PAGE.350「救世の光(その3)」
ラチェット。大切な友達。
手を伸ばしてくれた光。かけがえのない相棒がそこにいた。
「……よっ、やっと会えたナ?」
「やっぱり、ラチェットなんだね」
否定しない。コーテナの質問に対して返事をしていないようにも聞こえるが、否定をしないということは黙認ということだろう。
ラチェットだ。大人らしい雰囲気を見せ始めたこの少年はやはりラチェットだ。
「身長、伸びたね……」
成長した。達観としたというか……印象は依然と変わった。
「そういうお前は何も変わってないナ」
「むむっ! これでも君より身長伸びたし、大きくなったよ!」
この素っ気ない発言。デリカシーのないこのコメントは紛れもなくラチェットだ。見た目こそ大人っぽさが滲み出てきたが、その内面は一切変わっていないようである。
「おーい、再会を喜ぶのは後にしろー。状況みろー」
相変わらずのコントを繰り広げる二人に対してサイネリアはローテンションな説教をかます。
一年半ぶりの再会だ。手紙だけで交流を深めていたから、こうしてまた会えたことを喜ぶのは当たり前ではあるが状況を見てほしい。
「あいつ、起きるぞー」
今、目の前にいるのは村一つ火の海に変えてしまう巨大なドラゴンだ。これを無視するのは戦況上よくないと静かに説教をする。
「はいはイ、すまんすまんナ」」
「ごめんなさい……」
会って早々喧嘩も終わったところで、互いにクールダウンする。
「うっ……」
コーテナの体に電流が走る。
胸の奥から何かが吹き出しそうになる。心臓、内臓、そして血液、マグマのように体の温度を異常な桁まで跳ね上げていく。
「コーテナさん、一度変化を解除しましょう。限界です」
少女の体の異変に気付いたフリジオは、魔族化を解くことを促す。
「うん、ごめん……」
危険な域にまで力を解放しようとした反動がやってきたようだ。変化を解除しないものなら、以前のように黒い炎の力に飲み込まれてしまう。
一度人間の姿に戻る。少女は魔王の器から普通の半魔族へと戻っていった。
「……あとは、任せナ」
仮面が光る。アクロケミスの魔導書……いや、精霊皇の無限装庫が埋め込まれた仮面から、次の武器が取り出される。
「まっ、どこまで出来るか分からんがナ」
精霊皇が使用していた剣、しかしそれは当時のものを再現しただけのレプリカ。硬度や鋭さは当時のものと比べると比較も出来ないレベルの劣化品ではある。
……しかし、戦品としては充分。そんじゅそこら中の騎士の剣と比べれば、桁外れの硬度と鋭さを持つアイテムだ。
「やってやろうジャン」
片手剣を手に、ラチェットは首を鳴らしながらリザードマンの前へ。
「ほほう、お前が“精霊皇の器”ってやつか」
リザードマン・ガンダラが前に立つ。
爪はナイフのように、牙はダガーより鋭く。ぐらんと回る爬虫類の瞳が器の青年に向けられる。
「想像以上に若いな。ガキだと聞いていたが」
「悪ぃナ、あとちょいで二十歳だ」
もうすぐ大人に片足突っ込むことをアピールするラチェット。
「体は大人に片足を突っ込んだかもしれん。だが……それ以外はどうなのかッ!?」
真正面から突っ込んでくるガンダラ。
まずはお手並み拝見。素早い動き、フリジオをも凌駕するそのスピードはボウガンのように一直線。
瞬き一つ許さぬほんの一瞬でガンダラはラチェットの目の前に現れた。
「……さぁ、どうだろうナ?」
仮面が光る。武器が現れる予兆。
即座に翳されたのは武器を持っていなかったはずの右手。
右手に用意されたのは……“シールド”だ。
「!」
目にもとまらぬ速さで取り出された武器。予期せぬカウンター。
反応が間に合わず片手を振り下ろしてしまったガンダラは鋼鉄なシールドを狙ってしまい、そのままシールドによる“パリィ”で弾き飛ばされてしまう。
「ちぃっ!」
弾き飛ばされた直後に飛んでくるのはその剣による一刺しだろう。
それを許してたまるかとガンダラは体を跳ねる。弾き飛ばされた反動を逆に利用し、そのまま剣の射程圏内から飛び跳ね回避した。
