PAGE.363「炎の王(後編)」


 魔族界戦争には記録が残されている。

 それは文献ではない。文字という形で残されたものではない。


 “壁画”だ。老朽化が進みヒビ割れ、色あせ錆び切った為に明確な解析はあまりにも時間がかかった絵画。残されし記憶。


 そこに描かれていたのは……クロヌスの一国すべてを飲み込む巨大な炎。

 その炎はよくみると“巨人”の姿をしていた。巨人の姿をした何かには足というものはなく上半身のみの体。


 拳は城一つを握り潰し、腹はあらゆる砲撃や魔法を防ぐために作られた防壁を飲み込んでいく。口から放たれる炎は大地一体を焼き尽くす熱の溜息。


 こんな恐ろしい怪物が千年前に存在したと言われていた。精霊皇の活躍があったとはいえ、よくもこんな怪物に人間が勝利したものだと固唾を飲み込んだものである。


 

 人間界に現れた悪夢。

 その悪夢の具現が今……再び目の前で起こっている。



「な、なんだよあれ……!」

 アーケイド城。島の隣を占拠していた巨大な城は別の何かへと姿を変える。

 城よりも巨大な上半身のみの巨人。暗黒のような澱みを見せる紅色の溶岩が波打つ肉体、溶岩の皮膚には城のガレキと思われるものが顔を出し、拳は興奮に指先が震えている。


 雲間に隠れている巨人の顔。口元のみが映り込む。



 ……雨が降る。


 巨人の存在があたり一面の温度を砂漠よりも高熱の熱帯地獄へと変えていく。雲に溜まり固まった水蒸気が巨人の体温によりものの数秒で溶けてしまい、雨となって大地に降り注ごうとする。


 だが、雨は大地にとどく前に巨人の体温によって蒸発し、再び淡い気体となって溶けて消えていく。


「あれが……あの城の主……ッ!?」

 今までのそれとは比べ物にならない怪物の登場。巨竜ブレロにガンダラ、そして闘族の中でもかなりの手練れであったエキスナにアルヴァロスの迫力よりも更に上を行く存在感。



『せいやぁああッ!!』

 スパーリング目的だったのか、巨人は水面を軽く殴りつける。


 ……数百個分の原子爆弾でも落とされたのかと勘違いするほどの程の水しぶき。パイプの脱線事故や間欠泉なんかも目でもない巨大な水流が発生する。


 当然、それだけのしぶきが飛び掛かるものなら津波も発生する。巨大な津波が徐々にと近寄ってくる。


「ここにいるとまずいんじゃないか!?」

 一同は避難を開始する。巨大な津波。大きさからして島一つを飲み込むまでには至らない。せいぜい、グレンの村を飲み込む程度。

 口惜しいがここでとどまり全滅と行くわけにはならない。一同はドラゴンや肉体強化の魔術を駆使し、一斉に港から退避した。



 ……丘を登る。最後の砦であるイチモク寺を目指す。

 燃え散り黒い塵とガレキのみとなったグレンの村が津波によって飲み込まれていく。皆が数年暮らしてきた生活の片割れが呼吸程度の一発の指先でいとも容易く完全に崩壊してしまった。



「無理だ。あんなの」

 大きさも、スケールも、魔力の量も、何もかもが違いすぎる。

「でかすぎるだろ……あんなのどう倒せっていうんだよ!?」

 人間一人、いや束になってところでどうにかなる相手じゃない。あの巨人からすれば、人間なんてノミのようなもの。アレに単身突撃するなど、自殺行為にも程がある。



『聞けぇッ! 我はアグルの王ッ、アーケイド!!』

 雲間からそっと首を下ろし、溶岩に塗れた“仮面にも思える顔面”が静かに顔を出す。

 顔の形は微かにアーケイドの面影がある。ガレキとマグマ石に塗れ、不規則な揺れを起こす顔面は汗でも垂らす感覚で溶岩をたらりと落とし、丘の上へと逃げ切った人間達へ咆哮する。


『この世界全てを侵略し、我が手中に収める!!』

 侵略の王は右手を掲げ、再び宣告する。

『だが、我らが族へと挑み、そしてここまで追いつめた人間達よ! 我はお前達の存在を至高のものと称賛しようッ!!』

 巨人の人差し指が向けられる。

『故に我も挑む、我が出る、我は進むッ!』

 その口調は“余裕”というよりは、興味をそそられ熱が限界にまでほとばしった“興奮”そのもの。人間という存在にますますの期待を寄せたが故の発言である。



『我を越えんとする人間どもよ……この国を私が飲み込むが、我が国が飲み込まれるか……最後の勝負だ!!』


 侵略が開始される。

 少しずつ、少しずつ巨人アーケイドは進んでくる。


 このまま放っておけば、グレンの島はあの巨人の体の中に取り込まれることとなる。


「どうすればいいんだよっ!?」

「越えんとする人間!? イヤみか何かかッ! どうやって倒せばいいって言うんだよ!」

 人間が用意できる兵器など多少の砲丸や鉄砲。そして数名の魔法使い。そして飛行艇数隻程度。今ここにある戦力のみであの巨人を止める方法があるはずもない。申し訳程度の防波堤も、巨人が上陸するよりも先に溶けておしまいだ。


(不味い……戦力が削がれ始めている……!)

 サイネリアもこの状況の厳しさに焦り始める。

(だが、どうするっ……あんなのを前にして、強がりも労いも無力だッ……!!)

 どうしようもできない。全ての言葉はあの巨人を前にして無意味。

 頭を抱えるサイネリア。まだ諦めていない者も数名存在してこそいるが、そのほとんどがあの巨人を前に非力を感じる事しか出来ない。


『うおおおぉぉおおおッ!!』

 雄たけびを上げながら、巨人は更に前進し始めた。



 もう、終わりなのか。ここまで来て。

 やはり、無謀だったというのか。



 すべての人間が、失意に溺れようとしていた。






「……スカル、オボロ。チャージはどのくらいすすんだヨ?」

 通信用の魔導書を開き、ラチェットが呟く。


『指示通りこれだけの時間を待ったんだ……四発は行けるんじゃないかい?』

『ただ、ブチまけた話よぉ……あの巨人、これだけでどうにかなるもんかい?』

 魔導書の先からは、聞きなれた大人達の声が聞こえてくる。

 ラチェットからの通信を待ってましたと言わんばかりに高揚しつつも、あの巨人を前にして不安におびえている。そんな声だ。


「……どうにかなるじゃねェ。やるしかねぇんダヨ」

 口笛を吹く。

 すると、ラチェットの元に一匹のドラゴンが舞い降りた。


「……やらねぇと、皆のいるコノ世界を守れネェ!!」

 ドラゴンと共にラチェットは空に立つ。

「ラチェット!?」

 一人単身で巨人の元へ向かうラチェットにコーテナが叫ぶ。




「精霊皇はこう約束して消えていったナ……必ず世界を救えと、そう言ってこの力を託したんダ」

 ドラゴンにまたがるラチェットの仮面が光り出す。

「ああ、約束は守ってやるヨ……そして、俺の目的も果たス」

 虚空が歪む。歪んだ空からは数発の砲台が巨人に向けられる。



「俺は……この世界に生きる、俺のダチを救うために戦うッ!!」


 一斉放射。

 最後の反撃の火種は今、落とされた。

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