PAGE.362「炎の王(前編)」


 玉座の間。一人玉座に腰掛ける炎の王。


「お前が、アーケイド」

「ああそうだ。我が炎の闘士・アーケイドだ」


 アーケイド。魔王の配下の一人。

 魔族界戦争時、アルスマグナが致命傷を与えたが行方不明に。おそらく生きていると記憶していたようだが……その予感は正解だったようだ。


 魔族界戦争から数百年という月日がたっているのに、同じく地獄の門であるサーストンとマックスの存在が確認されているのだ。


当時の記録に残されていた名前の持ち主が生存している以上、行方不明の一人であったアーケイドも生き残っていて何もおかしい事はない。


「……皆は、散ったか」

 四天王。彼らの死を間接ながら感じている。

 エキスナ、アルヴァロス、そしてガンダラとブレロ。全員の死を前に、アーケイドは瞳を閉じて一時的な感傷に浸る。



「……さすがだよ、人間。精霊皇の力に頼っているとはいえ、ここまで追いつめてみせるとは」

 当時の魔族界戦争をアーケイドは思い出す。

「人間とは微弱ながらに無限の可能性がある。我々、魔物にも後れをとらん」

 今回のように軍を率いて人間に勝負を挑んだ魔族達。軟弱な存在でしかなかった人間は魔法という存在を得て、数百年の月日を得て進化し続けた。未知の進化を続ける魔族と同じように、成長し続けたのだ。


 魔族も人間も変わらない。いや、下手をすれば。

 人間という存在は、それ以上に底知れぬ何かを秘めている。



「だからこそ、面白い。だからこそだ」

 アーケイドは怯える様子も見せない。命乞いをする様子もない。

 むしろ……彼の行動は“称える”一点であった。


「目に見えた進化を続ける我々と違って、人間は予想も出来ない進化をする」


 玉座から、人間という“可能性に満ちた生き物”を眺めている。


「だからこそ……この手に収めてみたいと思える。未知の存在、手の届かぬ存在となりえぬであろう人間という概念でさえも、私の手中にな」


 アーケイドは手を掲げ、その興味を前に愉悦を浮かべる。


「人間を」

「手中に、収める……」


 記録にも残っている。

 魔王の闘士が一人、アーケイド。彼は魔族界の一国の王にして、魔族界戦争がはじまる以前よりもその存在を魔族界全域にしらしめた男であると。


 侵略の天才。征服の化身。魔族界全てを手中におさめかけた存在。

 魔族界唯一の王へ一歩足を踏み入れかけた存在であると……アーケイド本人が精霊皇に向かって武勇伝を話していたらしい。本当かどうかは定かではないが、これだけの兵力を前にすれば分からなくもない。


「それが、この王様の目的」


 魔族界を集中に収めかけた王は退屈していた。しかし、そんな王はそんな退屈を消してくれるであろう存在に目を付けた。


 それが“人間”であったという。

 彼が次に手に入れようとしたのは……“人間”の世界であった。




「そうか、残念だがその夢もここで終わル。お前達は、ここで滅ぶんダヨ」

「……我の国が滅んだと」


 アーケイドは玉座から重い腰を引き上げる。


「否、まだ終わってはいない」

 焦りも見せず、怒りも見せず。

 尊大な態度でラチェット達と向き合うのみ。



「国の存在は王があってこそ。故に国とは王である我そのもの……我の全てだ。我が生きている限り、アグルは滅んだとは言わせん」

「……!」


 ラチェット、そして残りの三人も、変化に気づく。

 上がっている。この部屋の温度が異常なまでに上昇している。肌が焼けるほどに。


「屁理屈だ……そいつハっ……! 強がりッ!」

「それは今に分かる」


 魔力だ。アーケイドの体から得体のしれない魔力を感じる。

 今までの様子とは全く違う、目に見える波動がラチェット達の体にのしかかる。



「さぁ、人間よ……見せてみろ!」


 アーケイドの体が炎に飲み込まれる。



「こ、こいつは退避だッ!」


 不味い。この場にとどまるのは不味い。

 嫌な予感を覚えたクロは叫ぶ。


「ラチェット! まずい……この感覚ッ! ここにいたら、危ないッ!」

「ちいいっ……!!」


 ラチェット達は一度玉座の間を飛び出すと、即座に壁を破壊し外への穴を作る。

 精霊皇の夢幻装庫から飛行用のドラゴンを一匹具現させると、一斉にそれに飛び移り、城から離れていく。



「ラチェット!?」


 空へ突如、姿を現したラチェット達。

 当然その瞬間を、地上に残っていた仲間達が見逃さないわけがない。



「お前等! 一旦城から離れろッ! ここに残ったまずいッ!!」

「「「……ッ!!」」」


 ラチェットの剣幕。仲間達はその異常さに気付き、一斉にその場から撤退する。


「よっと」

 城から飛び出したアタリスは竜の足へ乗り移り、片手で掴む。


「アタリス! 無事だったんだ!」

「あぁ。御覧の通り、余裕だ」

「どこがだヨ。ボロボロじゃねぇカ」


 アタリスの帰還を、一同は喜ぶ。

 だが、そんな喜びもほんの束の間。ほんの一瞬だ。



 固まった水面。溶岩によって出来上がった橋の上を仲間達は一斉に駆け抜ける。


「急げ! 早くッ!」


 振り向かない。人間達はただひたすらに、グレンの村に向かって走っていく。後ろから感じる“ただならぬ何かの気配”に対して目もくれずに、今はひたすらにその場から逃げていく。


「全員、逃げ切ったカ……?」


 数分後、生き残っていた人間達は全てグレンの港へと到着した。

 ラチェット達も遅れて到着。ドラゴンから飛び降りると、そっと深呼吸をする。



「おい、あれ……」

 兵士の一人。勇気を振り絞って振り返ってしまった兵士の一人が、震えながら指をさす。


 それが引き金となり、全員が一斉に後ろを振り向いた。

 精霊騎士団も、自警団も、そしてラチェット達も……アーケイド城へと振り向いた。




「……!!!」


 ラチェット達は戦慄した。人間達は絶望した。



 振り向いた先、アーケイド城があったその大地に現れたのは___







 城をも超える巨体。グレンの村一つ押しつぶす巨大な拳。



 雲間までその身が届く巨大な炎の巨人が、クロヌスの大地へと姿を現した。

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