PAGE.374「色濃く迫る影」
魔族。クロヌスでは異端なる存在を探知できる騎士がいる。
イベルは魔族であるために同族である魔族の発見は早い……特別敏感な体質だ。故に、王都の中は勿論、その外に対しても魔族を探知することが出来る。
「……!!」
怪物と同等。あれと一緒の存在となると、アーケイドに並ぶ魔族が思い浮かぶ。
“鋼の闘士・サーストン”。
以前、精霊騎士でさえもどうすることも出来なかった魔族の剣士。精霊皇の力でようやく一歩後ろへ押し込めたがその程度……桁違いの強さを誇る剣士の存在にラチェットが息をのむ。
「魔族……もしかして」
ルノアも怯える様に体を震わせる。
恐怖……というよりは、何か別の感情がこもっている。
「本腰入れてきたっていうわけか」
あの巨大な怪物は前座に過ぎない。本当の攻撃がこれから始まる。本格的な王都陥落作戦が決行されようとしている。戦力の消耗も激しくなってきた頃合いだ。考えられない事態ではない。
「あのワームは俺達で引き受ける。その魔族とやらは……」
「俺達と精霊騎士団の仕事ってことカ」
それほどの戦力を王都に残しておかなければならない。
最後の切り札であるラチェット。そして魔王の力を秘めたコーテナ。この両二名はこの王都の外から移動することは避けた方がいいと予測する。
「あの魔道砲の護衛だ。上手くいけば、あの巨大生物に一泡吹かせてやれるかもしれない。ミスは出来ない」
見取り図を広げたまま、シアルは全員の眼を見る。
「……戦いが本格的に始まる。お前達には命を懸けてもらうかもしれない。王都の為に魂を捧げる覚悟がお前達にはあるか?」
エージェント。その中でも戦闘のスペシャリストであったこの二人は誰よりも死地へ赴いてきた。血なまぐさい戦場は勿論、人間一人足を踏み入れる事さえも困難な大地へと訪れたこともある。誰よりも地獄を見てきたシアルがこの言葉を口にすることの意味。
それは、彼が今まで見てきた地獄よりも更に困難なミッション。
その体がいくつあっても足りるかどうか。命を懸けるという言葉が、よりその重みを集った戦士達へとぶつけていく。
「おいおい、今更逃げようだなんて思ってもいませんよっと!」
アクセルは胸に手を叩き、ニカッと笑みを見せる。
「そうそう! 皆が戦ってるのに、私だけ指をくわえる見てるだなんて恥ずかしくてしょうがないからね!」
ロアドも王都のライダーの一族の誇りにかけて背中は見せないと断言する。
「皆様の役に。師匠の役に立つために今日まで強くなったのです。私の力、存分にお使いください」
刀と共に、二度と折れることのない意思を表明するコヨイ。
「生憎、死ぬつもりはナイ。絶対にナ」
何でも屋一同。そしてそれに同行するクロとルノア。そして、彼等との約束を守るために今日この日まで、自分を鍛え続けてきたコーテナ。
逃げるつもりはない。
最後まで戦い切って、そして生き残って見せるとシアルへ覚悟を示した。
「感謝する」
ブリーフィングは終了。あとは上からの命令が来るまでは待機。その間にしっかりと体を休める様にと各自休息が言い渡される。次の戦いからが本格的な火種となるだろう。
去っていく戦士達。まだ二十も超えていない若者たちがほとんど。若さが愛おしいその背中を見つめ、シアルは見取り図を片付ける。
「ミシェル」
「うん、分かってる」
シアルが口にするよりも先に、ミシェルは返事をする。
「……あいつらは絶対に守り抜くぞ。もう、誰一人死なせない」
未来のある若者達。自由のある素晴らしい世界の為に。
シアルとミシェルヴァリーは、最後の準備を行うために戦場となるであろう大地へと続く王都の門へと向かって行った。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
事実上、最後のブリーフィングが終わり、一同は街の中で休息をとる。
一年半前は商人達の叫び声や子供達の賑やかな声。何処を見渡しても平和そのものであると胸が安心する声ばかりで騒がしかったあの街。
今となっては、次の作戦に備えて次々と準備を始める兵士達。念のため、自宅から別の場所へと避難を開始する住民たちの悲鳴などで騒がしくなっていく。
戦争。誰もが恐れていた事態がついに始まってしまった。この光景が大人へと一歩近づき始めた少年少女の心に傷をつけていく。
「魔族、魔族……」
ルノアは大剣を握りしめたまま、怯えている。
「もしかして」
コーテナは彼女の震えの正体に何となく感づいていた。
「フローラのこと?」
「うん」
フローラ。それは王都で知り合った少女。クロよりも幼い見た目だった迷子の少女の事である。
彼女の正体は、魔族界戦争の史実にて記録されていた“水の闘士・ウェザー”。記憶こそなかったように思えるが、彼女はそのウェザーの一部であることが判明した。
苦しんでいた。彼女は自分がウェザーであるという事に怯えていた。
本来はこの世界を壊す為に生まれた存在。だが、その記憶を失っていた彼女はその運命に怯え、ただただ苦しんでいる姿を晒していた。
「……敵なのは分かってる。でも」
それは叶う夢かどうかは分からない。彼女の存在は魔族そのものだ。
「私、フローラを助けてあげたい」
そして妹のような存在でもあった。一緒にいた日数はそんなに長くはない。でも、いつか見せたあの無垢な笑顔は今もルノアの脳裏に焼き付いてて離れない。
彼女にその気がないというのなら。世界を壊したくないという願いがあるのなら。
運命から逃げたいというのなら、せめて助けてあげられないかと願いを口にした。
「……助けられるよ、きっと」
コーテナは怯えるルノアに声をかける。
「だって、私もこうして皆と一緒にいるんだもん。大丈夫、きっとフローラだって」
「コーテナちゃん……」
コーテナからの気遣いの言葉。
その言葉に、怯えていたルノアから恐怖が取り除かれようとしていた。
「無理だ」
ほぐれつつあった緊張と恐怖。
「人間と魔族は分かり合えない。それが現実だ」
それを再び呼び戻す冷たい声。
「……!!」
___再び怯えるルノア。
突然聞こえてきた声に向かって、コーテナは顔を上げて睨みつけようとする。
「その声……ッ!?」
その瞬間。その瞳に入った人物。
その光景を前にコーテナも一瞬だが腰を抜かしてしまう。
「魔族に希望を抱くな。吐き気がする___」
フェイト。学園のトップと言われていた少女。
エージェントの制服を身にまとった彼女の瞳は……魔族よりも狂暴で暗黒な瞳を浮かべていた。
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