PAGE.434「グレイ・ナイト」


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 エドワード。学園では天才と呼ばれていた男。

 そんな彼とラチェットの関係ははっきりいって険悪だった。互いが互いの事を全くと言っていいほど気に入っておらず、目が合ったその瞬間に相手の毒を吐き散らす関係。


 しかし、そんな日々から一年近くが経過した。

 今となっては互いに世界の平和を守るために戦う戦士同士。同じ志、自分の身を鍛え続けてきた二人の間には当時とは違う友情が……。


「ちっ、相変わらず気に入らねー野郎ダナ」

「おっと、僕は挨拶に挨拶を返しただけだ。礼儀には礼儀を、無礼には無礼を。君の無礼に僕の無礼を返しただけだが?」


 芽生えてなんていなかった。


「そんなんだから陰気眼鏡って隅で馬鹿にされてんダロ」

「そういう君だって陰で噂されてるぞ。愛想も悪いし口も悪い。志と願う夢以外は残念な男だとな」

 目が合って早々に二人は早速口喧嘩が始まった。それどころか、互いに額をぶつけ合い、あからさまな敵意を持ってガンを飛ばし合っている。

 そうだ。どれだけ日時が経って志も同じになろうと、無理なものは無理。ラチェットはエドワードの“他人を見下す癖”がハッキリいって気に入らないし、エドワードもラチェットを“毒しか吐かない根暗な野郎”と罵っている。

 互いの性格は、それぞれ過去に強く根付いたものがある。故にその性格を直すことは困難ではある。故に二人の関係は改善されることはないだろう。

「ったく、口を開けばムカつくヤローだ」

「そっくりそのまま返してやる」

 ……とはいえ、喧嘩も長く続く中。こうして嫌々ながらも手を取り合う関係である以上、二人の間にはほんの微かであるかもしれないが友情というものは芽生えているのだろう。雀の涙ほどの本当に微塵な友情が。

 喧嘩するほど仲が良いという言葉があるだろう。間違いなくエドワードがその人生で一番喧嘩を売った相手はラチェットである。


「二人とも! 喧嘩はダメ!」

 二人の間にコーテナが割って入る。

「その前にやることがあるんでしょ!」

「……ああ、そうだナ」

 コーテナの言う事に対してはあまり敵意を見せない。やはりエドワードにモノ申したいことは幾らでもあったのかラチェットは不機嫌なままである。

「まあ、いいだろう」

 エドワードも状況を理解しているからこそ、このような喧嘩をしている場合ではないこと自体は理解している。だが、彼同様にラチェットへの罵詈雑言がいくらでも頭に浮かんでいる故に不機嫌であることに変わりはなかった。


 ……まずは状況報告が先だ。

 集落の周辺。黒い雨による被害、黒いスライムがいないかどうかの徘徊をエドワードとフェイトは一日中行っていた。

 結果、黒いスライムは多数存在したものの二人の手を持って討滅。計50体以上の黒いスライムを撃破し帰還したのである。

 50。しかも魔法への耐性がある厄介な敵を50だ。

 二人の実力は相変わらずだ。そういう一面は認めざるを得ないのだ。ラチェットにとって不本意ではあるのだが。

 この集落の被害はまだまだやむ気配がない。その状況で黒い雨がまた降りだすものなら今度こそ壊滅は免れない。


「……以上が報告だ。満足したか」

 エドワードは報告を終えると、呆れたように首を振る。

 関係上、今となってはラチェットが多少であれ立場が上の人物となっている。

「あぁ、そうだヨ。お勤めご苦労さんでス。エージェントの陰気眼鏡サン」

「お褒めに預かり光栄です。陰鬱英雄」

 エドワードはその関係が実に気に入らないようだ。

 ただでさえ不快な相手の立場の方が上。その様子が目に見えて分かるからこそ、互いに歯ぎしりとガン飛ばしが終わる気配がなかった。

「あははは……」 

 とんだ猟犬達である。どのような方法であれ喧嘩の止まらない二人に囲まれたコーテナは成すすべもない事に笑うことした出来なかった。


「……」

 そして、同時にフェイトへ目を向ける。

 昔の彼女であったなら『今は喧嘩をしている場合ではない』と指摘の一つでも入れていたことだろう。学園のトップであり、精霊騎士団の任務を直接受けていたエリート柄の彼女の事ならば。

