PAGE.364「次元を超えた契約者 × 運命を超えた契約者(その1)」


 ただ一人、ラチェットのみが巨人に咆哮する。

 勝てるかどうかなんて憶測や臆病も抱かない。抱くのであれば、勝つつもりでいることだけ。ただそれだけだ。


 精霊皇の夢幻装庫。この中には精霊皇がかつて使用した“対魔族界用決戦兵器および殲滅兵器”も数多く収納されている。


彼が戦い続けた千年という年月日、その闘いの記録全てが、顔面に埋め込まれた仮面の中に記録されている。


「潰せッ!!」


 威力も衰えず、この日の為に保管されてきた兵器は容赦なく巨人相手に火を噴く。

 無限のように浴びせられる砲丸の大群はアーケイドの腹部へと次々に放り込まれていく。



「すげぇ……」

「あんなヒョロっとした青年が……」


 押しているかどうかは分からない、だが、確実に足止めは出来ている。クロヌスに存在する飛行艇の砲台など桁の比べにもならない威力が次々とアーケイドに叩きこまれていく。


 精霊皇。魔族界から世界を救った希望の光。

 あの青年はその光を背負う覚悟を決めた戦士。彼は今も尚、諦めることなく立ち向かっている。



「一気飲みするのは馬鹿だって思えるくらいの高級品をガブ飲みしたんだ……まだまだ、魔力に余裕はあるってナ!」


 本来であれば、一回使った程度で空っぽになってしまう魔力の消費量。ただの人間、ましてや魔法とは全く関係のない世界から送られてきた彼の体となれば即座に弾切れを起こす。


 精霊皇はこの世界に干渉した。干渉してしまったが故に、この世界の神として新たな生を得ることは許されない。その世界の人間の体を乗っ取ることすらも。


そのため、その世界に存在するための“新たな器”と成り得る相応しい肉体の候補として、別の世界の住人である“ラチェット”が選ばれた。彼からすれば身勝手なお願いだったかもしれない。


それでも彼は友達を守るためにと己を鍛え、この世界の住民としての完全な干渉の権利を得た為、アルスマグナの力をその体に得ることが出来た。


 逃げずに戦った。そして今も戦い続けている。

 超高級ポーションの使用方法を無視したが故に起きた事故がここにきて役に立っている。不幸中に生まれた幸いを利用し攻撃を続行する。


『ハッハッハ! さすがは精霊皇の力ッ! かつての戦いを思い出すッ! そして、その力を使いこなす人間も流石なもの! 数百年という長い月日、力を蓄えた甲斐があったというものだッ!!』

 砲丸の雨を浴びながらもアーケイドはまだ愉快そうに笑っている。

 その闘いに喜びの咆哮を上げながら、右手の拳をラチェットに向けて振り下ろそうとする。



「発射用意ッ!」

『『任せたっ!!』』


 イチモク寺の上部を陣取っていた“ラチェットの飛行艇”が徐々に巨人アーケイドに向けて接近を開始する。

 飛行艇の先端に装備されている巨大な砲大が光り出す。魔導書から聞こえてきたスカルとオボロ、二人の掛け声と同時、砲台に甚大な魔力が収縮されていく。


『それじゃあ、張り切ってぶっ放すかねぇ!』

『ぶちまけろォオオーーーッ!』

 発射。放たれたのは膨大な閃光。

 目にも眩しい巨大な光線が、振り落とされようとした右手に向かって発射される。



『ぐぉおおお!』

 アーケイドはその光線に思わず声を上げる。振り下ろそうとした右手も慌てて引っ込めてしまう。



「……行くぞっ、ルノア!」

 クロはドラゴンを呼び出すと、ラチェットのいる上空にまで飛んでいく。

「あ、待ってクロ!」

 ルノアも慌ててドラゴンを呼び出した。


「よいしょっと」

 ルノアが呼び出したドラゴンの上にフリジオもまたがる。

 二人はそのままクロを追いかけ、遥か空の上空にまで飛びだった。



「おいおい、何かスゲー事になってるけど、混ざらないでいいものかねぇ」

 目の前で神話大戦級の戦闘が行われている。最早、防衛線もなにもない滅茶苦茶な戦いを前にホウセンは冷や汗をかきながらアゴの髭に手を添える。


「ヒーローが指をくわえて見たまんまってのは、情けなくてダセー話ではあるけどよ」

 ソージは刀を鞘にしまうと、近くの岩場に腰掛ける。

「……俺達に出来ることがここまでってんなら、仕方ねぇ話よな」

 自警団、そしてギルドの面々。

「応援してやろうぜ。ヒーローにとって最大のエネルギーは、応援してくれる仲間や民の声援だからな」

 先程の戦いで消耗しきった戦士達。今出来ることは……空に飛びだった戦士達へ、勝利の祈りを捧げる事。今も尚、この島を守り抜くという誓いを捨てずに胸を張る事だけである。


