PAGE.433「邪悪に包まれた闇夜の中に(その3)」
ガルドの甲板。
「……何の用だ。騎士の小僧」
夜風に肌を晒すのはその気温をモノとも思っていないアタリス。
「何用でもないですよ。ちょっと夜風にあたりに」
「こんな寒空にかい?」
「これくらい寒い方が、僕はちょうどいいんですよ」
同じく夜風に当たりに来たというフリジオ。しかしその顔はあまりの極寒に我慢を隠しきれていないのか極端に青ざめている。
挨拶程度に振った腕も強く震えている。間違いなく“ちょうどいい”という言葉なんかで収まる状況じゃない。
「まあ、好きにすればいい」
アタリスはそんなフリジオをおかしく思いながら、空を見上げる。
何故、若い男はこうも背伸びをしたがるのか。しかも異性を前にすれば尚更。プライドというものなのか、それとも誇りとでも言うのか。
「デートというやつですか?」
「そう見えるかい?」
夜風の中。雲の隙間から顔を出す綺麗な星空を眺めているのはアタリスだけではない。その横には普段見慣れない人物の姿もある。
「……」
霧の騎士・ナーヴァだ。
黒い雨の正体を探るべく同行を許可されたフォドラの騎士。彼はそれといった挨拶をすることもなく、夜空を見上げ続けている。
というかそもそもフリジオが訪れていることに気づいていない。余程の考え事をしているようだった。
「いえ、そうは見えませんが、気になりましたので」
「焼きもちか?」
「……まさか」
フリジオがアタリスの横に並ぶ。
座っていたアタリスの両隣には騎士二人が並ぶ。他人からみれば、怪物が余計なことをしないように監視している風景に見えなくもない。
「む、いたのか」
「気づくの遅すぎません?」
割と殺伐とした状況であることには間違いない。ようやくフリジオの存在に気付いて驚いたナーヴァの態度に少しばかり苛立っていた。
「……想像以上だった」
ナーヴァが不意に口を開く。
「外の状況は想像以上に悲惨……このような戦い、相も変わらず無意味に続けられている……精霊騎士よ、君は何のために戦う」
それは問いであった。
世界を救うための宿命を背負った精霊騎士。まだ年増も言っていない青年がこの戦いにどのような感情を浮かべているのかを問いかける。
「功績ですよ。僕は英雄になるために戦っています。そのためだけに魔族を狩るのです」
笑顔で。フォドラでの街の環境を見た後であろうと、彼は自身の夢を偽り一つすることなく正直に告げる。
「……ですが、今は功績よりも手にしたいものが僕にはあるみたいです」
「ほほう、それは」
「それがわからないんですよ」
申し訳なさそうにフリジオは笑う。
「この気持ちが何なのか。何を求めているのかが僕にはわからない……きっとそれは、僕が目指している者とは程遠いとは思うのに。全く、おかしな話です」
「そうか。私は特におかしいとは思わないがな」
フリジオの言葉を否定する。
彼が抱いているであろう感情。それをくみ取っているようで……それを思い浮かべること自体は決して間違いではないような言い分であった。
「それはどういう」
「いや、何でもない」
誤魔化す様に再び空へと視線を向ける。
「お前も青くなったな」
「……本当。不愉快です」
何か全て見透かされているようで。やはりフリジオは機嫌を悪くした。
数百歳を超えている魔族の少女に、千年以上を生きている老体の魔族。二人からすればフリジオは愛らしい少年に見えるからこそ含み笑いを零してしまう。それがよりフリジオを不機嫌にするというのに。
「ヴラッドの子よ。君は何のために戦う」
「友のためだ」
視線をナーヴァに向けることはない。
空を見上げる姿。少女にしてはその姿はあまりにも幻想的で芸術的。大人のような色気の中に子供らしい無邪気さも混ざる不思議な感覚だ。
「人生に彩りを感じるようになったのは友のおかげ……恩を返す、というわけではないな」
人差し指をそっと、空へ掲げる。
「輝きを失いたくないのさ。友も、そして私自身も」
「……世界を救う英雄たちが身勝手なものだ」
精霊皇に選ばれた器。そしてそんな彼の下に集い士騎士達。
世界を救うため魔族を殲滅し、ただただ世界の秩序の事だけを優先する精鋭の若者たち。
「精霊騎士。世代を超えて変わったものだな」
そんな彼らは以外にも私情だけの人物ばかり。
精霊皇帝からしてもハタ迷惑な連中であろう。
「嫌な気分になりましたか」
「……いや」
フリジオの言葉に首を横に振る。
「意外にも、不快にはならないな」
「そうですか」
フリジオも空を眺める。
「改めて実感した。お前は紛れもなくヴラッドの子だ」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
人間のエゴ。魔族のエゴ。
同じ心を持つ者同士。
フリジオとアタリスは互いに友情を感じていないと口にはしていたが。
(似た者同士だよ。お前達は)
フリジオとアタリスの間。
本来であれば分かり合えるはずのない人間と魔族の間で生まれる絆……芽生えるはずのない友情は、二人にもあるように思えた。
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