PAGE.381「地獄の門(後編)」

 

 剣にヒビが入る。

 いつか、この男は言っていた。“レプリカなどでこの身体は斬れない”と。

「お前の中にいる精霊皇を出せ。人間は消えろ」

 当時使っていた剣と、今、ラチェットが握っている剣は違うもののようだ。当時の代物に近づけたとしても所詮は模造品。

このまま正面からの戦いを続けても、盾としての機能すら出来ない剣は破壊され、この身を真っ二つに両断されるだけだ。


「だーから……」

 ラチェットは歯ぎしりを起こし、腰を踏ん張る。

「もういないって……言ってるんだヨ……」

 悲鳴を上げていた拳に更に力を入れる。

「託して勝手に消えて受け入れたんだよ……俺はッ!!」

 顔に張り付けにされた精霊皇の仮面が輝きを放つ。


「……ほう」

 サーストンはほんの一瞬、身を震わせる。

 剣が再生している。とはいえ、それはほんの少しだけ、結局はその場しのぎでしかなかったことも即座に理解できる。

「少しだけ、侮ったか」

 ……彼が反応したのはそこではない。

 ラチェットの顔。その瞳。


 人間でしかないはずの彼に……“精霊皇の面影”を見てしまったからだ。


「かはっ……!」

 回避が間に合った。剣の硬度を再度高めることをしなければ、そのまま剣と一緒に真っ二つに叩き斬られていたのは間違いない。

 手早く剣を手放し、無理やりにでも体を後ろへと追いやったのだ。サーストンの一振りは寸前で彼の体を掠っただけで不発に終わる。


「……」

 サーストンは一歩ずつ、ラチェットの下に迫る。


 無言で剣を構える。

 トドメを刺そうとラチェットの元へと駆けて行った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 魔導砲防衛作戦開始は相応の時間が経過した。

 チャージにはまだ時間がかかる。妨害こそ防げてはいるものの、あの巨大ワームの猛攻にエージェントたちが持ちこたえるかどうかの方が心配になり始めていた。


「日に日に力、増している。脅威」

 イベルは魔導砲発動準備にかかっている王都学会の塔付近で待機している。どの半魔族よりも魔力とオーラに敏感の彼女だ。城壁の向こうで暴れているクーガーの気配が圧力となってその小柄な身に押し寄せる。

「イベル様」

 集落で一人待機しているイベルの元へフェイトがやってくる。

「地獄の門と思われる魔族との戦闘が始まったとのことです」

「……理解、した。フェイトも加勢、してあげて」

「かしこまりました」

 イベルからの命令に素直に従うフェイト。ずっと彼女の近くにいたエドワードもイベルからの指示を受け、敬礼をする。


「……ッ!」

 瞬間。その途端。

 イベルの顔色が変わる。

「どうしました。イベル様」




「風。怪しい風……風を、南に感じる」

「!!」


 イベルの言葉。

 風。この言葉にフェイトの表情が豹変する。


「そこに来ているのか……」

 フェイトは駆けだす。

「奴が……“アイツ”がッ!!」

ラチェットとコーテナが戦闘を行っている区域とは全く逆の方向へと。

「フェイト!」

 エドワードも彼女を追いかけ走り出す。エージェントの命令に対し従順に従う彼女らしからぬ行動。その嫌な予感の正体に彼も感づいてはいた。

 風。この二人にとってその言葉は“深く胸に刻まれた痛みの象徴”だ。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 一歩ずつ。また一歩ずつ。

 グレンの住民と思われる二人の男女が学会へと迫る。

「あの玩具は破壊しておかないとね」

 手を伸ばす。

「これで盤面は大きく偏ることになる。人間の死と悲鳴が世界を変える」

 風。少女の腕に風が集い始める。健やかさも涼し気も感じない、邪悪な風が。


「そこまでだ」

 そんな少女の元へ……剣が向けられる。

「私はお前を忘れやしない。ようやくお前と会うことが出来た……!」

「ふふっ」

 光の剣。フェイトの魔衝。紛れもない殺意を乗せた剣が謎の少女の首元へ。

「元気そうだね“フェイト”」

 風をしまい、そっと少女は振り向く。人間のそれとは思えない、邪悪な笑みを浮かべながら。


「息災だな……“コーネリウス”ッ!!」


 見覚えのある顔。

 一年半たっても、まだ人間としての面影が残る“友”の名を、フェイトは恨めしそうにつぶやいた。

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