転生生活

 俺の名前は牛尾 真央、どこにでも居る普通の高校生だったがある日道路で車に轢かれそうになっている子供の身代わりになって死んでしまった。

 俺の人生ここでお終いかと思っていたその時、あたりが眩い光に包まれ気がつくと不思議な場所に立っていた。


「ここは、どこだ……」

「ここは神の国。そして私はあなたの住んでいた世界を担当する神です。牛尾 真央、あなたは転生者に選ばれました」

「転生者?」

「はい。死ぬ前に善行を働いた者は通常天国に送られます。しかしあなたのように寿命を長く残して死んだ者は天国ではなく異世界に転生して新たな人生を歩むことが出来るのです。もちろん転生せず天国に行くことも出来ますが……」

「転生します!」

「随分と速い決断ですね。大抵の人間は少なからず迷うものですが」

「いえいえ、じつは俺は前々から転生というものに憧れていたんです。それというのも昨今流行りのライトノベルには転生モノが多く、また現実世界では嫌なことばかりでこんなことなら異世界でパーっと……」

「そこまでで結構。ではまず異世界で使える特殊能力を与えましょう。通常であれば一人一つなのですが今回は転生者一万人記念、好きな能力を好きなだけ与えましょう」


 自称神とやらはそういうと何やらカタログのような物を取り出した。


「さあその中から好きな物を選びなさい」

「へぇ、金持ちになる幸運、異性にモテモテ、あらゆる魔法が使える……ええい面倒だ。このカタログに載ってる能力全部くれ!」

「本当に良いのですか?」

「ああ構わない。それで最強の英雄になって幸せな人生を送るんだ」

「では早速転生させましょう」


 目が覚めるとそこはどこかの城のようだった。


(ここはどこだ……)


 誰かの腕に抱かれている。恐らくこの世界での母だろう。


『あーあー、聞こえますか? 神です。あなたを与えた能力に見合った人物へと転生させました』


 頭の中で自称神の声が響く。


(俺はいったい誰に転生したんだ)

『まあその辺の事情はおいおい分かるでしょう。今はとりあえず生き延びて下さい』


 生き延びる。その言葉はどこか不吉な響きをはらんでいた。


(それにしてもこの母、よく走るものだ)


 先程から母は俺を抱いたまま全速力で走り続けていた。

 まるで何かから逃げるかのように……。


「居たぞー! 魔王の息子はこっちだ!!」


 遠くで誰かの叫び声が聞こえた。


(魔王の息子? まさかこの体……)


 突如目の前が明るくなった。

 進行方向から猛烈な爆風と熱風が俺と母に襲い掛かってきた。

 母は瞬時に身を翻すと我が身を盾にし俺を守った。


「もう逃がさんぞ魔王の息子よ」

「この子がいったい何をしたと言うのです!」

「何もしていない。しかし魔王の血を引く息子、生かしておけばいずれこの世界に大きな災いをもたらすであろう」

「勇者であれば何をしても良いとおっしゃるのですか!」

「当然だろう。我がなすことそれすなわち正義である!」


 そう言うと勇者は光り輝く剣を振りかざし俺と母に襲い掛かってきた。


(なるほど……状況は理解した。だがそう上手くいくと思うなよ!)


 この状況で生き延びる、それはつまり戦うということだ。

 相手は勇者のようだがそんなこと俺には関係ない。


(転生して得た力を見せてやる!)


 魔法を発動する条件は簡単だ。手をかざし念じる、それだけである。

 もっともそんな簡単に魔法が発動出来るのはこれまた転生能力のおかげなのだが。


(現れろ不可視の壁!)


 突如として見えない壁が俺と勇者の間に現れ、勇者の剣は勢いよく弾かれてしまった。


「な、何が起こったんだ! まさかその子供が!?」

(そのまさかさ。なんて言っても通じないか)

「ふん、だがもうすぐ俺の仲間が駆けつける。囲まれてしまえば打つ手はあるまい」


 勇者の言うとおり複数の人間がこちらへと向かってくる音が聞こえていた。


(集まられると面倒だな。母の身も心配だしここは逃げるに限る)


 再び手を掲げ念じる。


(どこでもいい。安全な場所へ飛べ!)


 視界から城と勇者は一瞬で消え失せ、気が付けば俺と母は森の中に居た。

 母は、どうやら気絶している。

 先ほどの爆発で大きな火傷を負っているようだ。


(俺がもっと早く力を使っていればこんな怪我させることなんてなかったのに……)


 本当の赤ん坊ではない俺からすればこの女性が母という実感はあまりないのだが、それでも己の身を挺して俺を守ってくれたこの女性への恩には報いたい。


(せめて傷を癒さないとな)


 手をかざし念じる、それだけで母の傷はみるみるうちに癒えていく。


(治せるとはいえこれ以上この人が傷つく姿は見たくないな)


 思っていた幸せいっぱいの転生生活とはいかなそうだが、それでも以前と違って生きる気力が湧いている。


(当面の目標は安全の確保か。なんて危うい立場に転生させるんだまったく……)

『魔王の息子でもなければそれだけの能力を有する器にはなれませんから』


 またあの声が頭の中で響く。

 文句の一つでも言ってやりたいが仕方がない。

 全ての能力をくれと言ったのは俺なのだから。


(まあでも、この能力を使えばどうとでもなるか……)


 こうして俺の新たなる生活が始まったのであった。

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