PAGE.430「断たれる道」
「よくぞ来てくれました……」
トラズ砂漠、集落地域。
黒いスライムによる襲撃こそ受けたが、ナーヴァの助けにより突破。
黒い雨に苛まれた者達の唯一の生き残りの一人である長が彼らを招き入れた。
ラチェット達の到着は先に到着したというエージェント二名によって報告されている。来るかどうかの判断は彼ら次第であるという不安の残るような言葉も添えていたようだが。
自身たちの信用を疑わせるような発言をしたエージェントとやらにはラチェット含めた数名は当然腹が微かに煮えた。悪戯かジョークであったのなら許容は出来るが、もしそれが心の底より思っていたままの発言であったのならと……考えるだけでも頭にくる。
何より余計にムカッ腹が立つ理由は“後者”である可能性が高いからだ。
集落に送り込まれたエージェント二名。
その人物が誰なのかに関しては……直後にルードヴェキラの口より聞かされている。
「どうぞ、こちらへ」
現在、エージェント二名は集落周辺の見回りを行っているため不在。
合流して早々に苦情の一つでも吐こうと思っていたがしょうがない。その人物たちが戻ってくる前に集落の現状を聞き届け、ガルドの通信技術を駆使してルードヴェキラへと報告。援軍を送ってもらう事にする。
「……酷い」
集落は村のような場所であったが、最早その地は“人が住んでいた形跡のある場所”と呼ばれるまでに荒れ果てていた。
フォドラは結界の存在もあったが故に被害は最小限に抑えられていた。しかし、大した防護対策もしていないこの集落は黒い雨を直に浴びたことになる。
レンガ造り、石造であるほとんどの建物が黒い液体によって食い荒らされている。穴だらけになった廃墟は最早人が住める状況ではなくなっている。
フォドラ以上に悲惨な光景が広がっていた。
体の一部を溶かされた人間がまだ転がっていないものの……人間の身を守る建物がこの惨状だ。死滅したという八割の住民。その被害の片鱗を一度その目でみていたからこそ、想像をするだけでも当時の風景に悪寒が走る。
「ここへ」
ある程度の魔力加工が施されたテントへと連れられる。
救助が来るまでの間、頼りになるのはこのテントと緊急用に用意された地下シェルター。無人島に流れ着いた難民のような狭苦しさを一同はその身をもって体感した。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
テントに足を踏み入れてから数時間。
黒い雨による被害は真実であることを確かに確認した。この村の状況は勿論のことだが、黒い雨の脅威は既に彼等も体験している。
至急、この集落の生き残りを救助してもらうために王都本国へと連絡を入れることにする。また黒い雨が降り出しスライムが大量発生するものなら今度こそ……彼らは絶滅を辿ることになるだろう。
テントを出た一同は、漆黒の雲海に出迎えられ、再び惨状と変わり果てた、集落の風景に囲まれる。
「あっ……」
その矢先、クロは目にしてしまう。
……担架。白い布に覆われた人間が生き残りの住民によって、もう一つの巨大なテントへと運ばれていく。
「なぁ、あれって」
「何も言うな……!」
黒い雨、或いはスライムの被害者だろう。
遺体となった以上、腐乱が始まるのも時間の問題。援軍が到着するまでの一週間近くと長い期間、避難地となる地下シェルターに収容するわけにはいかない。
ただでさえ狭い空間だ。その行為は首を絞める行為に他ならない。
危険な地域に放り込むこととなってしまうが、やむを得ない。王都の騎士団により回収されるまで遺体は一通りの処理を行いつつ、あのテントに投棄されることとなる。
「……同じ心を持った生き物、か」
フリジオは王・ロードの言葉を思い出す。
姿形は違えど、人間も魔族も同じ心を持っている。
その気が一致さえすれば、共存することも不可能ではないと。
……だが、それはフォドラの中での話だ。
