐに兵器を止めてくれる。だが急すぎたせいか兵器はバランスを崩して倒れてしまった。
「いてて……。あ、足立さん! 大丈夫ですか?!」
操縦席から放り出された俺は返事をする元気もなく、かといって無反応もあれだからとりあえず仰向けのまま親指を立てた。
「よかった〜! その様子なら大丈夫そうですね! それにどうやら楽しめたようで!」
どんだけ都合のいい解釈をしているんだ。
そう言いたいのも山々だが疲れて何も言えない。
「足立さん、疲れてますか?」
むちゃくちゃな。
するとミューが腕をズリズリと動かしながらゆっくり近づいてくる。
でこぼこしたコンクリートの道のせいでミューの白い腕に段々と傷や汚れがついていく。
足を失っているから仕方ないとはいえとても痛々しい。
見てられない。俺はフラフラとミューに近づき背中に背負い直した。
「ありがとうございます! えへへ~、やっぱりこれが一番落ち着きますね」
「ああ、そうかよ」
気楽なやつだ。
でもそのおかげで終わりを迎えたこの世界を生きていられる。そんな気がする。
だが結局、生きるためには楽なんてできない。
目の前で煙をあげたまま動かなくなった『REX-typeΩ』の姿と背負ったミューの重さを感じるとそう思えて仕方ない。
それでも今はとりあえずどこかで休みたいものだ。
この道のど真ん中で休憩、と考えたが数十分くらい前に野生動物の姿を見たからあまり得策とは思えない。
「なあミュー、どこかこの近くで休めそうな場所を知らないか?」
「この辺り? そうですねー……。あ! あそこなんてどうでしょう?」
ミューが指した先には一階建てだがかなり大きいレンガ造りの建物があった。
上の方には丸くて何色かの色をした窓がある。
「あそこか、分かった。でもあの建物、なんか他とは微妙に違うような」
「あれは『教会』というんですよ。正確にはキリスト教の施設ですね、神様に祈ったり罪の告白をしたり、そうやって心の安息と救済を得るのです」
なるほど、よく分からん。
ま、休めたらそれでいいし宗教を理解しようがしまいが関係ない。
♢
中に入ると横長で所々壊れた椅子やテーブルが目に入った。
色鮮やかな窓(ステンドグラスというものらしい。もちろんミューに教えてもらった)も割れてるものがある。
空気も悪く、歩くたびに床の土や埃が舞い太陽にキラキラと照らされる。
そのせいか息を吸うとそれが体内に入っていくのがよく見えなんとも言えない気分になる。
「やっぱりここもひどいな」
かつての戦争の爪痕はどこにいっても目に入る。
捨てられた銃器や壊れた機械。廃墟の数々。誰かの思い出を記録した機械や思い出の品々。
焼けて炭になった人の跡や誰かの骨を大事に抱えた別の誰かの骨。
考えだすとキリがない。
「いいえ足立さん、まだ建物が残ってるだけマシですよ。それに血の跡もありません」
「そうだな」
過去に何があったかなんて正直どうでもいい。生きるのに精一杯なのに知ったところでどうする。
「……ガ、ガググ」
突然、奥の小さな祭壇の方から機械の音が聞こえてきた。ここにも壊れた機械があるのか?
ミューが「確認してみましょう」と言うから近くまで寄る。
すると祭壇の奥からのっそりとミューとは違うボロボロの黒い服を着た老人のアンドロイドが起き上がった。
「うおお??!」
「うわわわ!? ちょっと足立さ――」
俺は思いきりミューを下敷きにして倒れてしまった。
それでも「大丈夫ですか?!」と自分よりもまず俺の心配をしてくれるあたり、ミューは相当頑丈なんだろう。
「ああ、平気だ。悪いなミュー」
「いえ、このくらい平気です! それよりも足立さん」
ミューに促され俺は目の前に立つアンドロイドを見た。
腕や足は付いているが所々皮膚が剥がれ中の機械が見えている。
それに頭部はかなりひどい。髪が生えてる場所の半分は失うどころか中がえぐれていて白い液が垂れたような跡があり、それは老人の白いひげを伝って首元まで続いていた。
目もひどく右目は失っていて左目は明後日の方向を向いたままだ。
アンドロイドであると分かっていても少し気持ち悪いと思ってしまう。
「そこに……誰か……いるのですか?」
曇っているが落ち着きがある優しい声。この状態で喋れるのは奇跡だろう。
俺とミューは老人に挨拶をし自分たちが何者であるかを話した。
すると老人は俺が人間であることに驚き、手を握らせてくれないかと恐る恐る訊ねてくる。
減るものじゃない、俺は老人の提案を受け入れる。
「目がもう、見えなくて……。すみませんが……握ってくれま、せんか?」
老人はプルプルと震える右手を伸ばしたままその場から動かない。
よく見ると手にも頭から垂れていた白い液の跡がある。
少し気が引けるが断るのはさすがに心苦しい。
「これでいいですか?」
俺が握ると老人はああ……とため息を漏らしながら左手を俺の手に添える。
小刻みに震えるしわしわの手は冷たく暖かさが一切ない。
「本当に、人間……ですね……。生きて……いるのですね……」
すると老人は天井へとゆっくり顔をあげかさかさの唇を震わせる。
こう見るといつ死んでしまうかひやひやする。
「あなたは……泣くことが……できますか? 笑うことが……できますか?」
「? ああ、ついでにミューは俺以上に泣いたり笑ったりするぞ」
「足立さん、ちょっと馬鹿にしてます?」
「ちげえよ。それだけ感情豊かだって言いたいんだ」
ミューは「えへへ~」と嬉しそうに笑っている。
まったくどんだけ単純なんだ。
