PAGE.351「闘拳乱舞」
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「喝ッ!!」
突き立てられる拳。
「___シャァっ!」
それは鉄球よりも鋼鉄で、剣と槍のように鋭い。
その拳こそ互いの刃。ロザンとエキスナの二人は互いの拳のみで語り合い競い合う。
「……あの男、本当に人間の老人か? ここまで枠をはみ出した輩も珍しいぞ」
「私もそう思うわぁ~」
二人の乱舞を横目で見ながら、正直な意見を二人は漏らす。
アタリスとアルヴァロス。二百年の時を生きた怪物ヴラッドの娘と、炎の闘士・アーケイドに選ばれた拳闘士。
「……随分な熱であるな」
アタリスは口元を歪めた。
笑うためではない。いつも通り愉快かつ悪戯に笑うためではない。
「久々だよ。この痛みも……それこそ、あの氷の女帝以来か」
苦痛。少女が浮かべるには珍しく苦痛。
アタリスは“やけどまみれの両手”を棒のように垂らしながら、奇怪かつ巨体なアルヴァロスを見上げていた。
「そうよ。私の体はいつも情熱で満ち溢れているの」
あの腕と肉体は飾りではない。ロザンと拳を交えているエキスナ同様に武術を極めたもの。剣や槍などアイテム一つ頼らない。己の刃は拳のみ。そういうタイプの人種だ……いや、この人物は魔族であるか。
飾られた両手の頑丈さはその身をもって理解した。
だが、アタリスを苦しめていたのは、極みを迎えつつあるその肉体と武術などではない。
「私の体に触れた者は、熱くその身を燃やし、悶えさせちゃうのよ」
“魔力”。炎の魔族らしい特殊な“魔衝”。
アルヴァロスの肉体に“彼特有の魔力”が纏われている。
熱だ。溶岩のように深く濃厚な熱気がその肉体に纏われている。
熱気に近づく草木は全て灰となり、大気は毒素となって溶かされる。
「どう、素敵でしょ?」
熱に強い体質であるアタリスでなければ塵になっている。生身の人間がその腕で抱かれたものなら皮はおろか骨すらも残らない。一瞬で蝋となって溶かされるだろう。
「貴方の熱も見事なものだけど、私には届かないわね」
灼却の瞳を持ってある程度の反撃は続けてきた。
しかしその肉体を燃やすことは出来ず、空間を爆発させても頑丈な肉体にはダメージが通らない。
バレリーナを思わせるふざけた格好の彼を前に翻弄されるがままである。
「それだけの魔力を持ってその程度ならガッカリね……あの老人の方がまだ歯ごたえがあったわ」
アルヴァロスはエキスナと拳を交える老人の姿を見て舌なめずりをする。
「エキスナちゃんにそっくり……この身を捧げる価値があるもの」
「……価値はない、か」
焼きただれる両腕を数回振る。
軽いストレッチだ。感覚がなくなりつつある両腕に彼女は伊豆から鞭を打つ。
「それは申し訳なかった……少々、戯れが過ぎたことを謝るよ」
「……あら?」
興味津々にアルヴァロスがアタリスへ視線を戻す。
「……やっぱり何か隠しているようね。それだけの魔力があるんですもの」
「ああ、無礼を詫びよう」
その姿は強がりなのか。ただのハッタリなのか。
彼女の肉体、身体能力は並外れてはいるものの、その先を行くアルヴァロスには通用するものではない。彼からすればアタリスの肉体など、その見た目相応、赤子同然のものだ。
「遊んでしまうのが、私の悪い癖だ」
灼却の瞳による能力も、目に入った対象を燃やし尽くす・目に入っている風景を爆破する・目に映る大地を噴火させるとこの三パターン。
だが、これはどれも彼に通用するものではなかった。言い方を絶望的にとらえるのならば“万策尽きている”のだ。今のアタリスは。
ハタからみれば、その姿は小さな少女一人が粋がっているようにしか見えないだろう。
だが、忘れてはならない。
この笑み。子供らしからぬ笑みの正体を。
この少女は……化け物だ。
魔法世界の歴史に名を刻んだ伝説の怪物・ヴラッドの娘だ。
そんな彼女が粋がり強がるだけの笑みを浮かべることなど……あり得るはずもない。
「全霊で答えるぞ。美しき者」
アタリスの体から並々ならぬ魔力が吹き出し始める。
隠していた奥の手。“新たな力”をその両手に具現化しようとしていた。
「楽しみね、戦いはこうで、」
アルヴァロスが身構えた直後。
「……!?」
大地が揺れる。
「!?」
アタリスも思わぬ自然の横槍に魔力を引っ込める。
村の方から流れる魔力の奔流。その身が震えあがるほどの余波。
アタリスは燃え盛る村の方へと視線を向けた。
「……エキスナちゃん!」
アルヴァロスは慌てて、拳を交えるエキスナの元へ。
強制中断。エキスナの体を米俵のようにひょいと持ち上げる。
「ッ!? アルヴァロス、何をする!?」
「……城に戻るわよ。異常事態ね」
真剣な眼差し。横槍を入れたことを詫びながらも、そんな無礼を働いた自分は“正当な理由”を持っていると意思を向ける。
「“ブレロがキレた”わ」
「!」
エキスナも顔色を変える。
「さぁ、戻るわよ!」
アルヴァロスはエキスナを抱えたまま、燃え盛る村の方へと向かって走っていく。
追いつけない。チーターの数倍以上のスピードで走る自称女豹に追いつくことは……負傷したアタリスは勿論、ロザンですら叶わない。
見送るのみ。
ロザンとアタリスはただ、燃え盛る大地より伝わる波動へと目を向ける。
「随分なものが現れたな」
ロザンは村より見えるその“巨像”へ目を向ける。
「ああ、随分だな」
アタリスも冷や汗を流す。
「アチラへ向かうべきだろうが、ここを離れるわけには」
「……いや、恐らく大丈夫だろう」
空を見上げる。
「ようやく来た。らしいな」
イチモク寺の上空。それは姿を現す。
「……ほほう」
“飛行艇”。カルボナーラ船のように現代で動く、蒸気機関とマジックアイテムを足したそれとは全く違う風貌をした“それ”は姿を現す。
「真打は遅れてくる……全く、らしくない登場じゃないか」
アタリスはいつも通りの笑みを浮かべる。
「友よ」
その表情に、先程まで浮かべていた“火傷への苦痛”は消えてなくなっていた。
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