PAGE.431「邪悪に包まれた闇夜の中に(その1)」


 本来であれば食堂はラチェット達の安息の場である。

 今は黒い雨によって苦しめられた集落の住民達へとその場を譲る。毛布を羽織った住民達が久しぶりの安息の地で眠りについている。

 ここ数日。黒い雨とスライムを恐れながらの生活。あんな狭苦しく、土臭い上に薄暗いシェルターの中で過ごし続けてきたのだ。これくらいの提供なら、快く引き受けるものである。

「本当にありがたい……こうまでしてもらって」

「いいんだよ。ただ、申し訳ねぇな。食事の方はあまり提供できそうになくて」

「いえ、こうして寝床を譲っていただけただけで……本当にありがたい」

 長である老人は彼等の気遣いに涙を流すほど情に厚い人間だったようだ。仲間である住民達が寝静まった頃、食堂で様子を見ていたスカルにお礼を言い続けていた。

「爺さんもしっかり休めよ。一番頑張ってたみたいだからな……自分の身も労りな」

「では、お言葉に甘えて……」

 老人はアクビを必死に我慢していた。それを見逃さないスカルではない。

 仕事の出来る何でも屋はクライアントの気遣いを忘れない。しっかりと面倒を見るのが心得というものである。

 

「……」

 今までの疲れが祟ったのか、老人はそのまま一直線に眠りにつく。

「昔の俺も、こうして親の事を労わってやれたらな」

 母親の事。自分の面倒を見てくれた恩人のことをスカルは思い出す。

 母親もまた高齢ではあった。したいように生きていたスカルを支えるためにいつも無理して働いてお金を稼ぎ、いつも食事を用意して、やっていいことと悪いことの区別が出来ない馬鹿に育たないように小言と説教を度々返してくれた。


 そんな母親も無理が祟り、病に侵された。

 当時、母親を救うためのお金はなかった。スカルにはそれだけの能力がなかった。今の自分になら何でもできるとヤンチャしていた頃の自身の無力さを、当時のスカルはこれほどまでに思い知らされた。

 今でもその罪悪感は残っている。

『自分の事は気にせず、したいように生きろ』。そう言われても、やはり母親への無念は微かに心にこびりついていた。


「……ふんっ!」

 スカルは自分の両頬を力強く叩く。

「さてと、そろそろコーヒーを淹れてやるか。時間的にもそろそろだろ」

 過去の事を引きずり続けるな。母親にも言われたことだ。

 スカルは今できることの最大限をこなすため、コーヒーメーカーの元へと向かって行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 ガルドの機関室。

「ふいぃー」

 そこには動力炉等に異常がないかどうかをチェックしているオボロの姿があった。

 黒いスライム件がある。あのような“魔族界戦争の理不尽な襲撃”はいつあってもおかしくはない。そんな時にガルドで不調が起こったものならば洒落で済む問題ではないのだ。

 そんな悲劇が起きないよう、空いた時間はこうして定期的にメンテナンスを行っている。こういうこまめな作業が予想も出来ない事故を未然に防ぐきっかけとなるのである。

核となる八面体のチェックもしっかり行い、不自然なところがないかを正確に確認する。


「よっし、異常なしだねぇ~っと」

 メンテナンスの確認完了。

 定期的に確認してるだけあって異常は特にない。ガルドはぴんぴんしているし、今から出発しろと言われたら出発できる準備もしっかりと行っていた……しばらくは待機命令が出ているために、動くことはないかと思われるが。

「……」

 極寒の砂漠にこの機関室は丁度いいサウナではある。

 しかし長時間もいれば、やはり蒸し暑い事に変わりはない。

「よっこいしょっと……あぁああ~、きもてぃいねぇえ~~……」

動力炉から離れた鉄タイルの地面へと転がり、その冷ややかさを肌身全身で味わっている。


「おっ、と」

 そんな中、オボロはふと、手荷物の中にしまってあるペンダントに手を伸ばした。

「……もう、どのくらいになるかねぇ」

 写真の入ったペンダントだ。 

 その写真の人物はかつて共にトレジャーハンターとして世界をかけた相棒。誰よりも夢が大きく、その好奇心旺盛なところが魅力的な男で……世界中の誰よりも、愛していた大切な人物だ。


 彼が亡くなったのは、オボロのミスが原因だった。

 二人なら何でもできる。いつの間にか湧き上がっていた余裕故に“慢心”が芽生え、その慢心が名もなき遺跡調査にて引き金を引いた。


 遺跡の罠により、オボロの相棒は命を失った。

 彼は最後までオボロの事を思っていた。自身のミスを強く嘆くオボロに対し、ミスは誰にでもある事だと。彼女を心配させまいと気を遣っていた。


 ……あの日の傷は、今も彼女に深い傷を負わせている。

 忘れられない日々。切り離せない過去。

 このペンダントは思い出であり一種の呪いにもなっている……彼女はその呪縛から解き放たれることが出来ず、手放せないでいた。


「……もう、あんな出来事は御免だよ」

 大切な仲間を。恋人を失った経験はしたくない。

「何があっても生き残る。そんで仲間は誰一人死なせやしないよ」

 世界の敵であり、誰も口一つ聞いてくれなかった自身の話を最後まで聞いただけでなく協力までしてくれたスカル。

 あの事件が解決した後も。路頭に迷っていたところを“何でも屋の一員”として彼は招き入れてくれた。その後も交流は続き、ラチェット達とも深い絆で結ばれるようになった。


 もう絆を断ち切るようなことはしたくない。

 あの日のように、自分の不甲斐なさで仲間を失いたくはない。

 オボロは強くそう誓い、ペンダントを握りしめた。


『あと、俺より良い男を見つけてくれよ?』

 相棒の遺言。

 最後の最後まで緊張感のない言葉ではあったが……胸に残っている。


「そう見つかるものかねぇ。アンタみたいに惚れちまうような男ってさ」

 彼の望みは叶うかどうか。

 そればっかりは難しいかなと、オボロは皮肉気に笑みを浮かべていた。


「おーい、お疲れさん。コーヒーいるか?」

「おおっ、ありがたいねぇ……でも、今は冷たいものが欲しかったのが本音かねぇ」

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