PAGE.373「再会を祝して夕日に乾杯」
「はい! それではグレンに島流しにされたラチェット達の無事帰還! そして、コーテナちゃんとの数年ぶりの再会に……乾杯!」
集落。巨大なワームへの対策班のために用意された集落にて、アクセルの乾杯の音戸が響き、それに合わせて他の皆もジュースの入った紙コップで乾杯をする。
同時、全員の乾杯の掛け声の中に『誰が島流しだ』だなんて、ラチェットとスカルのツッコミも帰ってくる。帰ってきて早々、良いツッコミだとアクセルも気分よくジュースを飲み干していた。
「あの、良いんですか? この場所でこんなことして……」
「大丈夫大丈夫。一応、許可は取ってるから」
集落にて、コーテナへの“おかえり歓迎会”。
「積もる話も色々とあるんだ。少しくらい許してくれるだろ」
怪物の対策会議と数年ぶりの再会の歓迎会を同時並行でやることになった。本格的なパーティーは落ち着いた時にでも行うことにし、ひとまずは乾杯や再会の挨拶程度くらいはとアクセルが頭を下げてお願いしたようである。
アクセル達が所属しているという対策班のリーダーは割と懐が大きい人物みたいだ。五分程度気を緩め過ぎないようにという条件の下、行われることとなった。
「しっかし、一年半ともなればちょっとは大きくなったな。以前と比べてワイルドになった?」
「どことなく雰囲気が私に近くない?」
「魔法の腕とか云々は置いといて、そうかもしれないですね」
乾杯の後、アクセルにロアド、そしてコヨイからは次々と質問責めを食らう。注意されたそのあとからハメを外し過ぎるその悪い癖。コーテナは喜んで答えてこそいるが、ラチェットは呆れてモノも言えなかった。
「お前達……許可は出したが、気を抜きすぎるなと注意はしただろう」
そんなことやってるから当然、アクセル達が所属する対策班のリーダーにお怒りを受けてしまう。
小さな背丈。一年半という月日が経ってもその見た目には一切の変化はない。
フード付きローブを身に纏う魔法使いのエージェント。リーダーの“シアル”が多少の苛立ちを見せながらアクセルの元へやってくる。
「ああ、ごめんなさい」
「仮にも仕事中だというのを忘れるな」
くどくどと説教を続けるシアル。ミシェルヴァリーとの絡みを思い出してみるが、やはり部下などに対してはこうしてしっかりするようにとモノを言いつける性格のようである。
「皆、シアルはこう言ってるけど喜んでる。ただ、皆が油断してせっかくの再会が駄目にならないように気を遣ってるだけで」
「だから、余計な事言うな!」
持っていた魔導書でチョップ。ミシェルヴァリーの頭に直撃するが、自慢の石頭のおかげで殴られた事に気が付いていないもよう。首をかしげている。
久々の夫婦漫才を見て、一同は大笑いしていた。
「……そろそろ始めるぞ」
ミシェルヴァリーへの説教。あたりの緊張が良い具合にほどけてきたところでシアルは気持ちを入れ替え、一同に告げる。
「まあ、リーダーが来たってことは、そういうことですわな」
再会の乾杯用に用意したジュースと紙コップはそのままで。集落へやってきた何でも屋スカルの面々にも、例のワームの説明および、今後の対策をしなくてはならない。
空気を入れ替え、シアルがテーブルに広げた現在のワームの位置情報予測や今後の活動内容などを記した見取り図へと視線を向ける。
「もうすぐ援軍が到着する。学会が提示したプラン通り、騎士団と部隊が連携を取ってこのワームの足止めをする……俺達の部隊も足止めが仕事だ」
部隊。多くのエージェントや騎士団幹部によって作られているチーム。
そんなチームに何故、学園の生徒であるアクセル達が所属しているのか。その疑問に関してはコーテナも軽く耳を通している。
現在、魔族界戦争が近づいているという非常事態に備え、王都に存在する学級機関は全て廃止。緊急停止を言い渡された。
