終末のおじさんはアンドロイドを背負う
くぼたともゆき
終末世界の何でもない一日
「足立さん! それじゃあ日が暮れますよ!」
「仕方ないだろ……。お前を背負って歩いているとなにかと腰にくるんだよ……」
「でも今日はほとんど歩いていませんよ! 半日かけてたった1㎞ですよ1㎞!」
俺は今、背中に少女を背負ったままかつて大都会がここにあったのだろう森の中を歩いている。
植物に覆われ倒れた建物、無理やり生えてきた植物のせいででこぼこになっている道。どこもこうなっているんだろうな。
「あ、じゃあ何か歌いましょうか? 曲のレパートリーはたくさんありますよ」
と言った矢先、俺の後ろからギュイイイイイン!!!! と鼓膜を破るかのような音が聞こえてきた。
よりにもよってハードロックを歌おうとするつもりらしい。
「おいやめろ!!」
「ダメですか? ロックは元気出ますよ?」
「元気になる前に俺の体が持たない!!」
ちぇーっとご機嫌斜めな様子になっているこいつの名前はミュー。
可愛い見た目をして、空色の長い髪のクリっとした青い目を持つ10代半ばくらいに見える少女型のアンドロイドだ。
服装は確か2030年代頃よく見たカジュアルで動きやすいもの。
色は白と黄緑を混ぜたもの、今周りに生い茂っている草木と見事に調和している。
耳には服と同じ色をしたヘッドフォンを付けている。
どういう構造なのかスピーカー変わりでもあるようで、今さっき俺の耳を破壊しようとしたギターの音もここから出たわけだ。
そしてこいつ、元気が有り余っているのかいっっっつもギャーギャー話しかけてくるからうんざりだ。
今日なんて特にひどい。いつも以上に疲れている中年男性である俺にこれでもかと話しかけてくる。
子供を持った父親はきっと大変なんだろうな。
一人でこれなんだ、数人の子供なんていたらゾッとする。
とはいっても、かれこれ1ヵ月の付き合いで俺はもうすっかり慣れてしまった(毒されたの方が正しいのか?)
そんなわんぱく少女を俺は背負っている。だがこいつをおんぶするわけにはいかない、というかできない。
なぜならこいつには足が無い。正確には足をもぎ取られていた。
もちろん俺がやったわけではない。出会った時からこうだった。
ミューとの出会いはおよそ1ヵ月前、俺が森の中に放り出されていた何かの装置から目覚めた時だ。
起きた時には記憶も、名前も(足立という名前はミューが付けてくれた。足があって立てるということかららしい。どういうセンスしてんだ)。
そして自分が何者であるのかもサッパリだった(幸い服は着ていた)
すると幸か不幸か、目覚めた俺の前にこいつがいた。
今でもその時の光景がハッキリと目に浮かぶ。
ミューは無邪気な目で俺をジーッと見て「起きたー! 起きたー!」と嬉しそうに腕をぶんぶんと振っていた。
動きに合わせてミューの体のあちこちからきしむ音が聞こえていた。
同時に足がついていた場所から雑に千切られたケーブルとか部品がちらちらと見えていた。
見てられないと思って俺は止めるよう言った。
するとミューは俺を指さし「私の足になって!」と何の脈絡もなく言ってきた。
この時俺は逃げようかと思った。ボーっとしていた頭がハッキリと「やばい! こいつに足を取られるぞ!」と警告していたからな。
結局、危害を与える気が無い事はすぐに分かった。
『私の足になって!』と言ったのは世界中を歩いて回り、足にできる代用品を探すためだという。
何でも自分は2030年代から人類と機械の戦争が激化した2040年代終わりまでに生産された人気のコミュニケーション型アンドロイドで、きっと探せばあるはずだというのがこいつの持論。
説得力はあるが今は2243年(ミューが言うには)。本当にあるのか一ヶ月そこら中をほっつき歩いた今でも疑わしい。
だけど正直見つかろうが見つかるまいが俺にはどうでもいい。
ミューが背中からずり落ちないようこいつの腹に縄を巻き、手持ち無沙汰なこいつに荷物を持ってもらう。
俺が前を見て、こいつが後を見る。そうやってのんびり旅をする。
今までそうだったし、多分こいつの足が戻っても変わらない気がする。
なぜなら人類が消えたこの星で他にすることがないから。
「足立さん~お腹すきませんか?」
「減ってる」
「それは気の毒ですね。でも私はすいていませんよ。優秀なアンドロイドですから!」
ニヒヒって笑ってやがる。腹が減って回らない頭に自・称・優秀なアンドロイドの煽りはかなりくる。
ちょっと黙れ! それを言うのが億劫なほど歩くので精一杯だ。
そうしてフラフラと歩いている時だった。遠くの茂みからウサギを咥えた犬が一匹出てきた。
「ミュー、銃をくれ」
「おお?! 久々に加工食品以外のご飯を見つけましたね。しかも犬とウサギですか。犬の肉はあんまりですけどウサギの肉は――」
「分析はいいからさっさと渡せ!!」
呑気な返事をしながらミューは銃を俺に渡す。弾は既に込められいつでも撃てる状態だ。
喋っている間に準備してくれたのか?