 ソージ達は少年達から目をそらさない。

 戦士たちは、一斉に青年に声援を送り始めた。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「うっく……ここまでやって、まだ落ちねぇカ」

 いくら余分な量の魔力を得たとしても、これだけボコスカ弾を撃ち続けたら弾切れも余裕で近づいてくる。後ろで援護射撃を行ってくれる飛行船も回数が限られている上で最大火力をぶっ放している。


 それをもってしても、まだ目の前の巨人はピンピンしているのだ。まだまだ、長くなりそうな戦い。尽きかけている魔力を前に気が遠くなりそうだった。


「ラチェットっ!」

 一人戦う青年の元に、クロが声をかける。

「これを使えッ! 私が使っても意味がなさそうだからなッ!」

 何かを投げつけてくる。ラチェットはそれをすかさずキャッチした。


 ……ポーションだ。しかも例の予備魔力補給の高級品。

 念のためにと援護射撃に来た一同に一本ずつ配られている。クロにもその一本を与えられていたようだ。


「……ナイスタイミング」

 ラチェットはポーションの蓋を開けると、これまた一気飲み。

「くっは……流石に頭に響き始めてきやがっタ」

 余計な分の魔力が集まり体が熱暴走に近い状態になる。それを意識してみると、一気に体へ負担がかかってしまうように思えた。


 だが、ラチェットは平気そうに強がった笑みを浮かべて攻撃を続行する。砲台による攻撃をまだまだこれでもかと腹部に撃ち続ける。


「ラチェット君! 私からも!」

 ルノアもラチェットに向けてポーションを投げ渡す。


 ……まだ、弾切れは起きなさそうだ。

 残弾の補給、そして後ろから再び行われる援護射撃。ダメージは受けているはずだとラチェットは更に仮面から魔力を引き出し始める。



 後ろを陣取る飛行船。それと同じ武器が装庫内にも保管されている。

 “波動砲”。目の前の敵全てを飲み込む殲滅兵器“極光”。



 これだけの攻撃。敵の装甲もズタズタになり始めているはず。

 残ったポーションも使い切り、はち切れそうな頭を必死に抑えながらも体にこみ上げた魔力全てを体の中に放り込む。



「これで、終わりダ」

 鳴りやまない砲撃の雨。後ろから飛び交う光線。

 その最中に、精霊皇の夢幻装庫の中に収められた最終兵器の一つを放り込む。


「“掃射”!!」

 飲み込む。この世界全てを照らす。

 一対の光線が巨人アーケイドに向けて発射される。




『……ッ!!』


 一瞬。グレンの島全体が、まばゆい光によって何もかもが飲み込まれたように思えた。









 ……数秒後、光が消え、夕焼け色に染まり始めた空へと溶け込み始める。








 巨人アーケイドの胸には巨大な穴が出来ていた。

 閃光はアーケイドの体を貫いた。難攻不落と思われていた巨人を貫いてみせた。



「やったのか……?」

 サイネリアは静かに声を上げる。


 沈黙。期待と不穏がこもる空気。

 緊張によって張り詰められたこの空間に一同は身動き一つとれずにいる。



 そして、その緊張は____





『……フハハハハハッ!!』

 “巨人アーケイド”の咆哮によって掻き消えた。


『見事だ、見事だぞ人間! ここまで燃えていられるのも初めてだ!』

 笑っている。致命的ダメージを負っていると思われるのにまだ叫んでいる。


『滾る! 迸る! まだまだ、尽くせるなぁあああ!!』


 魔力が今も尚、アーケイドの体に溢れ出る。

 傷口が引っ込みこそしないが、アーケイドはその傷口の痛みに対してこの上ない喜びを抱きながらも、まだまだスパートをかけつけている。



「……嘘、だろ、オイ」

 ラチェットは微塵の魔力を残しながら、眩暈を起こす。

「まだ、足りないってのカ……」

 あまりにも膨大過ぎる敵。



 魔族界戦争の脅威と呼ばれた伝説の存在を前に、ラチェットは立ち眩みを起こしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る