そして、現在は一人でも多く戦力が欲しい状態。王都にて志願兵を所望し、魔族界戦争に備えての兵力集めを行っていた。
元より王都学園にはエージェントや騎士団への所属を所望している魔法使いや剣士が多数いた。断る魔法使いはそう少なくなく、多少であれ元々エージェント所望ではない魔法使いの生徒数名も、騎士団からの志願に受け応えていた。
騎士団所望であったコヨイは当然志願。コヨイが戦うというのであれば友達として放ってはおけないとアクセルとロアドもそれぞれの能力を活かしてカバーすると志願したのである。
アクセルはあの天才姉妹であるエグジットやリグレットの兄ということもあり、この数年でそれなりに実力をつけてきた。ロアドもドラゴンライダーとしての評価は高く、コヨイの剣の腕もこの数年でかなり上達した。
腕の立つ戦士へと成長した彼らは、シアル達の特立エージェント部隊へと配属されることとなり、今に至るという事である。
アクセル達が今に纏っているのは学園の制服ではなく、それぞれに用意された部隊の制服のようなものだ。軍服を思わせる衣装をいつも通り着崩れさせるアクセル。コヨイはしっかりとその制服を身に纏う。
ロアドは制服についている部隊所属の腕章のみを受け取り、彼女の家系であるドラゴンライダーとしてのジャケットを身に纏っていた。
今となっては、彼等も一生徒ではなく立派な戦士の一人。
何処に出しても恥ずかしくはない戦士へと成長したのだ……たぶん。
シアル達特立班の仕事は、また動き出すであろう巨大ワームの足止めのようだ。アレの進軍を許し、万が一にでも門をくぐらせてしまったのであればあっという間に王都は崩壊を辿ることになる。
門をくぐらせないのは第一条件。もとい絶対条件だ。
……あの怪物を足止めするために最前線に再び立つ。
アクセル達も数回それを体験しているせいか、あの場の悪環境にはいつも骨が折れそうだと愚痴を漏らしていた。
「学会が提示したプラン通りということは……“完成した”ということですか?」
「ああ、ひとまずはな」
コヨイの言葉にシアルは肯定する。
「ああ、ようやく完成したのか」
「完成した?」
ただ一人、学会のプランのことを知らないコーテナは首をかしげるばかり。一人置いて行かれる気がしてならない。
「……精霊皇が保持していた殲滅兵器。それを疑似的に再現した“魔道砲兵器”だ」
学会の塔の頂上を指さす。
頂上には巨大な砲台。ラチェットが呼び出したものに近い見た目をした兵器が学会の施設そのものに連結されている。
「あれを怪物にぶつける。だが、アレを撃つには長時間のチャージが必要になる。それまで俺達が動きを止めることになる」
「俺は最前線にいなくてもいいのカ?」
ラチェットは首を傾げ、シアルに聞く。
「……お前自身も分かっているだろ? お前の体、相当ボロボロだと聞いた。あの化物をぶっ倒すほどの火力を今のお前で出せるのか?」
「ごもっともだよ」
気遣いが良いのか悪いのか。その察しの良さには感謝は当然、しかし仕事の多さに溜息も吐きたくなる。
ポーションと二日の休息程度では完治など出来やしない。この場でラチェットを酷使すればその身が崩壊しかねない。
「……アンタは切り札だ。すぐに切るわけにはいかない」
彼の力は有限ではない。保持する必要がある。
「あの巨大な怪物の後ろに何かがいないとは限らない……切り札であるお前を消費したところを狙ってくる可能性がある。現に」
シアルは冷や汗をかきながらも、その真実を伝える。
「イベル様の探知能力により……“他の魔族の存在”が探知された。しかも、あの怪物と同等……いやそれ以上が“数体”だ」
「!!」
あの怪物と同等。それに並ぶ魔族の存在とあれば思い当たる節は一つ。
“地獄の門”に属する魔族以外はあり得ない話であった。
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