PAGE.379「一発逆転の王都防衛包囲網(後編)」


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「始まってしまったね」


 微かに聞こえるのは騎士達の掛け声と、大地が揺らぐ怒号の音。

 夕暮れ時という時間がこの街へ更なる不穏な空気を感じさせる。


 そんな街並みに……二人の男女が歩いている。

 衣服からしてグレンの住民。既に避難所へ向かったはずである住民の一部が何故か、この人気のない場所へと訪れている。


「さぁ、人間にどこまで出来るかな」

 その立ち振る舞いはまるで舞台役者のようだった。

 彼に振り回される両腕。バレリーナのようにくるりと回る少女の髪が静かな風になびいて揺れている。


 空を見上げると。

 一筋の稲妻が空で暴れまわっていた。


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「やぁっ!」

 黒い炎を纏ったコーテナは絶え間なくマックスへ追撃をかける。

「……なるほど、支配の力。確かに扱えてはいるようだ」

 コーテナが纏う黒い炎。魔王の力には他の魔力にはない特殊な効力がある。

 まず、人間すべてに対して非常に有毒な魔力であるという事。掠っただけでも精霊騎士団に重傷を負わせた力だ。


 ……この魔力、人間だけではなく“魔族相手”にも有効な力だ。

 如何なる魔族。それが例え魔王直属の幹部であろうとも“一部魔衝の無力化”を可能としているのだ。


 この力は全ての者を屈服させ、翻弄し、支配する力。その魔法の標的は世界だけではなく、あらゆる次元を超えて制限などはない。体を電流に変えて姿を消し続けるマックスを相手にしても、その拳を確実にマックスにぶつけることが出来ていた。


「だが、戦闘能力自体は浅いな。遠く及ばない」

「ぐっ……!?」

 だが、生身の戦闘能力はマックスが断然上であった。

 精霊の力。そしてそれに相当する魔力を持っているだけでは魔王直属の幹部になど選ばれることはない。それだけの魔力、それを扱い上に立つ強さを持つ者だけが地獄の門に選ばれる資格を持つ。


 コーテナの魔力はもとより高い。そこに魔王の力が加わるとなれば精霊騎士団も手を焼く強さとなるであろう。魔力の勝負では“地獄の門”や精霊騎士団と良い勝負であったかもしれないが、肉弾戦による戦闘であれば熟度も浅い小娘などに送れるはずもない。

 第一次魔族界戦争より生き長らえている魔族。それだけの強さがこのマックスという魔族にはあった。


 地上に吹っ飛ばされようとも、コーテナは瞬時に立て直す。続けて上からの激しい追撃。コーテナはその場から慌てて回避する。


「どうした。魔王の娘がその程度なわけがないだろう」

 マックスは静かに姿を現す。

「魔族であることを受け入れろ。魔王としての力を解き放つのだ」

「コーテナちゃんは……魔族なんかじゃないっ!」

 ルノアは熱量を最大出力にした大剣をマックスへと振り下ろした。


「……小うるさいぞ。ノミめ」

 剣の一撃は当然、マックスには届かない。一筋の電流へと姿を変え、そのままルノアの体めがけて飛んでいく。

「うっ、あがぁっ……!?」

 体中に駆け巡る数千ボルトの電流。ほんの一瞬に体へ駆け巡った電撃にルノアは思わず意識を失いかける。体も一瞬で麻痺を起こし、フラつき始める。大剣を杖代わりに地面に突き刺し、何とか耐えうることが出来た。

「ルノア!」

「大丈夫……まだ、いける」

 フラつきながらもルノアは声をかける。杖代わりに使っていた大剣には漆黒の電流が迸っていた。

「耐えたか。だが偶然だろう。先にノミを潰しておくか」

「させるか!」

 再びルノアへ襲い掛かろうとした電流に殴り掛かる。激しい攻防戦。刹那の油断が命取りになる戦いが今も続いていた。


「くそっ、俺達も何か援護出来ることは……!」

 離れた位置でスカルは舌打ちをする。

「私の爆弾じゃぁ捕まえる事も出来ないだろうし、何より街が吹っ飛んじまう。アンタの能力も打撃は誤魔化せようが、感覚までは消せないんだろう? 私たち、完全に足手まといじゃないか」

