PAGE.428「黒い雨」
王都とフォドラ。これだけの距離を離したとなると、連絡手段として用いられる“通話の魔導書”が使用できない。圏外である。
しかし、ガルドの通信魔術だけは別だ。
精霊皇が使用していたというこのシステムは便利だ。
“クロヌスであればどこにいようと対象者と連絡が取れる”というバカみたいなスペックを持った優れものである。この世界は自分の庭だと言わんばかりの力。
ただ、一つ問題があるとすれば、ガルドが戦闘に入ればその通信手段は使えなくなること。それ以前にも口にしたと思うが、この通話手段“ガルド側からしか使用できない”という欠点がある。故に、向こう側からの連絡を受け取れないという一方的なものとなるのだ。
目を覚ましたラチェットは一度連絡を取るために操舵室にてガルドの通信魔術を使用し、ここまでの経緯を告げていた。皆が外に出ている間、事情を知らない合間に。
精霊皇の剣を手に入れ、サーストンの討滅に成功した。
……カルナとロード、そしてナーヴァの約束は当然忘れない。フォドラという不思議な世界があったことは王都側には告げないように注意を払いつつ、報告した。
『黒い雨が降っている?』
その報告の後の事だった。
騎士団長ルードヴェキラとファルザローブ王。その両名から“サーストンとは別の現象にて被害を受けていないかどうか”を告げられたのである。
『はい。そちらで見ませんでしたか?』
問題はない。そう答えると、何かあったのかとラチェットは聞き返した。
『……悪イ。ずっと寝ていたカラ』
一週間前。
彼等が王都を出てからそれなりの時間が経った頃、北東地域より“黒い雨”という謎の異常現象が起きている事を彼に告げた。
『気を付けてください。その黒い雨は……』
黒い雨がもたらした被害、頻繁に起きる事象。現状として、自然的に発生するものではなく“魔族側による何か”が絡んでいるのはと精霊騎士団は決定づけた。
『……立て続けにとんでもねぇこと仕掛けやがってッ』
最もその地域に近いのはラチェット達。
二名のエージェントを送ったので、その両名とコンタクトを取り、黒い雨の真意を確かめ次第に協力して、黒い雨の対処を行うように命令を受けたのだ。
『ラチェット。貴方には』
『分かってる。一番近いならどうにかしてみるヨ』
通信が切れる間際。ルードヴェキラとして二つの言葉を託した。
『……ごめんなさい。貴方に頼りっぱなしで』
『お前も国の為にやれることをやってる。お互いやれることをやる。そうダロ?』
“サーストンの討伐による賞賛”、そして“再度休暇もなく新たな命令を与えたことへ対する謝罪”の二つだった。
『何か分かったら連絡をください。こちらも数日前に救援を現場に送っています。その方たちと協力……するかどうかは、貴方に判断を委ねます』
『なんで濁った言い方? 人出は大いに越したことはないし、協力し合った方が楽に済むダロ?』
『……そう、ですね』
相変わらず、上に立つ者としては人を気遣いすぎに感じたラチェットはそれを快く受け取り、通話を切った。
自身の望みでこうして最前線に立っている。世界を救う約束も、友達を守る約束も必ず果たすためにこうして立っている。だから気にする必要はない、と。
それと、妙に曇った空気を残して。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
フォドラの結界から、飛行艇ガルドが飛び立つ。
まるで雲海を突き破るように、本来は見えるはずもない霧の中から飛びだったガルドは二人のエージェントが向かっているという北東地域“トラズ砂漠”へと向かう事となった。
「……すまないな、私まで乗せてもらって」
操舵室には、ナーヴァの姿もあった。
彼もまた王の命を受けて、黒い雨の原因を突き止める事となった。
目的が一緒である以上、こうして協力した方が都合がよい。ナーヴァ側も彼らの実力を知った以上、この上ない提案ではあった。
「気にするナ……お前には、凄く世話になったからナ」
「そうだぜ、霧の騎士さん。ちゃんと恩は返さないとな!」
ナーヴァにとってはカルナの一件は最大の決断だったかもしれない。
彼の決断により、クロヌスは救われた。
彼が協力してくれなければ……きっと、サーストンは倒せなかった。
「それより良かったのカ? 剣、返さなくて」
「構わない……王も、私も、君の手にあり続けることを望んでいる」
艇に戻る前、カルナの剣を返すかどうかを話したところ、ナーヴァは返す必要はないと告げたのだ。
「結界はどうするんだヨ?」
「もうその剣に結界を作る効力は残っていない。結界は我々が維持し続けなければならないことだ。この先ずっとな」
ロードもそのことをナーヴァがフォドラを発つ前に告げている。
精霊皇の剣が本来あるべき形へと戻っただけ。あの剣を扱える戦士が今フォドラにいない以上、置いてあっても持ち腐れであると皮肉気に告げたのだという。
「それにその剣はきっと……お前の道を切り開く者に必要なものだ。それは我々からの返礼なんだ」
“友を救おうとする戦士”。
かつてのカルナの面影を見たが故に、少年に託すことを決意したのだろう。きっとこの少年は、フォドラの英雄の剣を間違った方向には使わないと信じて。
「……サーストンと戦ってるとき」
ラチェットとナーヴァは互いに霧の晴れた空を眺める。
太陽だ。黒い暗雲の隙間、そこから差し込む日の光に目が眩みそうになる。
「俺の中に誰かが入り込んだような感覚がしたんダ」
「!!」
ラチェットの言葉に多少の反応を見せる。
「何が起きたのか分からない。急に体が動いて……誰かがしゃべりかけてきたような気がした。自分にも手伝わせてほしいっテ」
「誰かに声をかけられた?」
「それ以外何も喋らなかった。ただ、協力してくれただけ……だけどヨ、俺の中に入り込んだ何かが、お前達にこう伝えてほしいってサ」
あの瞬間、彼自身何が起きたのか分からない。だが目に見えない何者かはこうメッセージを残して消えたという。
「“ありがとう”ってナ」
「……まさか。まさか、な」
ナーヴァは思った。まさか、そんな夢物語があるのかと。
「俺もまさかとは思ってるヨ。だが仮に“そう”だとしたら」
「だが、もし本当に“そう”だとしたら……実に彼らしいと言えば彼らしい」
呆れているのか。それとも泣いているのか。
その言葉には、多少の間があった。
「彼が守り続けてきたものを、今度は私が引き受ける。私も老体ではあるが……まだ、長い歴史を歩くことは出来る」
数百年。彼にとっては短いが、フォドラの民の一部にとってはこの上なく長い時間。
その長い歴史に、フォドラという生命の形が残るように。
「守り抜くぞ。互いにな」
「あぁ……」
一時的な協力だったとはいえ、数百年の呪いを解き放ったくれたラチェットにはナーヴァも恩を抱いている。
二人の間には、かつてのカルナとナーヴァのような友情が芽生えつつあった。
年齢の差も、種族も関係ない……確かな絆が。
(俺の中に、誰かガ……)
ラチェットは自身の胸に触れる。
(俺に、何が起こった……?)
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