PAGE.408「消えた聖剣の行方(前編)」


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 数千年前。第一次魔族界大戦が繰り広げられている間の事であった。

 魔族は人間を貪り食らい、その復讐へと身を駆られる人間達は魔物達を焼き払う。

精霊皇も加わったことにより、その戦争は均衡を続けた。均衡が続いたが故に、その戦争は中々終わりを見せることなく、戦火は千年という長い歴史まで広がり続けたことになる。


 それぞれの目的のため。それぞれの秩序のため。

 人間と魔族は因果を断ち切ることはしない。その身を燃やし、人間と魔族達は勝利を掴むために滅ぼし合った。


「……いつまで続くのだろうか。この戦いは」

 だが、それだけの戦火が広がり続ける間でも。

「どうだろうな。どちらかが滅ぶのが先か、あるいは世界が争いに耐え切れず崩壊するのが先か……」 

 人間と魔族。手を取り合う者はいた。

「私の命は長い。故に因果に駆られた者たちの手によって、命を狩られた者達をこの目で見てきた」

 その場で岩場に腰掛け言葉を交わすには二人の戦士。

 一人は甲冑を身に着けた騎士だ。数多くの戦火を浴び、そして剣による斬撃を浴びた灰銀の甲冑は錆びることはなくとも心に深い傷を覆い続けた人間の騎士。

「人間の命とは本当に儚く、ガラスのように脆い。触れるだけでも容易く壊れてしまう」

 もう一人は……巨人だ。

 魔族側の住民であり、戦士でも何でもない。平和に過ごしていた身でありながら、戦場に補充要因として放り出された身。争いを好まぬ長命の一族の一人であった。

「私は辛いよ。最初こそ壊れていく者達の姿を見るのは怖かった。だが今は仕方のない事だと体が言い聞かせてくる。私自身も壊れてしまったんだろうな」

 巨人族はその見た目通りの握力と筋力を備えている。

例え、戦場に関与しないものであるにしても人間一人押しつぶすには適した力を持つ者は多く存在する。

ただそれだけの理由、それだけの勝手な野望の為に、争いを好まぬ数名の巨人がその拳で人間の肉を潰し続けてきた。

 今、この場で争いに怯える巨人もその一人。

 すでにその拳は……一度、戦いによって汚れてしまっている。



「……私は特別な家紋の家柄でな。魔法によってこの身を延命している。本来であるなら老人であるはずのこの身も若人の身だ。故に多くの戦場を駆けた、そして目にしてきた……お前と同様同胞の死も、戦いを好まぬ魔族の死もだ」

 灰銀の甲冑の騎士も争いを好まぬ者達の死を見て虚しさを覚えていた。

 この戦いには確かに意味はあるのだろう。魔族側の野望、そして人類側の生存への執念。互いに一族の命を懸けた戦いを続けている。

「一族の為に。人間達の世界の為にと戦い続けたが……戦争は終わらず失い続けていくだけ。気が付けば知人なんていなくなっていたよ。皆、戦火に焼かれてしまった」

 終わりが見えず、その野望と執念に縛られ続けたが故に、世界のルールは歪み切っていた。そのルールに縛られた全ての人間が、関係もない魔族が、争いの戦火に飲み込まれてしまう地獄の世界が続いていた。


「もう嫌だ……! あと何度この目にしなければならないのだ……!」

 巨人は頭を抱え、恐怖に打ちひしがれる。

 本来であれば戦いに適した身柄であるはずの巨人族。その見た目にそぐわない情けない姿であろうと泣き続けた。

「……ロード。俺もお前と同じ気持ちだ」

 その優しい心に灰銀の騎士は否定の色を見せない。

「俺も、お前のような心を持つ魔族は、戦うべきではないと思っている」

 彼もまた、戦いの歴史を見続けてきた。

 戦う必要もない人間が外へ駆り出された。そして、意味もなく死を遂げる者達を見てきた。

「こんな戦い。もう嫌だ。だから私はこの世界から逃げる事にする」

 ここにいる騎士と巨人の二人と同じように手を取り合い、ひっそりと戦いから息を潜めて生活を続ける者も、その目で見た。

「ロード。一緒に来てくれ」

 しかし、戦いを好まぬ者達は異端者として狩り殺された。人間は人間の手で、魔族は魔族の手で、戦争のルールを知らぬ者達こそが愚か者であるとその首を刎ねられ続けたのである。無慈悲な掟によって。


「……同士を集めよう」

 巨人へと。恐怖で身をかがめるその男へと騎士は手を伸ばす。

「そして、我々だけの世界を作ろう……手を貸してくれ」

「友、よ」

 巨人は巨大すぎるその手をそっと伸ばす。

 人差し指だけを突き立て、そこへ騎士は両手で答える。

「しかし、どうするのだ。我々だけでどうにかなるものなのか……」

「少しずつ、微塵でもいい。我々だけの同盟を作り上げる……私もロードも場数を踏んだ手練れ……諦めさえしなければ、どうにかなるはずだ」

「世界はそうも簡単じゃない。君にも分かるだろう」

 臆病者のロードはその手を握りつつも、未来なき不安な後先に怯え続けている。

 ロードとこの騎士は確かに長い歴史を辿り、場数を踏んできた。故に理解しているのだ。言葉や根性だけでどうにかなるのなら、戦争なんて起きやしないのだと。


 やれるだけのことをやってみるしかない。

 この騎士は、ただそれだけの想いを噛みしめている。


『手伝ってあげようか?』


 混迷に飲み込まれつつある二人の元に、その姿は不意に現れた。


『君達の望む世界の創造の手伝いを』


 中性的な浮世離れの少年。

 この世の者とは思えない輝かしいその存在は、光を纏った剣を手に微笑みかけていた。

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