そんな事はどうでもいい。今は運よくこっちをジッと警戒して見ている犬に当てるだけだ。
撃つ。だが外れた。焦って狙いが定まら――
「焦ったらだめですよ」
「分かってる」
先に言われて少し悔しい。いやいやそんな場合じゃない。
犬が驚いて逃げていく。かなり旧式の銃だからいまだに慣れない。だが弾は後4発ある。
予備の弾も一応ある。が、全部使いきったらリロ――
「後4発で仕留めないとリロードしなきゃいけないので」
「なんで俺の考えてることを先に――」
ドンッ!!!!
うっかり撃ってしまった。当然犬には当たっていない。
だがどうやら運よく近くの木に止まってた鳥に当たったようだ。後で見に行こう。
もう一度狙いを定める。犬がさっきよりもずっと遠いがまだ射程圏内だ。
「深呼吸ですよ~深呼吸~」
その通りだけどちょっとうるさい。
とにかくこいつは放っておこう。よし、犬が直線に走り出した。
そこだ!
「キャウンッ!!」
やった命中し――
「やりましたね足立さん!!!! お見事ですよ!!!!」
「こら暴れるな!!!!」
注意してもミューはまだ喜んでいる。どころか大音量でファンファーレを流し始めた。
「やりすぎだ!!」
「せっかくお祝いしようと思ったのに残念です。だって3発ですよ? 今までで最高記録じゃないですか!」
「祝ってくれるのは嬉しいがやりすぎだってことだ!」
「ちぇー……」
♢
まったく、本当に優秀なアンドロイドなのか?
そう思う時がしょっちゅうだが、それと同じくらいミューが優秀だと実感するときもある。
それが今だ。
陽が沈んで暗くなっている中、俺は道の真ん中で火を囲みながらさっき狩った動物達の肉と旅の途中で手に入れた加工食品を食べている。
こうしていられるのもミューのおかげだ。
調理方法や火のおこしかた、サバイバルの術は全てミューが知っている。
というのもネットにある膨大な情報がミューの持つ情報とイコールだからだ。
だから聞けばどんな事でも大体答えられる。そのまま教えてくれるか勝手に要約されてしまうかはミュー次第だが。
「おいしいですか?」
「うまい。腹が減ってたせいかいつも以上にうまい」
ミューは俺の隣でニコニコしながら食べる様子を眺めている。それがとってもむずがゆい。
かと言って止めろというほどでもない。
「足立さん、何か歌いましょうか?」
「なんで?」
「だって足立さん、静かに食べててなんだかさみしそうですから」
「そんな風に見えるか? ……というか、ミューが暇なだけだろ」
「ばれました? ですがそれも事実、そして足立さんがさみしそうに見えるのもまた事実です!」
ややこしいな……。
「分かった」
ミューは嬉しそうな笑顔を見せると体を揺らしながら歌いだす。
曲についての知識は全然ないが、今ミューが歌ってるのが明るく元気づける曲なんだろうなってのは分かる。
時々合いの手を入れたりしていた。そして「足立さんもどうですか?」と誘ってくるが俺は遠慮した。
曲を知らないのもあるがそうする元気もあまりない。
♢
「足立さん! 少し歩いたら海が見えますよ? どうです? 行ってみませんか?」
食事をし終えるとミューはそう提案してきた。
どっちでもよかったがやる事も無いし俺達は行くことにした。
そうして歩く事数十分くらい? 海に着いた。
海には巨大な機械兵器の残骸がいくつもあった。
そんなものが突き刺さっているように浮かんでいる海は綺麗な青色をしていた。
