PAGE.382「邪悪な風となった少女(前編)」


 風が吹く。肌触りの悪い風だ。


 殲滅兵器の破壊を目論んでいた謎の二人組に元に辿り着いたフェイト達。

 フェイトは深追いをしなくとも分かった。謎の人物の右手から放たれようとしていた不気味な魔力……そこへ微かに残る“彼女”の魔力で、その正体に気付いていた。


「……少し、老けたかい?」

 コーネリウス。当時と変わらないその表情。

 友達へと微笑むその顔。ただ一人の友を優しく見守っていたその表情は今も変わらずにフェイトに向けられている。

「そうやって強張っていると、すぐにお婆さんになってしまうよ?」

 しかし、いつも見せていたその微笑みは再会の挨拶を終えた直後、同じ人間へ向けるものとは思えない邪悪な笑みに、人間を嘲笑う悪魔のような嘲笑へと変貌した。


「コーネリウスゥウッ!!」

 久々の再会に彼女の胸はこの上ない感情へと支配された。

「ようやくだ! ついに、この時がッ……!!」

 数年ぶりの友との再会への喜びへの情熱なのか。否、そのような感情は最早、今のフェイトの心には存在しない。


 怒り。憎しみ。人間一人が抱え込むにはあまりにも重すぎる絶望的な憎悪。

 その瞳には慈愛も救済も何一つない。フェイトがコーネリウスへと浮かべるただ一つの感情は“殺意”のみ。

「数年だ。この憎悪の為だけに私は生きてきた……私の全てを。私の全てだったものを壊したお前だけが忘れられなかった!!」

この数年間で大きく肥大化し、体を支配するほどに成長しきってしまった歪な感情であった。

「覚悟しろ……コーネリウスッ! 私を嘲笑った裏切者ッ!!」

 フェイトは自身の剣をより大きく具現化する。

 彼女の魔衝。フェイト特有の魔力によって構成される光の魔剣。あらゆる魔を引き裂き、この世からその魂を引き離す殲滅の刃である。

 それをかつての友……裏切り者へと容赦なく振り下ろす。


「ははっ! 感情的にもなったじゃないか。以前と比べてかなり成長したじゃないか……実に君らしくない」

「貴様ァッ!!」

 コーネリウスの言葉の一つ一つがフェイトの心理を逆撫でする。燃え上がる怒りの炎にこれでもかと過剰に油を注いでいく。

「死を晒せ……お前の死をッ!!」

 だが、実にコーネリウスの言う通りの状況だった。以前までは自身の感情をここまで表に出すような人物ではなかった。


「“完璧”の、名が泣くよ……フェイト!」

それは彼女の目指す“完璧”という世界から離れてしまうもの。コーネリウスはかつての友の変わり様があまりにも哀れに思えていた。

そして可笑しくて仕方がなかった。これが笑えずにはいられなかった。数年越しにあったフェイトは成長したのかと思えば、より子供らしく退化したように思えた。


「感情。それは人間の体を無造作にしてしまうもの」

 コーネリウスはかつてのフェイトの栄光を謳う。

「感情。それは人間の体を不規則にざわつかせるもの」

 コーネリウスはかつてのフェイトの名誉に傷をつける。

「感情。それは人間の体にいらない制限を与えるもの」

 コーネリウスは今のフェイトの“感情の器へ追い打ちをかける”。

 フェイトは自分の意思は表に出そうと、感情だけはその胸の内に制限し続けていた。だが、どうだろうか。今はこの有様だ。

 感情の赴くままに刃を振るっている。組織の命令からでもなく、家柄の問題であるが故の行動でも何でもない……自分の中で芽生える意思の赴くままに牙を剥いているだけだ。


「実に残念だよ。君と話すことはやはりなさそうだ」

 コーネリウスは彼女の攻撃を軽やかに回避する。まるでダンスをしているようだ。

「やはり君には理解何て出来やしなかった」

 フェイトの攻撃。感情に身を任せただけの攻撃。

「どれだけ大人びようが……やっぱり君は“子供”だ」

 その剣捌きは間違いなく以前と比べて上達している事だろう。一般の王都騎士はおろか、幹部級に匹敵するのもそう遅くはない。学園のトップワンと言われているだけの実力は開花し続けていた。

 しかし、依然と比べて決定的なものが欠落していた。


「答えろ……答えろッ……!」

 それは冷静さ。

 その刃には、彼女の強さの一部であった最大のパーツが欠落してしまっていた。


「答えろ! 答えろッ! 答えろォオッ!」

 叫び。ただ叫びながら剣を振り下ろし続ける。

「何故寝返った! 何故このような真似をした! 何故魔族の味方となった! 何故……“私を裏切った”!!」

 魔力が増していく。フェイトの右手に目が眩むほどの光が迸る。

 更なる圧を込め、更なる情を押し込め、鋭さと大きさを増していく剣で一閃する。

「裏切った?」

 フェイトの一閃を回避する。


「違うなフェイト……」

 光の刃を頬に掠め。コーネリウスは嘲笑をやめなかった。


「私は最初から“君達と友達になった覚えはない”よ」

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