PAGE.447「四つの”あい”(後編)」
最後の用件。片付いていない一件には顔を出さなくてはならない。
放っておいていい問題じゃない。この一件だけは。
誰もいないところ。若干暑苦しいが機関室へと二人はやってくる。
ここまでくる間、そして今この状況もハッキリ言って重っ苦しくて窮屈すぎる状況だ。互いにどうしたものかと様子を伺うところが見て取れる。この空気をごまかすためにコーヒーの一杯でも欲しいモノである。
だんまりだ。ずっとだんまりだった。
そんな気まずい空気のまま二人きりで、ラチェットとエドワードは機関室の隅で背もたれている。
「……おい、眼鏡」
しかし、こうして黙ったままではキリがない。
開口一番、覚悟を決めたのはラチェットの方だった。
「なんだ、仮面」
「俺を殴っていいゾ」
それはあまりに突発的な内容。
「何故だ」
「……アンタの友達、傷つけただろ。殴られても文句は言えねェ」
コーテナを傷つけた。故にラチェットは手を出してしまった。
あの場でモヤモヤにされたのはエドワードだ。友達を傷つけ怒り狂ったのはこの男も同じ。自身もその報いを受ける身であるはずだとラチェットは告げる。
「いや、いい。暴力で解決させるほど子供じゃない」
「あの時、思いっきり殴られそうな気がしたんダガ?」
「気のせいだ」
実際ラチェットの言う通り、コーテナの静止がなければ手が出かかっていた。しかしエドワードは意地でもそれを否定する。
……少なくとも、落ち着いたこの状況で手を出したくはないと言い切った。
現に彼からは殺意らしい殺意も感じない。言いたいことは山ほどあるような態度こそとっているが、話し合いで解決するつもりでいる。
そのために彼はラチェットの呼び出しに答え、ここへ来たのだ。エドワードもまた……ラチェットを呼び出して、この一件にケリをつけようとしたのだから。
「そうだナ。子供、か」
ラチェットは火照った鉄の壁を背に、溜息を吐く。
「言う通りダ。すぐに手が出ちまった」
「……最愛の人が傷つけられたら、誰だって怒る。俺もお前と同じだった」
エドワードは小言のように呟いた。
「お前、さっき否定してなかったカ」
「気のせいだ」
またも誤魔化した。都合が悪くなるとこの天才はいつも誤魔化す。
「……珍しいな、お前がフォローを入れるなんて」
「こんな状況だ。俺“は”落ち着いていないとな」
妙なところにアクセントがついたような気がした。
「……アイツはどうなってル」
「眠ってる。その様子だと謝りに来たのだと思うが……今は会わない方がいい」
彼女、フェイトに会うな。
それは警告とも思えるし、一種のアドバイスのようにも取れる。
「……お前の思ってることは分かる。実際その通りだ」
エドワードは、まるでラチェットがこれから言う事を見据えているかのように返事を先に返してきた。
彼がどのような要件を持ってフェイトの元へ向かおうとしたのか。それをわかっているからこそ“先”に自分の方から動こうとエドワードは考えたのだろう。
「今の彼女に言葉は届かない……俺の言葉も、誰の言葉も。アイツは一人になってしまった」
誰の言葉も届かない。
その一言が、呟いた本人であるエドワードの拳に力を入れる。
「一番信頼していた友に裏切られた彼女には……きっと」
無念。感嘆。
どうしようもできない自分自身を呪っているかのように唸っている。
「眼鏡、お前……」
「どうしても話がしたいというのなら時間を置いた方がいい。少なくとも……今の彼女には、何を話しても無理だ」
その背中には悲壮感が漂っているように見えた。
「正直俺も、フェイトと同じ気持ちなんだ……だからこそ分かるんだよ」
いつもは誇り高くプライドに満ちたあの背中も……いつにもまして小さく覇気もない。廃れてはいないものの、喪失の籠ったその背中は、彼を嫌っていたラチェットにとっても深く心に染みついた。
(まだ、戦いは続く。これからも苦しみは続く)
灼熱の砂嵐。されど、空気は冷たく息苦しい。
(いや、下手をすれば。これ以上の苦しみ。これ以上の地獄が、きっと----)
苦しみの果てに溢れた雨の影響は……まだ、続いている。
飛空艇ガルド。任務完了。
ウェザー、並びサーストンの討伐に成功。
これより同胞達と共に王都ファルザローブへと帰還するものとする。
まだ、これからも控えている戦いに備えて。
今一度彼らに休息と恵みを。
魔族界と魔法界の戦争はまだ一片が終わった程度に過ぎないのか。それとも折り返し地点に到達したのか。ゴールはまだ見えやしない。
更なる陰謀。底の見えない悪意。
終わりの見えない戦いにラチェット達の傷は、痛みは増すばかりだった----
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