PAGE.376「崩れ落ちたトップワン(後編)」
髪の毛は以前と比べ七三分けを辞めたせいか御曹司のお坊ちゃまらしさはなくなっている。眼鏡は新しく新調したものになっていて、その人物が一瞬誰だか分からなかったが……その目つきと雰囲気から現れる懐かしさでコーテナは何者なのかを理解する。
エドワードだ。フェイトの許嫁で学園の天才と言われていた人物。
今も尚、彼女への愛情は変わらないのか……更なる嵐の予感にコーテナは固唾をのむ。
「……立てるか?」
と思いきや、そうでもない。
「すまない、悪気……はあったと思うが」
むしろ、彼は手を伸ばしてきた。力が抜けきり、立てなくなってしまった彼女を気遣い素振りを見せたのだ。
「……っ」
「どうした。もしや体を痛めたか?」
「……ううん、ちょっとビックリして。エドワードさんに素直に謝られたから」
「なっ!?」
思いがけない言葉を前にエドワードは腕を引っ込め、以前と変わらない敵意満々な表情を見せ始める。
「相変わらず失礼な奴だ! 一年半も修行をしていた身とは思えんな!」
いつもと変わらぬエドワードの姿。こういう一面を見た途端にコーテナは懐かしさを覚えたのか安心して笑みを浮かべ始める。
コーテナはそっと立ち上がり、申し訳ないとしっかり謝った。
「……彼女の事、許してほしいとは言えない。ただ友人として、彼女の許嫁として謝らせてくれ……本当にすまない」
謝罪一つ入れなかったフェイトに代わり、エドワードが頭を下げて謝罪をする。
その風景はコーテナにとってはやはり異様なものだった。エドワードは天才としての意地がありプライドも高い、以前はこうして頭を下げる人物ではなかったことも相まって、胸がざわめき始める。
「だが理解もしてほしい……その仄かな希望は、永遠に希望を見出す事も出来なくなる絶望に堕ちる種になり得るかもしれない事を」
謝罪を終えると、エドワードはそのまま去って行ったフェイトの元へと向かって行った。
「……全く」
フリジオは困ったように溜息を吐いた。
「ねぇ、もしかしてフェイトさん……」
あれだけの変わりよう。思い当たる節があるとしたら一つしかない。
「“コーネリウス”さんのことで、ああなっちゃったのかな……?」
もう、ここにはいない人物の名前。
その名前が飛び出した途端、フリジオは人差し指で頬を掻きながら苦笑いを浮かべた。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
あの事件から、コーネリウスが王都へ戻ってくることはなかった。
既に決定づけられた処刑を妨害した上に、生徒二名に騎士数名を攻撃。後に騎士数名は死亡が確認され、フェイトとエドワードも数か月は安静を言い渡される重傷を負ってしまった。
これだけの大罪を犯したのなら軽々しく戻ってくるはずもない。それどころか彼女の目撃情報はこの一年で一切やってくることはなく、クロヌスそのものから姿を消したものだと推測されていた。
クロヌスとは違う世界……“魔族界”に姿を消したのだろうと。
フェイトにとってコーネリウスはたった一人の友人であったことは有名である。彼女にとっては唯一無二の友人であると思っていた人物に裏切られたショックは相当に大きいものであることは間違いない。
……友に裏切られた傷は深いだろう。
しかし、それにしては彼女の憎悪は度を過ぎている。彼女の敵意は魔族どころか、味方であるはずの人間にすら向けられる一方なのだという。
フェイトは今、その文句なしの実力からエージェントに選抜された。しかし誰とも関わろうともせず独断で行動しているようである。
そんな彼女に無理矢理引っ付いているのがエドワード。それは許嫁としての使命なのか、愛しているが故に彼女を放っておけないのか……冷たくあしらわれながらも、ああやって彼女の下に赴いては彼女の無礼を代わりに謝っている。
あの一件以降、こうして変わり果ててしまった人間もいた。感情を殺してしまうほどに絶望へ追いやられた哀しき人間が。
「……コーネリウスさん、本当に敵なのかな」
話を聞き終えた後、自身を魔族界に連れて行こうとした張本人であるコーネリウスの事を思い出す。
学園での振る舞い、フェイトとの友情は目に見えて本物のように思えた……アレは全て本当に嘘だったのかと信じられないでいる。
「分からねぇナ。だが、もしも敵であったとしたならば……覚悟は決めておいた方がイイ」
仮にコーネリウスが人間の味方ではなく、敵なのであるとしたら。
「気持ちは死ぬほど分かるが、ナ……」
その時は牙を剥くしかない。彼女に戻る意思がないのであれば……また国を壊滅に追いかねない事象を招くかもしれないのだから。
「ルノアの奴は大丈夫なのカ?」
「うん。今、集落の医療室で安静にしてる」
フローラの事を否定され、助けることは出来ないという言葉を突き付けられ、精神的な苦痛を帯びたようだ。今は落ち着けさせるために医療室で様子を見てもらっている。
パニックには陥っていない。数十分もすれば落ち着きを取り戻しそうではあった。
「……お前もちゃんと休んでおけヨ」
「うん、ありがとう。ラチェット」
ベンチに二人。コーテナはラチェットに静かなお礼を告げた。
『敵襲だッ!!』
直後。王都全域に声が響く。
『あのワームが現れたぞ!』
巨大生物が再び現れた。
それを聞きつけた二人は、再び集落に向かって走り出した。
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