PAGE.380「地獄の門(前編)」


 城門前。入口手前で待ち構えていたラチェットが立ち上がる。

「……人間には用はないんだがな」

「だから言ってるダロ。精霊皇はもういねーんダ」

「無理やりにでも引き出す」

 聞く耳持たずとはこの事かサーストンは刀へと手を伸ばす。人間としての彼・ラチェットという存在には一切の興味を向けようとしない。

 もう、アルスマグナはこの世界に存在しない。彼の中にあるのはアルスマグナの力のみ。彼の魂は既にこの世から消失してしまっているのだ。呼び出すことなど出来るはずもない。


「話の通らねーやつダ」

「俺のところへ来い……精霊皇!」

 刀を手に、ラチェットへと迫る。

「……!?」

 だが、その瞬間だった。

 足が動かない。蛇がとぐろを巻くように“真っ黒”の何かがサーストンの足の自由を一瞬だけ奪っている。


「“極光”。作動」

 虚空が歪む。殲滅の光を放つ砲台が上空からサーストンへと向けられる。チャージ完了。ありったけの一発をぶちこむ。

「おおっと!」

 サーストンの自由を奪っていた何者かが慌ててその場から撤退する。

 中庭は光に飲み込まれる。

 ラチェットの体は精霊皇の加護により光の影響を受けることはない。真っ白の閃光の中、彼はその場でただ一人、門の前から動くことはしない。


「……ちっ」

 予備で貰っておいたポーションを口に含む。

「一発撃っただけでコレだからナ……!」

 ただでさえ貴重なのだからあまり無駄遣いは出来ない代物なのであるが、すぐさま失った分の魔力を補給する。ポーションの残り残量も考えて、精霊皇の最終兵器級を呼び出すことが出来るのはあと二回程度だ。


 体が痺れる。まだ、アーケイドでの戦いで酷使したポーションの反動が残っていたようだ。回復しかけていた体が悲鳴を上げる。精霊皇の加護をもってしても再生が追いつかないようだ。


「……俺に光は通じない」

 光が晴れる。たった一振り。サーストンの刀の一振りが光を打ち消した。

「人間は知能だけが取り柄のはずだがそれすら忘れたか」

「いいや覚えてるヨ……あらかじめ、試してみただけダ」

 サーストンの体は鋼の精霊の加護によりあらゆる魔力を弾き飛ばすふざけた肉体を持っている。しかもそれは、精霊皇の最終兵器の一つである極光すらも跳ね返してしまうようだ。


「キサマがやっているのは精霊皇の真似事に過ぎない。本来の奴の力なら俺の体に傷をつけられただろうが……」

 いや、正確には“ラチェットが放つ極光”は効かない。サーストンを仕留めるには出力が足りていない。

「無駄な事だ。お前の光など、精霊皇に遠く及ばない」

「チッ……」

一人の人間でしかないラチェットの魔力では進撃を止めるだけで限界。その程度の威力ではサーストンの体に傷をつけることは勿論、押し返す事すらも敵わないようだ。


「小細工に頼る地点でたかが知れているか」

 サーストンの動きを一瞬とはいえ止めた張本人。


(あれをまともに受けて傷一つないなんてマジで化け物かよ……!?)

 クロだ。身を潜めて彼の動きを一瞬であれ止めるチャンスをうかがっていた。作戦自体は成功し、数秒間だけサーストンの足を縛り上げることは出来た。

(これが地獄の門……アーケイドにサーストン。あんなのがまだ沢山いるってんだろ……ヤバいですまねぇぞおい……!!)

 不意打ちは成功といえど、ダメージを与える事には失敗。サーストンは今も尚、涼しい顔をしてラチェットを睨みつけている。

 クロレベルの魔法使いではサーストンには敵わない。しかも存在を悟られてしまったのならば最早抵抗のしようがない。木陰でクロはただ、ラチェットの無事を祈るばかりである。


「……精霊皇の記憶。サーストン。お前の体は魔力に頼らない“鋼”を持ってしなくては通らないとナ」

 アルスマグナの力と一体化する際、彼の記憶の一部がラチェットの記憶に上乗せされる。その際に浮かんできたのは魔族界戦争の記憶だ。

 サーストンを“討伐したと思われる瞬間”が頭の中によぎる。

(あらゆる魔力を弾く体。あの鋼鉄を越える鉱物がこの世にあるってのカ……?)

 胸に巨大な傷を開き、崖の真下へと飲み込まれていくサーストンの姿……彼の腹部に巨大な傷を作ったのは紛れもなくアルスマグナ本人であり、その手にあったのは魔力一つ込められていない鋼であった。

 肉体強化こそ使っていたが、間違いなくサーストンを倒してみせていた。


 その映像が浮かぶからこそわかる。

 この魔族の弱点。そして___


「……人間などが、この身体に傷をつけると?」

 この魔族が、“アルスマグナに執着する”理由も強く理解できる。

 強き者と戦う。それだけを願って戦い続けた悪魔。全てが弱者と思っていたその矢先に、敗北の星印をつけてくれた戦士が現れたのだ。

 それだけの強さを持つ者との再戦を望む。そして、かつての敗北のリベンジを果たす。千年近くの長い年月故に肥大し続けた執念が、それだけの距離がありながらも体に伝わってくる。

「傷をつけないといけないんでナ……勝たなきゃ、いけねーんダヨ……!!」

 精霊皇が使用していた剣を出す。

 剣術に関してはホウセンやサイネリアから嫌というほど叩きこまれてはいる。一応、精霊騎士団レベルではないが、その配下の騎士団に所属できるレベルには成長したとお墨付きは貰っている。


「その夢は捨てろ、人間。お前では無理だ」

 しかし、相手は精霊騎士団ですらも敵わなかった剣術をわきまえている怪物だ。たった一年半剣を握っただけの青臭い少年が勝てる相手ではない。

「簡単に捨てられるカ!」

 だが、それでも立ち向かう。両手で握った剣で正面から襲い掛かってくるサーストンの一振りを受け止める。


(うぐうぅ……!?)

 重い。巨大な鉄骨一つをハンマー替わりで振り回した程の威力とかそんな次元のレベルではない。

 腰が悲鳴を上げる。腕がちぎれそうになる。ほんの一瞬、骨が砕ける音さえも聞こえてしまい頭が真っ白になってしまう。


「おとなしく、精霊皇を出せ」

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