そしてその海を今、空高くにある丸い月が照らしていた…………。
「……だ……さん! 足立さん!!」
「え?」
なぜだか分からないが俺は月をボーっと見てたらしい。
ミューに「らしくないですよ~」と言われたがまあそうだなとしか言い返せなかった。
「足立さん! せっかくですので砂浜に行って眺めませんか?」
めんどくさいなと思った俺は近くにあった白いテーブルと二つの椅子を指さし「あそこで見るのはダメか?」と聞いた。
「ダメです! 夜の砂浜で見るのがいいんです! ロマンですよロマン!!」
即断られた。
♢
「月が綺麗ですね~」
「ん? ああそうだな」
隣に座って月を見てるミューはいつもより大人しい。
だが明るい表情をしているから不満があるわけでもないらしい。
「月といえばですね。『fly me to the moon(私を月に連れて行って)』という曲があるんですよ。とてもいい曲ですよ、私大好きです!」
するとミューは歌っていいか聞いてきた。
本当に歌うのが好きだなこいつ。
そうして俺が「いいよ」と頷くとミューはふと目を閉じ胸に手を当てた。
次にミューのヘッドフォンからピアノ? だったかの音色が流れてきた。
その音色に合わせてミューは歌いだす。
いつもの元気な歌声とは違う優しい声。
俺は思わずミューの方を見るがミューは構わず歌っている。
「どうしました? 足立さん」
気づけばミューが俺の顔を覗き込んでいた。
俺はなんでもないと取り繕うとミューは「そうですか」と気にしていない様子で歌いだす。
その時ふとミューが前に言っていたことを思い出した。
『歌にはいろんな力があるんです! 歌は文化の極みです!』
今ならその言葉の意味が分かる。『文化の極み』はいまいちピンとこないが……。
そんなことを考えているうちにミューは歌い終えていた。
「どうでしたか足立さん?」
「とてもよかった。なんというかその、この月みたいに綺麗だった」
「おや~? ちょっとした言い回しを使うとは、よほど気に入ったのですね?」
「……うるさい」
これが精一杯なんだ。ほんとはもっといろんな言い方で今の感情を表現したいところだ。
「照れないでくださいよ~」
さっきの気持ちを返してほしい。いつもの鬱陶しいミューが体を擦りつけてくる。
そうして俺がどけようとした矢先、ミューはバランスを崩して倒れてしまった。
何やってんだまったく。そう思ってミューを起こそうとした時――
「せっかくですから足立さんの膝の上に乗ってみてもいいですか?」
「なんで?」
「理由なんてないです。なんとなくです!」
そう言ってジタバタするので膝の上に乗せた。
思いのほかピッタリって感じでミューも居心地よさそうに頭を揺らしている。
「ねえ足立さん。実はさっき歌った曲、別のタイトルがあるんですよ」
「どんな?」
するとミューがもたれかかってきた。そうして顔をあげて俺の顔を見ながら――
「『In other words (つまりその……)』」
「変なタイトルだな」
「そう思います? 私はこのタイトルもいいと思いますよ。では、もう一回歌うので――」
ミューがギュッと手を握りしめてきた。
アンドロイドであるはずのミューの手がなぜか暖かく感じる。
そして、ないはずの鼓動も聞こえてきた気がした。
「今度は意味を考えながら聞いてください」
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