宙を浮くガンダラ。射程圏内から逃げたトカゲ。
「ちっ、やっぱりやりづれェ」
舌打ちをかますラチェットは左手の剣を手放す。
「俺はやっぱり、“コッチ”の方がやりやすい」
左手に現れたのは……“サブマシンガン”。
片手持ちの連射銃は、相手に休憩する間も与えることなく発砲される。
「ぐうっ!?」
着地してすぐに放たれた乱射をガンダラは両手でガードする。
「うぐぐぐっ? ぐぐぐっ!?」
豆鉄砲かと思いきやそんなことはない。その頑丈な皮膚を貫くことは出来ないが一発一発の弾丸は剣で一刺し与える程の威力。
それが一秒という時間に何十発も連続で。思いがけない奇襲を前にガンダラの口からは爬虫類のトカゲらしい変な声が漏れ始める。
「ほらよッ」
盾も手放すと、右手にもサブマシンガンが現れる。
二丁拳銃による圧倒的な弾丸の雨がガンダラに向けられる。
「ぐぐぐ……なんのこれしきぃいい!」
こんな豆鉄砲で押されてなるものか。
ガンダラはその攻撃を両手で受け止めながらもラチェットの元へ全力疾走。攻撃がやむのを待っていられるかと持ち前の根性で追い詰め始めた。
「……単細胞だナ、アンタ」
ラチェットは、ほくそ笑む。
ガンダラが踏んだ大地。
途端、ほんの一瞬の閃光が大地を照らす。
「え?」
大爆発。ガンダラのいた大地は火柱を上げる。
“地雷”だ。ラチェットはいつの間にか地雷を仕掛けていたのだ。
「ぎゃああああああああああ!?」
それを踏んでしまったガンダラは皮膚のおかげで助かってはいる。しかし、爆発の衝撃だけはどうしようも出来ずにそのまま空の彼方へと飛んでいき。
本拠地である城まで送り返されてしまった。
『兄貴ィーーーー!?』
「お前も余所見すんな!」
サイネリアが叫ぶ。
片手には新たなファイアーボール。炎に耐性のあるリザードマン相手でも確かな歯ごたえを感じたメテオ級の火の球を構える。
『舐めやがって、二度も同じものを食らうわけ……ぐっ!?』
両手で火の玉を防ごうとした矢先の事であった。
歪む。目の前の風景が歪む。リザードマン・ブレロの体から力が抜けていき、足も凍え切ったかのように震え続け、次第に重すぎる肉体を受け止め切れず潰れかける。
「な、なんダァ……急に目の前が……」
「やれやれ、やっと効きましたか……!」
フリジオはしてやったりとブレロを見上げる。
「ほんの少しだろうと、体を蝕む猛毒にはなりますからね……!」
フリジオのレイピア。
微かにだが、聖水以外にも何かがこびりついている。ドロリとした透明な液体。スライム状のそれは“トカゲの涙”である。
あの一瞬。ガンダラに邪魔されたあの一瞬。
間に合っていた。フリジオの攻撃は邪魔されるよりも前に届いていたのだ。
精霊騎士団一の俊足。そしてスピード。視認は不可能である速度で放たれる突きはその場にいた全員に視認を許さなかった。
魔物にとっては猛毒でしかない“聖水”。レイピアの先端に付けられていたソレは弱点である瞳を捕らえ、数分という時間をかけてブレロの体を麻痺させていった。
「くらいなっ!」
もう一発。メテオ級のファイアボールをお見舞いする。
『ぐおおおっ!?』
顔面で受け止めたブレロはそのまま転倒。
仲間のリザードマン数匹と魔族の騎士を下敷き、背中には壊れた民家の破片。
『いてぇ、いてぇよぉお!!』
ブレロは泣き叫びながら暴れ始める。
じたばたと暴れるものだからその場一体が地震のように揺れ始める。民家の木片や火の粉も回り一面に飛び始める。
「とっとと黙らせるか……!」
もう一発。今度は確実に倒す。
ファイアボールの形成を開始した。
『ふざけやがってぇ……』
ブレロは拳を握る。
『ニんゲンドモガ……!!』
「……ッ!?」
戦慄が走る。
その場一体にいた一同が思わず動きを止める。
鼓動。揺れる大地。
震えるこの地から……“あの巨大なリザードマンの何か”を感じる。
魔力。桁違いの魔力。
ブレロの体が徐々に“膨張”を始めていた。
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