 だが、それに対して、特にモノをいう気配はない。

 むしろ興味がない。ラチェットの事に対しても、エドワードの事に対しても。


 それどころか。

 コーテナに対して“敵意”に近い視線すらも送っている。


「……お前はこれから睡眠か? ご苦労な事だな」

「決めつけるなバーカ。一睡前にお前らと交代で見回りしようとしてたんだヨ。集落をナ」

「はっ、お前だけでは不安が募る。仕事終わりで疲れてはいるがエージェントとして俺もついていってやろう」

 ラチェットの肩に手をのせると、押し倒す様に吹っ飛ばす。

 艇の反対方向へ押し飛ばされたラチェットは砂漠さながらの不安定な足場に気を取られながらも、無様な大転倒は見せないようにと姿勢を何とか整える。

「テメェ……上等だナ!」

「ズカズカと! 周りと足並みをそろえる心遣いがないのも問題だな!」

「テメェが遅ぇんだヨ!!」

 一人、無人の集落へと向かうエドワードに並び、ラチェットも早足で向かう。

 二人の視線の間にはイナズマ。ここまで息の合った喧嘩を見ていると、本当は仲が良いのではないかと疑いたくもなる。


「……ボク達も行きます?」

 二人の背を笑いながら。気まずげにフェイトへ口を開く。

「ああ、そうだな」

 見向きもしない。視線は彼等へ向けられたままフェイトは歩き出す。


“魔族は敵だ。お前もその対象である”


 魔族への強い憎悪。

 あの日再会した時から……その言葉は全くの嘘でもジョークでもないことは分かっている。フェイトの目線、殺気は紛れもない本物であった。


「……」

 一人、集落へと向かうフェイトの背中を。コーテナは静かに見つめていた。



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 集落へ足を踏み入れると、周辺を探索する。

 黒いスライム、もしくはその巣窟らしきものが周辺にないか。あり得ないかもしれないが、他にも生存者がいるかもしれない事も考慮に入れて、こまなく集落跡地を調べ尽くす。

「異常なし、だナ」

「だから言っただろう。異常はなかったと」

 変わったことはなにもない。人間の気配は愚か、黒いスライムらしき生物の気配も感じられない。

 数日もたっている上に、この周辺はエドワードや集落の住民達がしらみつぶしに探したのだ。これ以上の探索は、正直言って無意味であるかもしれない。

「ふぁ……」

 エドワードに見えないよう、ラチェットはアクビをする。

 今日はもう遅い。砂漠もこれ以上にない極寒となっていく。

 体を休めた方が賢明であろうと、ラチェットは意地を体からボチボチと外していこうと考えていた。


「異常がないようで良かったヨ……んじゃ、そろそろ」


「た、たす、けて」

 その矢先。

「「……!!」」

 声が聞こえた。

 人間の声。

 ラチェットの視線の先に……集落の人間と思われる人物の姿が。


「生存者がいたのカ!?」

「そんなまさか!?」

 ラチェットは慌てて、その人物の元へと駆け寄る。

 エドワードも驚愕していた。まさか見逃しがあっただなんて思いもしなかった。


「……!!」

 人間の姿。

それに駆け寄るラチェット。

「落ちこぼれッ! 無防備に近づくなッ!!」

 警告が飛び交った。

 エドワードは目の色を変えて、ラチェットの進行を止めようと叫ぶ。





「え?」

 集落の人間のすぐ目の前にまで接近したラチェット。


「……けて」

 その瞬間。

「_________ぁああ」

 人間の上半身が“黒い液状生命体”となって、ラチェットに襲い掛かった。

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