PAGE.367「極白と漆黒の希望」
炎の王・アーケイドは救世主たちに敗れ去った。王が死に至ったことで闘族アグルはこれをもって全滅。グレンの島の港付近の海面を覆っていた溶岩は時間が経つごとに消滅していき、彼らのいた形跡がこの世界から消えてなくなっていく。
アーケイドの言葉通り、彼自身が“王国”であったということ。彼の城とその兵によって生み出されたモノ、彼の一部であった全てのものが消滅を始めていた。
「……戦いには勝利した」
ロザンは丘の上より、戦場となったグレンの村を眺める。
「だが、こちらもかなりのものを失ったな」
アグルとの戦火により村のほとんどが焼却。一部食糧や資材などの避難は終わっているものの、最早、この大地は村としての機能は何一つとして起こせない程に壊滅してしまっている。
あたり一面、黒色の大地となった島。そして、あの灰と炭の絨毯には、戦争が始まる前に啖呵を切って突っ走った誇り高き戦士の亡骸も含まれていた。
悲惨。あまりにも無残な戦いの跡にロザンは言葉を呑んでしまっている。村人たちもこれからどうなってしまうのかと悲嘆に明け暮れていた。
「……よぉ、挨拶が遅れて申し訳なかったな。おっさん」
一人、村を眺め続けているロザンの元へホウセンが話しかける。
「ああ、久しぶりだな。馬鹿弟子よ。お前の弟分は何をしている?」
「村がこの状況だからな。女の涙を拭いに行くって、村人たちを励ましに行ったよ」
「はっは、私と違って色にまみれおって。何処で教育を間違えたものか」
発言こそ呆れかえっている様に見えるが、嬉しそうな表情でもあった。
ソージ達カルボナーラの一味は船から調達した資材や食料の一部を村人たちに分け与えているようだ。ひとまず、カレーの一つでも作って皆に配っているらしい。
戦いが終わって数時間。安堵を浮かべるはずが、今も不穏は続いている。
「……小説や史実。魔族界戦争とは作り話ではないかと言われるばかりに大袈裟かつ不条理な物書きをされているものだと思っていたがね」
「ああ、これが現実だな」
魔族界戦争は一種の神話大戦のようなものだったと言われている。
とはいえ、小説や史実は多少の過大解釈や誇張を行うものもある。ドラマチックなシチュエーションも加えることで物語に壮大さを加える。
だが、これは仕組まれたシチュエーションなど一切感じさせない現実の風景。魔族のたった一群との戦いで島は破滅に追いやられた。こうして、村人全員が生き残っているのが奇跡と言わざるを得ない状況だった。
「……おっさん。騎士団長と国王からの伝言だ」
ホウセンは一枚の書をロザンに明け渡す。
「村に全体的な被害。今後の生活が困難であるとするならば、ファルザローブはいつでも迎え入れる準備は出来ているってさ……あとは、おっさんの返答次第だ」
アグルによって滅ぼされた街や村。その被害はかなり膨大だ。
グレンの島も滅亡は免れない状況ではあった……だが、送り込んだ援軍の力をもってすれば、村を完全に救うことは出来ずとも、多少の命は救う事が出来るかもしれない。
それは万が一、念のためという表現もあった。
王都ファルザローブは、魔族との戦いによって滅びに直面した住民たちを迎え入れる準備を出来ていると、ホウセンは村の主へと告げた。
「あまり、国王に世話をかけたくはないが……私、一人の我儘で振り回すわけにもいくまい」
ロザンは書を受け取る。
「お言葉に甘えよう」
「了解」
ホウセンは返事だけ受け取ると、イチモク寺へと向かう。
「伝書鳩借りるぜ。この村の名物くらい避難はさせてるだろ……飛行船を数隻こっちに寄こしてもらう。三日もかからないうちに到着するだろうな」
この村の伝書鳩。最も優秀な奴は信じられない日数で王都へと到着する。海面の長旅を難なくこなす村のエースへ、今年一番の大仕事を託すことに。
「……だから、それまでゆっくり休んでおいてくれ。ソージも言ってたぜ。老体なんだから無理はさせるなってな」
年老いてこそ、まだまだ現役。
しかしやんちゃをする年でもないのだから無茶だけはやめてくれと息子らしい親孝行な心配をしていたらしい。本人は親に内緒にしておけと言ったようだが、ホウセンはその約束を無視して堂々と告げて帰っていった。
「……じっくり休むのはお前達の方であろうに」
前線に立ち、あの焼き付くような戦場を駆け抜けた戦士達。
今一度、戦士達の奮闘にロザンは一礼をした。
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数時間後。事態も落ち着いたところでそれぞれ一時の休息をすることに。
ホウセンの話によれば、出発は船が到着するであろう三日後。しばらくはこの場所で休息という事だ。
「うわぁ! 凄いなぁ!」
そんな中、島の空き地に漂着した一隻の“飛行艇”の中を走り回るコーテナの姿が。
特殊な金属によって出来上がった装甲。そして、見た事もないような壁作り。ボイラー室に司令室……子供達がよく読書するヒーロー小説に出てくる架空の飛行艇みたいな乗り物を前に、コーテナは今も残る子供心をくすぐられていた。
「精霊皇ってこんなに格好いい船に乗ってたんだ!」
「最も、本人曰く、魔族相手にはあまり役に立たなかったらしいがナ……どの口が言うんだカ」
本人はあまりに役に立たないと言っていたらしいが、今日の結果を見る限り大活躍であった。何処か傲慢さもある精霊の主様の贅沢ぶりにラチェットは呆れている。
