第17部 運命と一徹

PAGE.448「嗤う曇り空」


 砂漠での死闘から数日。何処か妙な呆気なさを感じながらも王都ファルザローブへと帰還する。

 数週間も経過しているだけはあり、土の闘士クーガーによる被害の復旧の70パーセントは完了していた。飛行艇ガルドは何の問題もなく王都の停着場へと迎えられる。

 ファルザローブ城にて、すべての報告を完了させる。

 ワタリヨの発言通り聖剣の存在を確認。これを回収し、ラチェットの兵器の一つとして管理することとなる。

死闘の末、鋼の闘士サーストンを撃破。この場にいる全員の言葉を証言とする。

フォドラの事についてはクロヌスの王相手であろうとその存在を報告しない。

フォドラの存在は外の世界に知られてはならない。現にこの玉座の間にはナーヴァの姿はない。飛行艇ガルドにて待機してもらっている。


 最初はコーテナやルノアからの提案があった。

 今、フォドラの被害は相当なものである。王都ファルザローブ、そして騎士団長であるルードヴェキラなら話を分かってくれる。一時的な介入による補給と復旧の手伝いをしてくれるかもしれない。フォドラの存在を見なかったことにしてくれるかもしれないと。


 ……だが、そんなに甘い話があるわけがない。

 ラチェットにスカル達。なによりナーヴァ本人がそれを良しとしなかった。

 確かにルードヴェキラは国を束ねる人間の一人としては人が好過ぎる。争いを好まぬ者として、その言葉に賛同自体はしてくれるだろう。


 だが、問題はその後だ。

 一番の問題は精霊騎士団の一部のメンツとファルザローブに根付く政府の人間達の反応だ。もしかしなくても、国の存在と悟られれば調査に赴く者が現れるだろう。

 予定通り、フォドラについては無報告とする。


 ……報告を続けよう。次はウェザーについてだ。

 

 サーストンの撃破後、王都ファルザローブよりの命を受け砂漠へ移動。エージェントとして活動していたフェイトとエドワードの二人と合流し、調査を開始する。

 その最中、風の闘士としてコーネリウスと対峙した。依然と比べ肉体は魔族としての成長を続けている。彼女本人も人間達に敵対することを断固として述べていた。

 気になる行動として、本来敵であるはずのラチェット達に水の闘士ウェザーの存在を喋った事がある。黒い雨の対処法を教え姿をくらました。

最初こそ罠の可能性を考慮したが……刻一刻を争うこの状況。ラチェット達は魔族をも飲み込むこの黒い雨の被害を考え、至急砦跡にてウェザーと対峙。


 結末。それはコーネリウスの介入によるウェザーの無力化であった。

 ウェザーの魔力はコーネリウスの手によって完全に消滅。残った心臓、すなわちウェザーの細胞の一つであったフローラが完全に隔離された存在として、この場に残ったのである。


 サーストン。ウェザー。二名共に存在の消滅を確認。

 一同は砂漠の集落にて過ごしていた避難住民数名を連れ、帰還した。


 すべての報告を完了させる。

 しばらくの間、動きがあるまではラチェット達に待機を命じる。体を休めるようにと指示されたのだ……。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ----数時間後。ファルザローブ城中庭。

 ラチェットにコーテナにクロ。

その中で誰よりも挙動不審に戸惑っているルノアの姿。ただ一人、ベンチで座っている一同と違って立ったまま誰かの到着を待っている。

「待たせたな」

 そこへやってくるのはエーデルワイスとイベルを引き連れやってくるエドワード。

「……」

 そして、少女フローラ。

「話し合いの結果、ウェザー……いや、フローラの身柄はお前達に引き渡すことになった」

「本当ですか!?」

「この少女から魔族としての魔力は微塵も感じられないとのことです。ただ余分だけ……人間としての魔力が眠っているだけの女の子です」

 魔力については、魔族や人間の魔力などに強く敏感なイベルの手によって調査された。ラチェットとコーテナの発言通り、すでにフローラからはウェザーとしての魔力が消失している。

空から降り注いだ黒い雨、王都を飲み込みかけた黒い濁流と同じ魔力は微塵も残っていなかった。

「ですが、彼女は人間を真似て作られた何者か……信用に値するにはまだ危険を残す存在としても判断されました」

 人間の魔力が籠っているのも人間社会に溶け込ませるため。その肉体構造は人間を真似た別物であるが故、完全にウェザーとは無関係になったとは言い切れない。

「成程ナ、厄介ごとを押し付けられたってことカ」

「それを望んでいたんだろう。お前達は」

 エドワードは呆れたように頭を抱えた。

「しかし意外でしたね」

 ファルザローブでの被害。それを経験している人間達からすれば、こんな危険な存在など処刑するに限る。最初はそれの一点張りであったという。

「意外、だった」

「ええ……まさか“彼”が発言をするなんて」

 だがそこで動いたのは……会議に参加できる権限を持つ人間。精霊騎士団の一人であり、ラチェット達と同行していた“フリジオ”本人だったのである。

「明日は嵐でも来るんじゃないかと思った」

 魔族についての知識。その全てを知る身として、その処刑には賛成こそするが……迂闊に手を出すことも悪手ではないかと口にしたらしいのだ。

 今は様子を見ることが大事。仮に問題が起きたのなら、これを生かしておいたラチェット達に問題がある。地獄の門に対処できる彼等に全権を与えておけば、アクシデントの回避ぐらいも出来るはずである。王都に被害が及ぶこともない。と。

「あいつが、カ」

 フリジオが魔族のことを強く目の敵にしているのは分かっている。そんな彼が魔族を庇うような真似をした。

 一体どういう心変わりなのだろうか。

 何か目的があるのではないかとラチェットは疑問にこそ思うが、今は彼のファインプレイに感謝をしておくことにする。

「よかった……フローラ!」

 ルノアは少女の体を抱き寄せる。

「お姉、ちゃん」

「うん……もう大丈夫……もう、大丈夫だから」

 また一緒にいられる。その事実に喜んだルノアはすっと少女の背中に手を伸ばした。

「本当に大丈夫なんだろうな?」

「さぁ、どうかナ」

 不安はある。危険ではないにしろウェザーの一部でしかない彼女の存在には当然不穏な空気を感じる。

「……強く反対する者も沢山いた。それだけはどうか忘れるなよ」

 エドワードは強く警告する。

 ウェザーの存在。魔族の存在を良しとしない。その高圧的な世界は……フェイトからの敵意を持って思い知っている。

「ああ、分かってル」

 託された仕事。もしフローラがまたもウェザーとなって牙を剥いたとき。その時は何の迷いもなく……排除する。

「大丈夫だよ」

 強張る表情のラチェットを横に、コーテナは泣きながらフローラにすがるルノアの背中へと目を向ける。

「きっと」

 ルノアに抱かれる少女の顔は。

 いつか見せた無邪気な笑顔が微かに映っているようだった。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 飛行艇ガルド。

 ほんの少し、空気を吸いたくなったナーヴァが甲板に出た。

 停着場。数多くの船が飛び立つ出発地点。そこから差し込む日の光。

「退屈となったか?」

「ああ」

 同じく外の空気を吸っていたアタリスの横に並ぶ。

 黒い雨も去り、魔族の戦力も大きく落ちたことでかつての青空が戻ってこようとしている。

「今日は」

 しかし、ナーヴァは言う。

「風が、障るな」

 その空に。

 かつてない“異変”が近づいている事を。

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