PAGE.378「一発逆転の王都防衛包囲網(前編)」


(……始まったか)

 時計塔の上。一人散歩をしていたアタリスが立ち上がる。

 どよめき始めた王都。その騒乱の予感に心が躍り始める。

 軽く柔軟運動の一つでも始める。何処へ駆けだそうかとその身の内は燃え盛り始めている。


「では、行くとしよう、」






『ダメだ』

 時計塔から飛び降りようとした直後。

「……?」

 アタリスはピタリと動きを止める。そして、一人静かに脳裏へ右手を添える。

『このままでは、駄目だな』

“声”だ。声が聞こえる。

『今のままでは……勝てないよ』

 エコーが掛かったかのように聞こえる声。

 まるで誘いこむように響く声。

「……むむ」

 この声の主が何なのか。

 アタリスは時計塔からその声を追うように飛び降りた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「騎士団は勿論の事、残りのエージェントと兵士達大半の戦力をあのクーガーの元へ流していったか……王都の守りはさほど固くはなくなった。精霊騎士団が数名と少数であれば、我々に分はあるだろう」

 王都の街中。異様な雰囲気の人影が佇んでいる。

 夕暮れ時の背景には全く似合わない全身黒づくめの男。住民たちは緊急避難所へと退避が終わり、人だかりも全くない風景の中一人。

「王都には相応の戦力がいる、か」

 誰の妨害も受けることなく、いつの間にか王都へと足を踏み入れていたマックスは上空を見上げる。


「……勝機を見出したという事か」

 学会の塔の頂上にそびえたつ巨大な魔道砲。

「あれだけの魔力を使えば、狂化されたクーガーであれ大打撃を受ける羽目になる。精霊皇の真似事とはいえ……人間め、とんでもない兵器を作り上げたものだ」

 魔導書百万冊分のエネルギーを使うのだ。王都から離れた位置にいようとも、その存在に感づかないわけがない。正体を探るべく足を踏み入れてみれば、随分と面白いカラクリを用意したものだと呟いている。


「手早く壊しておくに限るが、果たして」

 マックスは学会の塔へと足を進めていく。

「……待て!」

「行かせてはくれるかどうか」

 後ろから声が聞こえてくる。同時にバギーのエンジン音も。マックスは足を止め、静かに振り返る。


 その姿、魔王直属の幹部。最も近い位置であるマックスは当然知っている。

 当時と比べ背丈は若干伸びている。少し大人に成長したような印象も受ける少女が二人。その背にはバギーに居座る年長の男女が二人。


 胸のうちに秘めている漆黒の魔力。間違えるはずもない。マックスは印象深く、その少女へと視線を向ける。


「久しぶりだな。同胞」

「同胞なんかじゃないやい!」

 マックスの言葉を即座に否定。成長した割には精神面には幼さは残ってるのか子供みたく怒るコーテナ。隣にいたルノアもマックスの言葉を否定するかのように睨みつける


「あの魔道砲を破壊するつもりだな! そうはいかないぞ!」

 コーテナは身構える。ルノアも自身の魔道兵器である大剣を起動させる。

「……我らが王の器である貴様が人間の為に戦うか」

 マックスはふっと息を吐く。

「その体、魔王様の存在があってこそだというのに」

「……ボクは確かに魔王の娘なのかもしれない。この感覚、頭によぎった変な記憶も……その証拠なんだと思う」

 今も明確には復活していない記憶。朧気で凄くうっすらとしていて、だけど胸にどよめくその力と感覚は普通の人間とも半魔族とも明確に違うものだと断言できる。この力はきっと、皆のいう魔王の力なのだという事を理解している。


「だけど、ボクは魔王なんかじゃない。今のボクは……皆がくれたものなんだ」

 コーテナの体に魔力が備わっていく。

 解放する力は五割程度。以前のように八割近くの領域に踏み込もうにも体がもたないと判断されたために今はそこまでの領域は抑える。

「そういって、魔王様の力に頼る……脆弱であろう。人間の存在は」

 マックスの指がコーテナへと向けられる。

「脆弱でしかないお前は何れその力に呑まれることになる。我々の同胞などではないなどほざくことは許されんな」

「……否定はしないよ。確かにボクは弱い。だけど、人間が弱いなんて否定させない」

 手元に輝く黒い炎。


「弱かったボクを……どうしようも出来なかったこの力を制御できるように、二度と心が壊れないように強くしてくれたのは人間だ」

 ラチェット。そして仲間達。

 死に物狂いで助けに来てくれた皆。絶望から救い上げてくれた皆がいたからこそ、こうしてこの力を制御できるようになった。

「ボクの力でこの力を使いきってみせる。皆を守ってみせる」

「人間などに収められるはずがない。止めることなど出来やしない」

 その肉体に光が迸る。

 真っ黒の電流。マックスの体が一瞬で消え去ると、一筋の稲妻となってコーテナに向かって突っ込んでくる。


「人間などに支配出来やしない……我が魔王の存在は」

 マックスの姿が現れ、拳が向けられる。

「止めてみせる!」

 マックスの拳に対し、コーテナも拳を突き入れる。

「お前も! そして魔王も!」

 その場一帯に、電流の火花が飛び散った。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 王都。ファルザローブ城。城門を一人、魔族が通り過ぎる。


「……静かだな」

 大半の戦力がクーガーの相手に回った。とはいえ、人間にとって最後の本拠地であるはずのファルザローブ城に見張りはおろか、門番でさえもいないこの状況。

「だが、そこにいるのは分かる」

 魔族の剣士。ただ一人、精霊の力のみに体を託し、魔法という文明には手一つ出そうとしない戦士は不穏こそ感じはしないが、可笑しさは思い浮かべる。


 鋼の闘士。

 この魔族は“戦い”こそ、そこにあれば他はどうでもよいと思える奴だ。

 だがこの可笑しさには何とも言えないむず痒さを感じる。脳裏によぎるのは恐怖でも苛立ちでもなく、多少の困惑である。しかし中庭へ足を踏み入れた直後。その魔族は理解する。


「お前の仕業か、“精霊皇”」

 城の入り口を前に。段差に腰掛け座っている少年へと魔族は声をかける。


「……精霊皇はもういねーヨ」

 彼の言う存在は力を託し世界から完全に消滅した。数千年という長い歴史を生き、それどころか次元を超えるという無茶までやってのけたおかげで体は限界だった。

 彼の意思。いや、正確には彼が残した依頼『世界を救う事』。それを受け継いだラチェット。その約束は叶え方こそ彼個人のワガママはあるものの、成立した契約。


 ここにいるのは精霊皇ではなく、人間の少年でしかない。ラチェットは相も変わらず、人間としての形で見ようとしない。眼中にもない魔族を睨みつける。


「久しぶりだナ……名前は確か」

 精霊皇の記憶。そして、ラチェットの記憶。

 過去に数度、邂逅を果たした因縁を果たすべく、その名を口にした。




「“サーストン”」

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