PAGE.435「ブラックスライム」
黒の水が牙となってラチェットを襲う。
「……器用なもんだナ」
だが、牙となった黒の生物はラチェットの眼前で散乱する。
「人を小馬鹿にしやがってさッ!!」
上半身を失った下半身も徐々に本来のブヨブヨした姿へと戻っていく。次第にはじけ飛んだ上半身と一体化し、黒のスライムへと姿を戻していく。
「こりゃア、被害が多くても仕方ネェ……不用心だって言ったカ? ほかに言うことハ?」
ラチェットも意味なく近づいたわけではなかった。
近づく寸前にラチェットは手元に“ショットガン”を構えていたのだ。突如現れたこの人間が“万が一にも罠”だった時の事を考えて。勿論、対魔族仕様。
結果、彼の警戒は正しかったようだ。
あの黒いスライム。ただ敵に襲い掛かるどころか人間の姿に擬態も出来る。ありとあらゆる手段を使って人間の文明を食い荒らそうとする怪物は頭も回るようだった。経験値稼ぎの餌でしか活躍の場を満たせないようなイメージのあるザコモンスターがとんだ脅威である。
「なぁ? 陰気眼鏡野郎~?」
ラチェットはそんな黒いスライムの脅威よりも、頭の悪い行動をするのはやめろと叫んだエドワードにまずは謝罪を求めるようニヤケ面で振り向いた。
「……その場合ではない、だろう」
エドワードは固唾をのむ。
「まぁ、そうだなッ……!」
ラチェットも冷や汗をかく。正直、からかってる場合じゃない。
近くにいたコーテナ、フェイトの二人も身構える。
“囲まれていた”。
気が付けば四方八方を黒いスライム達が取り囲んでいる。さっと数えて十体近くいるが、そこから先の廃墟の陰からも姿を現し、数を増やしていく。
これほどの数が一体どうやって隠れていたというのか。
蟻地獄に放り込まれたような気分だ。ラチェットは勿論、コーテナ達も戦闘準備へと身構えていく。
「数は二十八。一人七体の計算だよナ」
「では七体倒せていなかったら、お前は仕事をしていなかったということだな」
「じゃあお前が仕事をできないよう踏ん張ってやるヨ」
合図を送るよりも先にエドワードは魔導書を片手に黒いスライムの群へと飛び込んだ。ラチェットもそれに続く。
出陣を合図に無言でフェイトも出撃。破魔の剣となる光刃を作り上げて。
数が多かろうと、所詮は悪知恵が働く程度の液体生物だ。フェイトとエドワードにはこの液体生物に対抗できる実力はある。
「まずは二体!」
ラチェットも精霊皇の剣を取り出す。
これは本来魔族を倒すために用意された剣。人類の文明を溶かす液体であろうと安易に切り裂くことは可能である。
「こっちは三体だがナ」
「ああもう! だから喧嘩はダメだって!」
隙さえあれば喧嘩を続ける二人の関係。コーテナはそれを何とかやめさせようとするが聞く耳持たずだ。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
数分。戦闘はさほどの時間はかからなかった。
「俺は七。フェイトも七……お前はどうだ?」
「俺も七だナ」
「そうか? おまえの分も数えていたが、六だったような気がするが」
エドワードが駆け抜けた地は魔法により焼け野原。
フェイトとラチェットが駆け抜けた地も切り裂かれた黒いスライムの群の遺体によって真っ黒に染め上がっている。コーテナが下したスライムは黒い炎に飲み込まれ焼き溶けている。
「お、おいおい、やっぱ目が悪いんじゃねーのカ?」
気が動転しながらも再びエドワードにガンを飛ばす。
……そう、実はラチェットが六体でコーテナが八体である。
「下手なウソもつけないお前は頭も悪いようだがな」
「ケッ!!」
それに対し、エドワードもガンを飛ばし始めた。
なんという低レベルな喧嘩。団栗の背比べというべきか。
「喧嘩するほど何とやら、なのかな……これぇ?」
ラチェットは意地を張る性格になった故にこのしつこさ。エドワードに関しても彼に対してだけは貴族という身柄を忘れて無礼をおかしている。
やっぱりこの二人仲が良いのでは。
コーテナは次第に二人の友情に疑いを持つようになってきた。
「……これだけの数。やはり」
フェイトは黒に染まった地面を眺める。
「どうしたの?」
「……あのスライムは隠れていたわけではない。たった今生まれた」
これだけの数を見失うとは思えない。
時間をおいて、生み出されているのではと考えていた。
「おそらく、このスライムは無尽蔵に」
「さすがはフェイトだね」
風が吹く。
黒い異臭が、突然吹いた北風によって夜空へと飛んでいく。
「今の声は!?」
ラチェットは驚愕する。
今のフェイトへの返事。コーテナでもエドワードのものでもない!
「いい観察眼だ」
「……!」
フェイトの目元が歪む。
風に乗ってきたその、聞き覚えのある声に。
ラチェットにコーテナ。そして、エドワードもまた……その声へ目を向ける。
「久しぶりだね。ナンバーワン」
黒の紋章が浮かぶ素肌。森の妖精というよりは道化師にも思える装束。
見覚えのある親しみ深い笑顔。だが、今となってはその笑顔は……人類にとっては不気味な笑みと捉えるべき芸術。
「コー、ネリウス……」
エドワードはそっとその名を口にした。
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