何より、王・ロードも口にしてはいていたが、その夢をかなえることが出来たのは“ワタリヨ”というイレギュラーの助けがあったからだ。本来ならば、あの戦士達の夢は叶う事はなく、世界の摂理に飲み込まれていたことだろう。
その事実。現実がこの目の前の風景だ。
人間を食い荒らさんとする魔族。王都ファルザローブ、魔法世界クロヌス全域に喧嘩を売った魔族の実態がこれだ。これこそが当然の事なのだ。
「これが、外の世界、か」
ナーヴァはフォドラとはあまりにもかけ離れた現実に拳を震わせる。
「戦争は……戦いはまだ続いているのか」
彼は当時の戦争の悲惨さも体験している……目の前の風景はその当時と全く変わらない惨さである。
「……その若さで、これだけの光景を」
老体であるが故、ラチェットやコーテナ、そしてこの世界で戦う者達の覚悟を実感したのだろう……アタリスはこのメンバーの中では高齢ではあるが、千年以上の月日を生きているナーヴァにとって、彼女もまだ若者の域だ。
現実。
再び突き付けられた現実に、ナーヴァは確かに感情を露わにしていた。
「……心、か」
ナーヴァの声をフリジオは聞き逃さなかった。
心を持った魔族の存在。
もしすべての生き物が、ここにいる皆のように心があったとしたら。
「……ルノアさん」
全員が担架に視線を送る中。
一人、黒い雨の風景に“一同は違う反応で震えているルノア”へフリジオは声をかける。
「……黒い水。もし僕たちの推測通りであったのなら、この被害を及ぼしたのはおそらく」
思い当たる節がある。
この二人は、この黒い水を生み出せる存在に覚えがある。
「仮にもし、そうであった時……覚悟を決めておいてください」
とある存在。その存在とルノアの関係をフリジオはよく知っている。仲睦まじく、姉妹のようであった二人の事を覚えている。そこには確かな絆もあった。
……だが、それは過去の話だ。
「彼女は魔族です。最悪の場合、アーケイドやサーストンと同様、手の付けられない最悪の」
「分かっています」
震える声でルノアは小さく答える。
「……もしも、あの子であったのなら、私は」
止める。必ず止める。
そう告げようとしているはずなのに。
ルノアの言葉はそこから先を出してくれそうにない。出そうとしても、その決断を体全部が否定させるかのように。
(……心とは、本当に複雑なものだ)
同じ心があるからこそ、争いは起きない。
違える心が存在するからこそ、そこに隔離が起きる。
“魔族を撃つのに容赦はいらない。奴らには心はない。我々も、彼らに対して心を開く必要は存在しないのだ”
魔族狩りの一族より生まれしフリジオにその言葉の重みは理解できている。
しかし、フリジオは嫌悪した。
その言葉に……“疑念”を持ち始めている自分に、嫌悪しかできなかった。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
その日の夜。一同は艇に戻り、黒い雨の一件の報告を終えた。
黒い雨が再び降らないことを祈りつつ。一同は生き残りをガルドへと受け入れた。
あんな危険な場所に放置させ続けるわけにはいかない。黒いスライムの存在もある以上、彼らを安全な場所へ避難させる必要があった。
……ガルドの食堂では、視認のみで数え切れる程の人数が食事を行っている。集落に残っていた残りの食糧を使って。
一週間。ここしばらくは村に残っていた食糧で賄うことになる。艇にも食糧は積んであるがこれはラチェット達の数日分の食糧だ。無理に提供することは出来ない。
互いに遠慮と配慮の距離を保ちつつ、この数日を過ごすことになる。
そんな中。
艇の外では……ラチェットとコーテナが、ある人物達を待っている。
「やっと戻ってきたカ」
その人物は言うまでもない。
「陰気眼鏡」
「その言葉そっくりそのまま返してやる。陰気仮面め」
ローブを脱ぐ二人組。
アンクルの男・エドワード。
「……」
そしてもう一人は……学園のトップエース・フェイト。
二人のエージェントとの合流だった。
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