PAGE.449「久々のシャバと久々の空気」


 数時間後。何でも屋スカル事務所。

「「よいしょっと!」」

 ラチェットとスカルは二人同時にガレージのソファーに腰掛ける。

「「スポンっと!」」

 二人同時にコルク抜きを取り出すと、それぞれビールと炭酸ジュースの入った瓶を勢いよくオープンさせる。

「「……ぷはぁ!!」」

 二人同時に一気飲み。中身の五分の四を一気に飲み干す。

「「効くぅ!!」」

「二人ともおっさんか何かかね」

 オボロは酔っ払いのように唸る二人へ軽くツッコミを入れた。

 ……実に数か月ぶりの帰宅となっただろうか。

 クーガーの襲撃やサーストン討滅のために急遽駆り出されるなど繰り返し、事務所へと戻ることは出来なかった。こうして戻ってゆっくりできたのも久々だ。

「……懐かしいなぁ」

 久々のシャバ。コーテナにとっては一年半ぶりの帰宅となる。

「実に心地が良い」

 アタリスも一年半ぶりの帰宅。グレンの島で修行生活に明け暮れていた二人は実家に帰ってきたような感覚で事務所の門をくぐった。

 何でも屋スカル。事務所にて久々の全員集合。

 何気ない日常の片鱗が見え隠れしていて心が安らいでいく。ひと時の休息を一同は楽しんでいた。


「……んで、他の嬢ちゃん二人は何処へ?」

 ビールのアルコールが回り始めたのか顔が真っ赤になり始めている。まだ酒を飲めず炭酸水を飲み干しているラチェットに対してスカルが質問をする。

「ルノアは実家に顔を出すってヨ。アイツと一緒にナ」

 フローラを連れたルノアは実家にいる母親へ顔を出しに行ったようだ。

「クロは……墓参りだそうダ。オヤジさんのナ」

 クロの父親。王都のエージェントであったレイヴンの墓がアルカドア事変の収束から数か月後に騎士団の執り行いの元で建てられることとなった。

 いくら悪評が広がろうと、彼の事を敬っていた騎士や住民達は沢山いたということだ。レイヴンの死はアルカドア事変の後に正式に発表された。

 レイヴンの悪評。そして娘であるクロへの叱責。ありもしない酷事の呪縛のスパイラルはついに幕を閉じ、クロもその苦しみから解放されることになった。

 ……だが、父親の死は今も彼女の胸に深い傷を負っている。


「俺も後で行くつもりダ」

「一緒には行かないのか?」

「アイツが出来ればあとで来てほしいって行ってタ。親子水入らずで話したいことがあるんだろうヨ」

 瓶を握る腕の力が強まっていく。

 ……レイヴンの死。その傷を負っているのは彼も一緒だ。

 不可抗力。仕方のない正当防衛ではあった。しかし真実は残酷なもの。数年間帰りを待ち続けていたクロの希望を断ち切り、その父親を手にかけてしまったのはラチェット本人なのだ。

 ラチェットに殺意はなかった。殺したのは精霊皇の意思ではある。だが彼はこの罪の意識から逃げることはしないと決めた。

 クロとラチェットの間には、絆はあれど、溝はあるのかもしれない。

 どれだけ理解しようとしてもまだ踏み込むことが出来ない溝が。


「……よっしゃ!」

 スカルは勢いよく手を叩く。

「何でも屋スカル久々の全員集合ってワケでパーッと何か盛り上げようぜ! 嬢ちゃん達も誘ってさ!」

「オイオイ、まだ戦いは終わってないんだゼ? 忙しい連中もいるってのに俺達だけで盛り上がるのは不謹慎じゃねーのカ?」

「最前線張り続けて久々の休暇なんだ。ブチまけた話、ちょっとくらいバチはあたらねぇよ!」

 そっと背中を叩きながらスカルは子供のようにはしゃいでいる。

 その行動、沈みかけていたラチェットを元気づけるためにやったことなのだろう。その気遣いが目に見えて分かる。

「……まァ、ちょっとくらいならいいカ」

 その気遣いが嬉しかった。ラチェットはふと笑みを浮かべ、それを承諾する。

「んじゃ、今日の夜くらいに始めるか! オボロ! 買い出しに行くぞ!」

「あいあいさー!」

 酒につまみ、集められるものを集めていく。

「ボクもついてきていい!?」

「勿論さね」

 勝手に盛り上がり始めてはいるが、この空気悪くはない。



「……」

 その様子をアタリスの横でじっと眺める騎士がいる。

 それは精霊騎士でも王都の騎士でもない。本来、この世界には存在することはなくなった魔族の騎士。

「……平和だな」

 ナーヴァだ。

「人間と魔族の戦争こそ起きてはいる。半魔族も忌み嫌われる者だと聞いていたがその偏執は見られない。外の世界全てが火種のみの世界ではないということだな」

 ずっと飛行艇ガルドの中にいさせるのも窮屈ではないかと思った。

 彼自身に気配を遮断させるスキルは備わっている。体も霧状にして隠すことも出来るためにここへ連れてくることは容易であった。

 しばらくはこの事務所にて彼は世話になる事となる。

「良かったのカ? 祖国に帰らなくテ」

「……私の命は、黒い雨の阻止だ」

「ん? 黒い雨の原因であるウェザーはもう倒されたダロ?」

「ああそうだ。あの瞬間、ウェザーの魔力は消失した」

 現場にはナーヴァもいた。ウェザーが倒された瞬間を目の当たりにしている。

「……だが嫌な予感がしてな」

 ガレージより少しだけ顔を出し、空を見上げる。

「この体を刺す風がそれを伝えるようで」

「……?」

 まだ国に帰れない理由。彼の発言はまるで。

 まだ、天災は終わっていないと言いたげな言葉であった。

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