PAGE.407「巨人の王」
王。それはまたも現実離れした背丈の人物。
風貌。皮膚。そして顔のあちこちで見受けられる歪み。そこから感じ取れるにこの王も“魔族”であることは伺えた。
圧巻。またも想定外の風景にラチェットは目を見開いている。
ここまで連続で来られると心臓が持ちこたえられるかどうかも分からない。固唾をのんだ回数もこの街に入ってから何度目であろうか。
「……随分と若い」
客人として冷静を装うとしても身震いを隠しきれていない彼らを前に王は微かに笑っている。
「よく来てくれた。我が名は、ロード」
自己紹介。巨人の王は名を告げる。
「話は聞いている……ワタリヨからの使いであるという事も全てな。汝らが聞こうとしていることも全て把握している」
見た目通り歳を重ねている事もあってか、彼からすれば赤ん坊も同然のラチェット達の心を見据えているような発言であった。そして彼らの驚愕もまた、外から来た人間故に仕方のない事だと配慮しているようにも見える。
「だが」
王の表情が変わる。
「だが我々は、君達の問いに答えようとは思わない」
それは否定であった。
この場へ訪れた事には徒労であったことに気遣いは見せている。
「お前達外の世界の都合だ……我々は介入するつもりはない」
外の世界。そこへ介入するつもりもない。
この世界への干渉をこれ以上避けては貰えないかと告げるようであった。
「何故君達が我々の結界の中に入ってこられたのかは分からない。何故、我々の世界に足を踏み入れることが出来たのかも知らない……考えられるとすれば、君の言った事が事実であるからなのだろう。外からの介入を許さぬはずの結界を外から破った者……“ワタリヨ”と同様、次元の壁に縛られぬ存在であるのなら」
それはラチェットの事を指しているようだった。
魔族界戦争当時の精霊皇やワタリヨと同じ存在になったという事なのだ。
故に、特定の結界の影響も……次元の影響を受けることもない。この結界の存在を発見することが出来たのもラチェットの手によるものだと王は告げた。
「この街の存在を悟られるのも時間の問題だった。故に招いた。だからこそ面を向いて告げたかったのだ……これ以上、この地へ足を踏み入れることも、干渉することもやめてほしい」
立ち上がった王は直球で告げる。
「即刻この場から立ち去って欲しい」
二度とこの場へ現れないでほしい。
退去の命令。それに対する批判も認めない姿勢だった。
「待ってください! それだと困るんです!」
「君達がやってきた理由。それはきっと外の世界で何か起きているのだろう。争いの戦火……最悪の場合、新たなる魔族界大戦の場合も」
「それを分かってるのに何故!」
「……外の世界の話だから、だ」
ルノアの必死の叫びにも王は冷め切った言葉で対応する。
「この世界は……外の掟には縛られない。自由の為に生きていくと決めた者達が集う楽園だ……それを壊すような真似は許さん」
そこから数を持って仕留めることも可能ではあった。
しかし、この王は争いをこのまない。故に頭を下げてくる。
「頼む。関わらないでくれ。我々を、君達の戦火に巻き込まないでくれ」
外の世界ではきっと大変な事が起きている。
だが、その戦いにこの世界を巻き込まないでほしい。幸せに生きる民達に地獄を与えないでほしいとの必死の願いだった。
聞く耳を持つ様子は見せない。これ以上の言葉はなんであれ通すつもりはないという姿勢を王は見せ続ける。
これ以上の会話は困難か。空気が重くなっていく。
文字通り、手詰まりの状態になりつつあった。
「それは、出来ない」
王の願い。それに対し退かない姿勢を見せたのはラチェットだ。
「それなりの事情がある……王自らが頭を下げてまで守りたいものがあるんだとは思うサ」
否定する。
事情があるのだとしても……彼にも譲れないものがある。
例え、冷酷非道と蔑まれようと。この王が守りたいものがあるように、ラチェットにも守り通したいものがある。
「俺達も一緒だ。守りたいものがあるためにこの場へやってきタ」
「それは……魔族から人類を救うという義務か。それとも一方的な秩序のためか。そんな粗暴な理由で我々を巻き込むのか」
「……違う」
戦いには巻き込む結果にはなる。その戦いに片足を突っ込ませることになるかもしれない。これだけの結界を張ってまで、別の世界を作り上げる。この世界で生きる人間達はきっと争いを好まぬ者達が集まった平穏な世界。
この王もその一人。
戦いたくないという理由は……分からなくはない。
「俺は義務を守るためでも、世界の秩序を守るために戦ってるんじゃなイ……仲間を、“友達を助けるため”にこの世界を守っている……! だから、戦っていル……ッ!」
彼が戦う理由は仲間の為だ。
「だけど、今俺達には手がないッ……勝手な事情でこの街を巻き込むことになるかもしれないのは承知だッ!」
ラチェットは頭を下げる。懇願、執念。その一心で頼み込む。
「だけど、頼む……ッ! 話してくれ……ずっと、ずっと苦しんできた友達がいたんだ……戦い続けてきた仲間がいるんだ……そいつらが消えてしまいそうなんだ……ここまでやってきたのに! あと少しなのに終わりだなんてそれだけは嫌ダッ!」
叫ぶ。
心の限り、ラチェットは想いをぶつける。
向こうが願いをぶつけてきたのと同じように。
ラチェットも、心からの願いを王にぶつけた。
「友達を、仲間を守りたいんだ……頼むッ!!」
「……ッ!!」
ラチェットの叫び。その背中。
ナーヴァはその姿を、凝視する。
「人の子……」
王もまた同じだった。
少年の叫び。それは一方的、あまりにも自分勝手な事ではある。この国の事情を気遣ってこそいるが、結局は知ったことではないと言わんばかりの叫びではある。
しかし、そんな姿に___
彼等は……“何かの面影”を乗せるような表情を浮かべていた。
「ラチェット……」
そのためにだけに戦ってきた。そのためだけに運命を受け入れた。
コーテナはその想いを知っている。故に、彼の叫びには胸が焼き付くような気持ちになる。
「ワタリヨのペンダント。それは本物であるかもしれない。しかし、君達が問おうとしていることは……そうも簡単に外の世界へ干渉させるべきことではない」
ラチェットの言葉。それに心を打たれたのかは分からない。明らかにさっきとは違う態度。押し付ける様子とは打って変わって萎らしい態度を取り始める。
態度こそ変われど、まだ協力をする様子は見せない。
「一度、干渉している者がその場にいるとなれば、話は別だ」
その事情に干渉した経験のある人物。
王・ロードは、ただ一人口を閉じたままの少女へと目を向ける。
「そこの少女よ……お主の名を聞かせてほしい」
名前を名乗れ。
半魔族の少女・アタリスへと、王は問いかける。
「……私は、」
アタリスは命令通り、その名を名乗る。
「私は“アタリス・メテス・ヴラッド”。誇り高きヴラッドの実の娘だ」
フルネーム。聞いたことのない名。
「“メテス”……そうか」
その言葉を耳にした王は玉座に腰掛ける。
「君は本当に、あの男の娘なのだな……」
アタリスの父・ヴラッド。
「懐かしいな。かつてこの国へやってきた男が……我々の友の娘がこうして現れるとは」
その人物本人とこの王は面識があるようだ。そして、ヴラッドはこの世界に干渉した経験がある……繰り返し続く事実に、その場の空気は一転し続ける。
「少年の覚悟。メテスの名。我らは君達の問いに答える必要があるようだ」
問いに答える。
王はそう約束し、結論を口にした。
「精霊皇の剣は……この街にはない」
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