「くぅ……ブチまけた話、その通りだぜ……!!」

 スカルとオボロ。自分たちの無力さを前に唸るしかない。

 あの化け物に勝つことは出来ない。目の前で戦い続けている少女二人に任せないといけない状況にスカルは年長者として悔しく思う事しか出来なかった。


「ところで、ルノアは大丈夫なんだろうね」

 ボロボロになりかけているルノア。あの状況からして、スカル達と同様荷物にしかならないために戦場に立たない方が良いと思われるが、今もああして反対を押し切って戦闘を維持している。

「……何なんだい。アンタのいう“最終兵器”って」

 最終兵器。気になる言葉をオボロは呟いていた。


「脆弱な……」

 マックスは再び電流へと姿を変え、空へと飛び立つ。

「塵に変えてやる」

 閃光。目にも止まらぬ速さで電流がルノアの頭上へと向かってくる。

 あれを正面から食らえば、あっという間に体全体がショックを受け機能が停止する。そもそも、あの電流の熱量に耐え切れず体が吹き飛んでしまう。







 しかし、動かない。

 ルノアは剣をそっと構えるだけ。




「……コーテナちゃん。お願い」

「分かった!」

 コーテナが炎を放つ。






 マックスではなく“ルノア”に。






「何……?」

 突然の不明瞭な行動。こちらに飛んでくるはずの炎が何故か味方であるルノアに向けられていることにマックスは困惑する。

 しかし、突撃はやめない。まずは口うるさい人間を先に消しておけば耳障りな音も多少は消えてなくなる。トドメの一撃が彼女に向かって牙を向け続ける。


「吸収、完了」

 炎を浴びた少女。人間の体に有毒なはずの炎を受けたルノアはピンピンしている。

 彼女の腕には……“漆黒の炎”を帯びた大剣。


「!」

「くらえぇっ!」

 電流に向けて振られた大剣。

 “魔衝”を無力化する炎を帯びた大剣は……電流となったはずのマックスに確実な打撃を与えてみせた。

「ぐっ……!?」

 大剣に触れた途端、姿が元に戻り、マックスの体は一件の民家に吹っ飛ばされていた。レンガ造りの壁はボロボロに崩れ落ちる。


「……魔族退治のために作られたこの機能。使うことはそうそうないかなって思ったけど」

 黒い炎、そして黒い電流を一部帯びたままの大剣。

「使えるよ! これ!!」

 人間のそれとは全く違う魔力が、ルノアの剣を駆け巡っていた。


 ___魔剣に集う魔力。

 それは剣にセットされている魔導書の本来の能力。

 ほんの時間を過ぎると、魔道剣に纏われていた黒い炎と雷は一瞬で消え去った。


「なるほど」

 民家のガレキの山から、マックスは静かに起き上がる。

「“魔力吸収の剣”か。受けた魔法の力を剣に吸収させる……俺の魔力はどうとでもなるが魔王の炎までも吸収するとは」

 ほんの一瞬の間、ルノアの剣は黒い炎を纏っていた。

 本来、イナズマと化したマックスを捕らえることなど出来ず、仮に触れたとしても肉体が感電するのみで全くもって意味がない。仕留めるのは不可能なのだ。


 だが、黒い炎を纏った武器だけは別だ。

 電体化を解除し、元に戻ったマックスへ打撃を与えられたのもルノアの剣に仕込まれたもう一つの兵器のおかげである。

 だが、致命的なダメージを与えることは出来なかったようだ。

 

「これ以上邪魔をされては困る。小娘両名」

「!」

 ルノアは再び剣を構える。


「……負けない」

 コーテナも両手に炎を纏う。

「負けないよ! ボクは!」

 電流を纏うマックスへ、二人同時に飛び掛かった。

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