PAGE.375「崩れ落ちたトップワン(前編)」
学園のトップワンと呼ばれた少女・フェイト。
その実力は数年たっても健在なのかエージェント部隊の制服を身に着け、以前と変わらぬオーラを放っている。その瞳を直視することさえも身が震えてしまう。
だが、その瞳は以前とは違う威圧を放っていた。
それは殺意なのか。あるいは軽蔑なのか……真意の底は掴めない。無機質な感覚はなく感情というものが見え隠れしていた瞳には明らかに以前とは違うものを感じる。
「……魔物と人間は分かりあえない。その結果が今の戦いだ。それが分からないほどお前も無知で無能なのか」
フェイトは今も尚、フローラにとらわれているルノアに対して、その希望はくだらないものだと言い下す。
「魔族は全て敵だ。人類を脅かす魔性。この世に存在してはならない障害でしかない。いますぐにその感情は捨て去るべきだと私は思うがな」
「そんなことはない!」
震えるルノアを前に、恐怖を浮かべながらもコーテナはフェイトに言い放つ。
「確かに全部の魔物と人間がわかりあうことなんて出来ないよ。そう簡単に出来るものじゃない……でも、イベルだって。ボクだってこうして皆と一緒にいられてる! 全部は無理でも、分かり合える人はきっと、」
「……黙れ」
フェイトの手のひらがそっと、コーテナの額に押し付けられる。氷のように冷たい彼女の手中が次第に熱を帯び始める。
「その見苦しい口を開くな。清々しく人間を語るなよ……かつて王都を滅ぼしかけた怪物が。今も尚、人類の脅威でしかない悪魔の根本が」
「……ッ!!」
怪物。王都を滅ぼした罪。
それは拭い去れることの出来ない濁った記憶。フェイトの言葉はコーテナの底に眠っていた恐怖を掘り起こす。
「今のお前は確かに安全かもしれない。だが魔王の器であり、その体中に魔王の魔力が籠っていることは永遠に変わりはない……また、面倒な事になる前に」
フェイトの瞳が更に尖っていく。
「ここで始末して問題はないだろう? 私は何も間違ったことは言っていない」
彼女の手中に魔力が集中。光の剣が具現化しようとしていた。
「そこまでダ……ッ!!」
間一髪。コーテナが手にかけられる前にラチェットがやってくる。アルスマグナの武器庫から取り出した拳銃の銃口をフェイトの脳天へと押し付けている。
「お前個人の怨念を俺の友人に八つ当たりでぶつけるのはやめてろよナ……!」
友人を手にかけられそうになって黙っていられるはずもない。フェイトの殺意は脅迫のための偽物なんかではなく、紛れもない本物の意思だった。今、少しでも警告が遅かったら、コーテナは間違いなく殺されていた。
「……っ」
コーテナは怯え、地に伏せていた。
今すぐにでもラチェットは引き金を下ろそうかと興奮している。かつて見せた怒り狂った表情をラチェットは浮かべている。
「二人共そこまで……この状況で同士討ちだなんて。笑い者にも程がありますよ」
異常事態に駆け付けたのは用事を終えたフリジオだった。
「フェイトもやめなさい。ここでコーテナを撃てばどうなるか……分かっているでしょう?」
怒りに身を任せた同士討ちをさせるわけにはいかない。貴重な戦力がここで欠けるのも結構な事だし、こんな光景を一般市民に見せるわけにもいかない。更なるパニックの要因になる。
「精霊騎士も堕ちたものですね。特に魔物退治の家名の御曹司である貴方が魔族を庇うなんて笑い話にもなりやしない。英雄の血を流したご先祖様達が貴方の失態を嘆いていますよ」
「ご生憎、団長様からのご命令でして」
あくまで自分の意思ではございませんとフリジオは一礼で告げる。
「……ふん」
フェイトは手中に集めた魔力を引っ込める。
「警告だ。魔族へ対する感情は捨てろ。お前達の抱くその甘え……その懇願は人間の敵であることを知れ」
人差し指はナイフのように一同へ向けられる。
「我々の害となる行動をとったその時……その首を切る」
謝罪らしいことは一つもしない。殺意を向けたことに対しても当たり前の感情であったと言わんばかりの表情を浮かべたまま、フェイトは背を向け去っていった。
「はぁっ、はぁっ……!」
殺されかけていた。それを知ったコーテナは多少の時差を持って体を地面につけていた。恐怖とはまた違う別の何かが少女の体から全ての力を奪い去ったのだ。
震えが止まらない。体に力が入らない。以前とは違いすぎるフェイトの後ろ姿にこれ以上にない戸惑いを隠せない。次第にコーテナの視界が掠れていく。
「コーテナっ、大丈」
ラチェットが彼女に寄り添おうとしたその時だった。
「……」
___また一人。
少女の前に、見下ろすように何者かがそこにいる。フェイトと同様、エージェントの制服を身に纏う人物がいる。
エドワード。
フェイトに寄り添っていた学園指折りの天才であった。
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