PAGE.445「開き続ける傘」


 あれから二十四時間が経過した。

 漆黒に染まっていた曇天は消えてなくなり、太陽の輝きと砂漠らしい景色を取り戻す。

最初は微かだった風も吹き荒れるようになり、防塵対策の一つでもしていないと厳しい程の砂嵐が舞うようになった。

 ……黒い雨対策の援軍の必要なくなったと、ガルドの通信機器にて報告。集落の住民の救助のみをお願いしたいと指示を入れた。


「ひとまず、安心ってところかい?」

「たぶんナ」

 通信が切れたところで、操舵室でくつろいでいたスカルから声を掛けられる。

 今のところ黒い雨が降る予兆は一切ない。外は砂嵐によって良く見えないが、以前のような薄暗さは感じられない。ガルドの結界を張っていなければ、着陸しているこの船が砂に埋もれてしまいそうだ。

 砂漠は以前のような生き生きとした状態に戻っている。集落の長が言うからには間違いないだろう。黒い雨の対策は完了と言っても過言ではないかもしれない。


「あと一日もかからずに着くそうだ。こんな灼熱砂漠とも今夜でおさらばダ」

「ブチまけた話、その方がありがたいね」

 ガルドの冷却装置により艇の中は低温を保ってはいるものの、こんな場所で一週間近く立ち往生ともなればアクビも出てしまう。

 何より補給を早くしたいのが本音だった。支援物資も送り届けてもらえるようであり、ようやく美味い飯の待っている王都ファルザローブへ帰れる。

 想像以上の長旅であったことに呆れそうだった。ラチェットもスカルもようやくの帰還に極限リラックスで体から力を抜いていく。


「……なぁ、ところでどうするんだい?」

 操舵室の椅子に腰かけるオボロが問いかける。

「あの子のこと。本当に連れて帰るのかい?」

「……それ、な」


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 話は昨日にさかのぼる。

 コーネリウスの突然の介入。彼女の謎の行動により、黒い雨はこの大地から消えてなくなり、黒く染まり果てていた大地も次第に元の姿へと戻っていった。

 同時、フローラから魔族としての魔力を感じなくなったのだ。

 完全に分離したような感覚だ。水の闘士ウェザーの気配は、最早彼女からは一切感じられない。


「一体、何がどうなってるんダ……?」

 少女に触れる。特に変わった様子はない。

 気を失っているだけだ。人間の体を真似て作ったが故に生成された“心臓に擬態した何か”が鼓動を続けている。呼吸も寝息を立てているように行われていた。

「また、人間に戻ってやがル」

「戻った……?」

 ルノアは震えながら立ち上がる。

「戻った、の? フローラが、フローラに……?」

 戻っている。元の優しい少女に戻っている。

 二度とあり得ないと思っていたドラマが今、目の前で起きている事にまだ整理が追い付いていない。


「……動けないのなら好都合だ」

 黒い炎の効力が弱まり、再び力を扱えるようになったフェイト。彼女は鋭く尖らせた瞳と共に、寝息を立てて眠っている少女へと光の刃を向ける。

「ウェザーをここで討つ。これで任務完了だ」

「ま、待って!」

 ルノアが両手を広げ、少女の前に立つ。

「……貴様、自分が何をしているのか分かってるのか?」

 刃の手が震え始める。味方であるはずの人間を前に。

「一度ならず二度までも、それがお前の答えか? それがお前がすべき行動なんだな?」

 幹部級の魔族を庇う。立派な反逆行為。

 エドワードに問われたはずだ。次の行動と返答次第では容赦はしないと。彼女がやっている行動はここにいるメンバーの阻害以外の何物でもない。

最悪の場合、その存在自体が害悪であるととられるモノだ。


「ならば……」

 振り下ろされる。

 少女を庇おうとした、ルノアの頭上に光の刃が。

「やめてっ!」

 コーテナがルノアの前へ。

 魔族化は解除されている。よって光の刃を止める方法は一つもない。

 そんな彼女の事など気にもやまずに刃が振り下ろされる。

 間一髪、コーテナの飛込による介入はルノアを光の刃から逃れさせることに成功した。


「くっ、あああぁッ……!」

 だが、攻撃を庇ったが故に光の刃の一部がコーテナの体に触れる。

 魔族化を繰り返し、その体は半魔族というよりも魔族へと寄っていた。故に、対魔族に対しては万能な殺傷能力を持つフェイトの刃はコーテナの体にとっては猛毒となる。

「あっ、ぁあああッ……!」

 背中を刻まれ、コーテナは悶え苦しむ。

「コーテナちゃん!?」

「くっ……!」

 フェイトは刃を出す片手を抑える。

 黒い炎の効力は弱まってこそいたが、まだ彼女の体を蝕んでいる状態だった。いきなりの力の放出に体が悲鳴を上げ、その激痛により刃が引っ込んでいく。


「……っ!!!」

 その瞬間だった。

 同じくして動けないはずのラチェットの体が……飛び出したのは。

「ぐっ……!」

 首をつかまれる。そのまま、フェイトの体はラチェットに押し倒される。

「き、きさまっ……」

 フェイトの瞳はラチェットを睨みつける。


 焦点は定まってはいる。だが、そこには理性がないように思えた。

 怒っている。彼の脳裏はフェイトの行動により臨界点を超えていた。


 逆鱗に触れたが故の行動だ。

 誰よりも愛し、誰よりも大切な相棒であるコーテナを傷つけた。その一つの行動が彼の理性を奪い取り、体のリミッターを外しとるにも十分すぎる行為だった。魔力切れであるが故に魔術の発動こそしないが、その息の根を止めようと両手の力を強めていく。


「仮面ッ!!」

 同じくして、最愛の人間を傷つけられれば怒り狂う男はいる。

 ラチェットの行動はエドワードの怒りに火をつけた。拳を構え、その行動を取り押さえようと飛び出したのだ。


 収拾がつかない状況。誰の静止であろうとラチェットは止まる気配を一切見せない。

 エドワードの暴力は、彼の後頭部へと直撃しようとしていた。


「やめてっ! ラチェット!!」

「!!」

 ただ一人を除いて。ただ一人の声だけは、ラチェットへと届く。

 苦しみながらも声を上げるコーテナ。頼むからやめてほしいという心の底からの願いを、暴走気味になっていたラチェットへとぶつけた。


「……今、俺っ」

 ラチェットが止まる。

「……くっ!」

 同時、首を握る腕の力が抜けた事を悟ったエドワードも静止する。



「はあ、はぁ……」

 フェイトは虚ろな表情で天井を見上げる。

 かつての表情。凛々しく美しいトップワンのあの素顔はそこにはない。

(これが、今のコイツの顔……ッ?)

 怒りと憎しみ。憎悪による感情が支配された彼女の表情はそれは酷いモノに早変わりしていた。地に落ち切った女神の姿は、あまりにも悲惨で酷なもの。

(あんなに綺麗で、あんなに輝いていた……アイツの顔……)

 歪み切った元ナンバーワンの姿に。自身の行動にラチェットは戦慄していた。


「わ、私」

 ルノアは怯え、その場へ座り込む。

「私の、せいで」

 自分の行動。それがこの状況を作り上げた。

 友が傷つき、友が荒れ、仲間が死にかけた。すべてが壊れかけた。


 黒い雨が止んだそのあとも。

 この一帯には……冷たい空気が流れていた。

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