PAGE.365「次元を超えた契約者 × 運命を超えた契約者(その2)」


 アーケイドに致命的一撃を与える事には成功した。

 だが足りない。まだ足りない。あと一歩届かない。


 あと一発撃ち込めば突破できるかもしれない。しかし、その前にラチェットの体に限界が訪れ始めていた。


 無理もない。あれだけの魔法を撃ったと同時に、効力の高すぎるポーションをこの数時間で三回もがぶ飲みした。そのせいで体に負担がかかったのだ。これ以上の投与は自我が崩壊しかねないし、体の機能も暴走する恐れがある。体は反動のあまり微量の痙攣をおこしていた。



『おい! あと一発撃てねぇのか!?』

『そうだよ、あと一発撃てれば……って、ガス欠ゥ!?』

『おいいいいっ! 四発は撃てるんじゃなかったのかよーッ!!』


 魔導書の向こうからスカルとオボロの痴話喧嘩が聞こえてくる。どうやら、オボロの方がペースの計算を間違えたようだ。

 後ろからの援護射撃はもう来ない。そして、残りの戦力もあの巨人に対して致命的打撃級のトドメを与えられる奴もいない。


 巨人アーケイドはさっきよりも遅い速度で島に迫る。どうやら向こうも満身創痍に近い状態、あと一発叩きこめれば絶命に至れる手前のようだ。意識の思うがままに残った魔力を放出しようとしているのを見る限り、それは間違いない。



 あと一発。

 あと一発で終わるのだ。


 だが、そのあと一発が重すぎる。

 ラチェットが呼び出した“殲滅兵器・極光”クラスの兵器でも用意しない限り、あの巨人を止めることは出来ない。あの溶岩の波をせき止めることは出来ないのだ。



 何か方法はないのか。あの巨人を止める方法はないのか。

 必死に体を踏ん張ろうにも、ポーションによる反動が大きすぎて中々自由が利かない。



『さぁ! 最後の勝負だ、人間ッ!!』

 アーケイドが右手を振り下ろそうとする。

 あれを止められる手段はもうない。その上、ラチェットが回避しようにもそれが間に合わない。


 手詰まりだった。炎の王は最後のスパートをかけてくる。

 ラチェットも、彼の味方も全て、その攻撃を止める手段がない。






 ここまでなのか。

 見えてきた希望。それが絶望に代わり、悲嘆が始まる。




(何もできないの……?)

 悲嘆の嵐。その予兆の中、少女の胸の何かが揺れる。

(何もできないのかな……本当に……?)

 心臓が揺れた。体が揺れた。体の中に潜んでいる何かが震えた。



 少女コーテナ。ただ一人、人ごみの中で手段を失ったラチェットを見上げている。


(……何もできない)




 ラチェット。



 大切な友達。


 

 何も出来なかった自分に手を伸ばし続けてくれた最愛の仲間。



(そんなの……)


 命がけで助け続けてくれた。


 どうしようもない運命からも、彼は引きずり出してくれた。



 助けたい。今度は自分が助けたい。

 その一心でこの数年間……力と向き合い続けてきたコーテナ。




「もう何もできないなんて……嫌なんだッ!!」

 カチリ、と彼女の中で何かスイッチが入ったような音が聞こえた。



 途端、彼女の体全体の血液が焼けるように熱くなる。

 体の中に潜む細胞全てが活性化する。人間や半魔族のそれとは違う、別の細胞も体の中で芽生え始め、体に異常なまでのエネルギーを与え始める。



 魔力が変化する。彼女の血液は魔力により、世界を燃やす“黒い炎”へと変貌を遂げていく。


 “魔族化”。次第に彼女の体は姿を変えていく。


 この世界全てを焦がす“魔王”。

 魔族化によって体の半分程度にしか及ばなかった魔族化。彼女の体の8割が魔王の力によって埋もれていく。


「コーテナ!?」

 彼女の変化にサイネリアが気づく。

 この変貌ぶりは以前にも見たことがある。これは暴走の予兆、王都に大被害をもたらした完全暴走へと足を踏みかけているコーテナにサイネリアは叫ぶ。


「……タス、け、ル」

 心臓を押さえ、真っ赤になる瞳。瞳からは黒い血が流れだす。

「私、ガ、助け、ル……」

 黒い炎が少女の体を燃やす。犬の耳は魔族の角へと姿を変え、体の皮膚も、爪も、牙も、魔王に相応しい姿へと変わっていく。



「守るんダ……」

 背中には巨大な羽。

「ラチェットヲ……まもるッ!!」

 飛び立つ。ほんの一瞬、暴走という概念を飛び越え、彼女の意識が目覚めたその瞬間のまま炎の王アーケイドの右腕へと彗星のように飛んでいく。


 極光によって今も尚、世界は光の粉雪に包まれている。

 その粉雪の景色と反するように……漆黒の閃光が突っ切っていく。



「……コーテ、ナ?」

 すれ違う。ほんの一瞬。

 その姿は以前見た魔王と一緒。



 だが、その赤い瞳は、いつものコーテナのように輝きがある。


「はぁああアアッ!!」

 黒い炎を右手に纏い、振り下ろされたアーケイドの腕をぶん殴る。

『ぬぅうう!?』

 少女一人の拳。それに抑えられたことに対してアーケイドは驚きの声を上げる。


 その力は届きこそしない。だが、只者ではない魔力を通じて、その黒い炎がどのようなものなのかを王は体で感じている。


『この力……そうか! 何とも、今日は豪勢なッ! この言葉を使ったのは久々だ!』

 魔王の力。それを肌で感じたアーケイド。

『実に貴重な一日……いや! 生の道であるッ!!』

 少女の反撃に対し、残った全力でアーケイドは拳を振り下ろす。


「かっはぁ……!?」

 届く子もない力を前に、コーテナは吹っ飛ばされる。


 失っていく意識。一瞬朧げになる意識。

 世界が暗闇に包まれていく。果ての見えない漆黒の闇へと……



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



 ___少女は暗闇の中で立っていた。

 しかし、それは以前のような目に見えない籠の世界ではない。自由に動き回れる不規則な漆黒の世界。


 その中で一人、少女の目の前に。

 闇に溶けていながらも輝きを放つ“漆黒の炎”が少女と向き合っている。


 その炎は……人の形を、人の真似事をした魔族の姿をしている。

 喋りはしない。動作もしない。ただ、少女を見つめているだけ。



「……ボクは」


 少女からは動かない。

 黒い炎に、ただ一言告げる。


「魔王にはならない」


 そちらに寄り添うつもりはない。

 “こちらから、寄り添っていくつもり”はないと漆黒に告げる。



「ボクは……皆の望んだボクでありたい」


 お互いに動かず、意思を向け続ける。


「だから……“君”が来るんだ」


 少女の曲がる事のない意思が、寄せ付ける。

 意思もない、本能だけの漆黒を吸い寄せていく。


「君が……“ボクの力”になれ」


 漆黒の炎がコーテナと一体化する。

 コーテナを包み込んだ暗黒が、音を立てて崩れ去って行った。

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