そう、この飛行艇は魔族界戦争の際、人間側数名が残していた記憶によって生み出された文明の欠片。要はこの世界では存在自体怪しいと思われていた“科学”の結晶に精霊皇たちのテクノロジーを加えることでトンデモ兵器へと生まれ変わった船なのである。
主に移動用や魔族殲滅として使われていた船。全部で三隻あったようだが、そのうち一隻は戦争中に陥落。一隻は移動などが不可能となり固定砲台と化したため夢幻装庫に放り込まれている。
最後の一機、エネルギーさえあれば動き出す一隻は、何れ来るであろう戦争の時に備えて、この世界の何処かに隠しておいたようだ。
ラチェット達が遺跡で入手した“六面体の何か”。あれはどうやら、古代人が使用していたマジックアイテムだったようで、このアイテムを経由することによって船の起動を成功させたのである。
トンデモない鍵を手にしていた。当時は驚いたものだとラチェットは語っていた。
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数分後。ある程度の見学が終わったところで二人は甲板に出る。
スカルやオボロ、そしてアタリス達は下の方で手伝いをしているようだ。今の尚、不安に怯える住民たちを宥める事。そして資材の管理など、休息のみとはいえ大忙しだ。
二人。誰よりも頑張ったと言われていた二人は船の中で休憩しておくようにと言い切られたのである。
誰よりも複雑な体。そして体力を消耗する立場。今のうちに休んでおかないと次に休める場所はいつになるか分からないぞと気を遣ってくれた。
現にラチェットは魔力を使い過ぎた上にポーションの反動もあって体はボロボロ、コーテナも魔王としての魔力を呼び込み過ぎたために体が壊れかけた。二人とも、数時間以上の睡眠を余儀なくされた状況であった。
甲板に出ると、二人は空に浮かぶ月夜を眺めている。
「……これから、どうなっちゃうのかな」
不安なのは住民たちだけではない。
「やっぱり、戦争。始まっちゃうのかな」
今日の戦いなど序の口。これ以上に悲惨な事が今後起きるかもしれない。
その不安に怯えているのは、まだ少年少女としての面影を残すラチェットとコーテナも同様だった。
「……仮に戦争が始まってしまったとしてモ」
ラチェットは近くの樽に座り、綺麗な月夜を見上げている。
「止めてヤル。そんでもって魔王をぶったおス……それですべてが終わって、また皆が幸せになるのナラ……俺はどんな運命だろうと戦ってやるヨ」
皆を救う。友達を救う。
彼の目的は“世界を救うのではなく仲間達を守る”という事。その目的が間接的に世界を救うことに繋がる。
多少の不安こそあるが、ラチェットは精霊皇に世界を託された。
彼との約束も。そして自分の目的も果たすため、ラチェットはこの力を制御するべく修行を続けてきた。
その覚悟が瞳に映り込んでいた。
いつもの気だるげな姿はそこにない。覚悟と向き合う彼の姿は、かつての少年らしい面影は消え、大人へ一歩進みだした男の素顔だった。
「……それに、お前を守ってやるって約束したからナ」
「ボクもっ!」
彼らしい不器用な笑みを見せたラチェットにコーテナも答える。
「ボクも……皆を守るために、ラチェットを守るために強くなる……まだまだ、これからもっ! ボクも、自分に課された運命と向き合う」
コーテナもその一心。仲間とラチェットを守る。
そのために、魔王の力と向き合うことを決めたのだ。
「だから……一緒に戦おう」
コーテナはそっと手を伸ばす。
「ボクとラチェット。皆がいれば怖いものは何もない! どんな試練だって、皆で乗り越えてきたんだ! ここまでずっと……それでこれからも!」
約束を守るとき。
この時をいつまで待っていた事か。
「ああ、そうだナ」
いつもと違って素直な表情で、ラチェットはそっと手を伸ばした。
「じーーーー……」
二人の手が絡み合おうとしたその時。
その真ん中に、“一人の少年”が現れる。
「うおおっ!?」
突然の第三者の介入にラチェットは驚いた。
「じーー……」
犬。というよりは子供の狼みたいな少年がラチェットを眺めている。
「……お前が。おまえが、コーテナの大切な友達、ってやつか?」
大切な友達。ちょっと警戒しながらもラチェットを見つめている。
「あっ、こいつもしかして、お前が手紙で言ってタ」
「うん、そうだよ」
名前をガ・ミューラ。
半魔族の少年であり、この島でできたコーテナの友人である。
「ガ・ミューラ。この人はラチェット。ボクの大切なお友達だ」
「ふーん……」
ガ・ミューラは一度ラチェットに近づくと、ジロジロと眺めては匂いを嗅ぐを繰り返す。ラチェットはそんな少年にキツイ言葉は浴びせこそしないが、多少の嫌悪感を表情に出す。
数秒後、ガ・ミューラはちょっと距離を取る。
「……べーっ」
すると、コーテナの後ろに隠れて、舌を出し始めたじゃないか。
「あ?」
子供の挑発にラチェットは苛立ちを見せる。
変わってない。根本的なところでラチェットは変わっていなかった。
「ラチェット落ち着いて! ほら、ガ・ミューラも! どうして、そんなことするの!? ねぇ!?」
ガ・ミューラを止めようと説教をするも、彼はコーテナの後ろから離れようとせずに挑発を続けている。
ラチェットとガ・ミューラのガン飛ばし。しょうもない戦いは、それから数分近くは続いていた。
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