PAGE.446「四つの”あい”(前編)」


 ……状況を整理し、結論はこうなった。

 この少女は捕虜として確保する。王都へと連行し、魔法も何一つ使えないように特殊な結界が展開されたS級犯罪者用の牢獄へと投獄することとする。


 彼等が納得いく条件となれば、これ以外に方法はない。

 何せ相手は水の闘士ウェザー。王都を波乱に飲み込んだ災厄の一人であり、次は王都どころかこの世界に魔族の領域すらも飲み込もうとした悪夢のような存在だ。


 ……しかしそのような存在の気配は、今のフローラからはもう感じられない。

 ウェザーの魔力も、直前にまで芽生えていた殺気と邪気も一切感じ取れなくなっていた。この少女はウェザーの心臓ではなく、少女フローラへと戻っている。

 死んだように眠っているフローラはルノアの自室で眠らされている。ルノアもまた、そのベッドの隣でフローラの様子をじっと見つめていた。


「調子はどうダ?」

 ノックの一つはちゃんとする。ラチェットはフローラの眠るルノアの自室へと足を踏み入れた。

「あっ……」

「ラチェット、もう体は大丈夫なの?」

 ベッドの隣には椅子に座ったまま無言であったルノアと、応急処置として体に包帯を巻きつけたコーテナの姿。

相も変わらず、どのような状況であれ、コーテナは仲間の前では笑顔で出迎える。


「俺は魔力切れなだけだったからナ。数時間たてば余裕で治ル」

 タダのスタミナ切れ程度なら、再生能力をもってすれば一日の休息でどうにかなる。

戦闘中、全員の活躍のおかげで大した傷を受けることもなかった。自身の心配は無用であることをラチェットは呆れ気味に言う。

「それよりもお前。大丈夫だったのカ?」

「ああ、うん。ちょっと痛かったけど、平気!」

 腰に両手をつけ、『全く痛くないぞ!』と胸を張る。ついでに鼻息も強く吐き出した。

「って、いてて」

 だが、その鼻息が余計な背伸びだった。

 ドスンと動いた体に傷が響いた。せっかく綺麗にしまろうとしていたのに、ヨボヨボのおばあちゃんのように姿勢が崩れていってしまった。

「まぁああーーーったく大丈夫じゃねぇだろうガ、アホ」

「大丈夫大丈夫……魔王の魔力がボクを守ってくれたみたい……痛いけど、大丈夫」

 魔王の力。普通の魔族であれば致命傷であった傷を軽傷で済ませたのもそれのおかげである。現にこうして、コーテナは包帯の治療のみで自由に動けるようになっていた。

だが動くたびに痛みは感じるらしい。相当やせ我慢しているようにも見える。

(それだけ、アイツも本気だったって事ダ……)

 それだけ本物だったということだ。

 同胞であろうと裏切り者は殺そうとするフェイトの意思は。


「……ごめんね、二人とも」

 会わせる顔もない。

 そう言いたげな表情を浮かべているのだろう、今のルノアは。彼女の表情は俯いたまま二人を向こうとしない。

「私のわがままで、こんなことに」

「ボクだって、同じことをしたと思う」

 そっと、ルノアの両肩に手が乗せられる。

「ボクだって、ラチェットが殺されそうになったら……友達が殺されそうになったら、ああやって庇ってるよ」

 その言葉にはきっと偽りなどないのだろう。

 それが本当だったからこそ……彼女はこうして傷を負った。


(変化はなし、カ)

 フローラへと目が向けられる。

 昨日と全く同じまま。ウェザーの魔力も気配も一切感じない。精霊皇としての敵意も湧いてこない。ここで眠っているのは、普通の女の子だと体が認識している。

(アイツは一体、コイツに何をしたんだ……? 何かを抜き取って、それで満足したようにみえたけれド……?)

 あの時のコーネリウスの行動。

 何かを抜き取っていた。あの水晶からは精霊の魔力は勿論の事、ウェザーの魔力らしきものも感じ取った。コーネリウスに取り込まれた瞬間、その気配はあっという間に消え去ってしまった。

 コーネリウスはもしや……ウェザーに関する全てを飲み込んだというのだろうか?

(今のところ、運んでも問題なさそうだナ)

 フローラに異常はない。この船に害を仇なすこともなさそうだ。

「話した通り、フローラはしばらく捕虜として扱われる。場合によっては拷問もあり得るかもしれナイ。悪い、俺に出来るのはこれがせいぜいダ」

「この子が傷つくのは嫌だけど……こうして、猶予を与えられただけでも嬉しい」

 瞳から涙が零れる。

「またこうやって……この子と喋られる猶予を与えられて……嬉しいっ、のっ……!」

 二度と叶うとは思わなかった。この少女はウェザーとなり人類の敵となった。以前のように仲睦まじくお話しできるチャンスなんてきっと来ないと思っていた。だけど、こうして少女に微かな猶予を与えられた。

 立場が傷ついても、仲間達はこうして体を張って。

 ルノアはそのことに対する罪悪感に耐えきれず、ついに泣き出してしまった。


「ルノア……」

 そっと、コーテナは彼女の背中を摩った。

「スカルのところに戻るわ。んじゃッ……」

 ラチェットは一言残して部屋を去る。

 女の子が泣いている。その空間にいるのは苦手なのだ。どうやって声をかけたものか、どうやってふるまえばいいモノか。不器用な彼には苦手な空気である。

 ここはコーテナに任せることにする。

 フローラ、ルノアの様子を伺う用件は終わった。

(あとは……)

 まだ一つ、要件が残っている。

 最もその要件は……この場の空気よりも気まずいモノになるかもしれないが。


「あっ」

 次の要件へ向かう途中、ラチェットは足を止める。

「あっ」

 対面から歩いてきた男も、ラチェットの存在に気付いて足を止めた。


 エドワードだ。

 視線があったところで、二人は気まずそうに口元を歪めてしまった。

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