「それはいいこと……ですね。私はもう……笑うことも……泣くこともでき、ません。戦争と……長い年月の……中で壊れて……しまいましたから」
やっぱりこの老人もか。
ポツリポツリと語る言葉に何となくだが送ってきた途方もなく寂しい時間を感じる。
「ところで……お二方はここに……何を?」
「旅の休憩を取ろうと思ってな」
「ああ、そう……でしたか。私はもう……何も、できませんが……ゆっくり休まれて……ください」
俺達は老人の言葉に甘えて休憩を取ることにした。
ベッドのようなものがあればよかったが贅沢は言ってられない。
それに俺はかなり疲れてたようで長椅子に横になって目をつむるとすぐに眠ってしまった。
そして次に目を覚ましたのは朝だった。
小さく鳴く鳥の声に混じってミューと老人の話し声が聞こえる。
アンドロイドは眠らない。きっと俺が寝ている間、お喋りなミューのことだからずっと話していたのだろう。
俺は服に着いた埃を払い、そばに置いていたバックパックから水と最近拾った携帯食料を一つ取ると食べながらミュー達のいる方へ行く。
二人は祭壇の前に座っていた。
差し込む太陽の光が二人を照らしていて、異様な姿がいつもよりよく見える。
足のないアンドロイドと今にも壊れそうなアンドロイド。
この世界はもう、捨てられた世界なんだな。
「おはようございます! って足立さん」
「あ? なんだ?」
「食べながら歩くなんて行儀が悪いですよ」
知ったことか。
「ところで俺が寝ている間ずっと話してたのか?」
「はい。他にすることはありませんから。それに数百年分のお話なのでむしろ足りないくらいですよ」
数百年。ずっと眠っていた俺にそれがどれくらいの長さなのか分からない。
だけど途方もない長さであることだけは分かる。
人間ならおかしくなってそうだ。
「こいつの話し相手になってくれてありがとな。かなり疲れるやつだっただろ?」
「いいえ……楽しい、お方、でしたよ」
「そうか、それはよかった」
ミューがムッとしているが気にしない。何せ事実だからな。
「お二人の……旅の話も、聞きましたよ。とても楽しい、ようで」
「それはミューだけだ。俺の場合楽しいというかこいつに振り回されているだけだ」
「もう! ひどい言いようですね! 楽しんでるのも事実じゃないですか!」
「そりゃそういう時もあるにはある。だが大体は振り回されてる」
ミューがさらにプク~っと頬を膨らませる。
こうやって無表情の老人と比べるとミューが表情豊かでうるさいやつなのかがよく分かる。
「さて、十分休憩は取れたことだ。もう行くとしようか」
ミューは元気に返事をすると子供みたいに両手を俺の方に伸ばす。
俺が背負う前にはいつもこうしてくる。
「あの……」
ミューを背負おうと屈んだところで老人が声をかけてきた。
「行かれる前に、二つお願いが……あります。簡単な……ことです」
「それは何ですか? 私達にできることならなんでもやりますよ! ね? 足立さん」
「勝手に言うな。まあ別にいいけど」
老人はゆっくりと頭をさげる。
同時に皮膚の一部が剥がれ落ちた。
「ありがとう……ございます。そのおねが……い、なのですが。一つは……歌ってほしいのです……」
「もちろんお安い御用です! それで何を歌えばいいのですか?」
「アメイジ……ング・グレ、イスを……。私が……一番、好きな……き、曲」
微笑むミューを老人の前へ置くとミューは目を閉じてヘッドフォンに手を当てる。
そして、歌いだした。
楽器の音はない。いやそれだけじゃない、まるで全ての音が消えたように辺りが静かになった。
あるのはミューの透明な声だけ。
不思議な曲だ。聞いているとこの壊れた世界が美しく見える。
老人が聞きたいと言ってたのもよく分かる。
聞き惚れていると俺はふとミューが教会とは何かを教えてくれた時の言葉を思い出した。
心の安息と救済。……なるほどミューが言ってた意味が少し分かったような気になる。
やがて歌い終えたミューはほう……と小さくため息をつく。
「ありがとう……ありがと……う」
老人は何度も頷きながら両手をゆっくり伸ばす。
その手をミューはしっかり握り、そしてギュッと老人を抱きしめようと体を必死に動かす。
人間よりも人間らしい。
……人間をまともに見たことがない俺が言うのもなんだか変な話だ。
「それで、もう一つの願いはなんだ?」
「……私を、殺して……ください」
ミューは何も言わない。
ミューも分かっているに違いない。
この世界は壊れかけの孤独な老人が生きるにはあまりに過酷で、悲しいことを。
「……いいんだな?」
「かまい……ません。もう、救うべき……人間達は……いませんから。私の……存在意義は……もう……ありません」
俺は銃を持ってきて老人の頭に向けた。
「そういえばあんたの名前を聞いてなかったな」
「……ヨハネ。それが……私の、名前」
ミューが小さな声で「ヨハネ……」と何度もつぶやく。
その名前に何か意味があるのかもしれないが俺は知らない。
「ヨハネさん、あんたのことはちゃんと覚えておく」
ヨハネの口元がわずかに緩む。
俺は引き金を引いた。
ダンッッ!!!!
ヨハネの頭が体から吹き飛び、体がだらりと床に倒れた。
「……行くぞ」
ミューを背負い俺は教会を去る。
するとミューは扉を出たところで俺を呼び止め教会を見上げた。
いつの間にかミューは俺の手をいつもよりずっと、決して離さないように握っている。
「死んだアンドロイドは、どこに行くのでしょうか?」
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