PAGE.335「戦地と成り果てろ」


 襲撃宣告の日から二日が経過した。

 いよいよ明日。あの魔族達の言う通りであれば攻撃を開始する。平和で賑やかな南国の楽園はものの数時間で戦火に埋もれるだろう。


 イチモク寺の修行僧に半魔族、そしてグレンの村を警護する自警団。それぞれの戦闘準備は既に完了し、いつでもかかってこいとスタンバイしている。


「……到着は、すぐには無理そうですね」

 フリジオはいまだに到着しない援軍を前にやれやれと頭を抱える。

 王都からここまで来るのには最低一日以上はかかる。騎士団の特権があるにしても船を用意するのにも結構な時間がかかるのだ。


 敵の強さは未知数。かといって最大戦力全てを王都から外すわけにもいかず、慎重な編成を行わなければならない。すぐの到着は難しい状況であった。


 魔族の言っていた襲撃予定時間前に到着は出来るのだろうか。

 村に集う戦力は充分なものを保持している……だが、相手は恐らく、それ以上の戦士がうじゃうじゃいることも可能性として見込めてしまう。


 フリジオもロザンの手を借りたとしても、この村全部を守り切れることは難しいと考える。どうしたものかと悩めていた。


「ボチボチ待ちましょう。まずは落ち着くことが大事ですからね」

 今日も一杯のコーヒーでお昼のランチタイムをイチモク寺の中庭で過ごす。

 本来なら、いつもの植物園で頂きたいところだが一戦力として数えられているフリジオはイチモク寺から離れるわけにはいかない。どんなに面倒な状況であろうと優雅に過ごさんとコーヒーを口にした。


「フリジオさん! どうかお力を貸してください!」

 そんな彼の元に一人の修行僧がやってくる。


「“敵襲”です! トカゲの奴等が村の子供達を人質に……!!」

「……やれやれ」


 今日のコーヒータイムは中止になりそうだ。

 フリジオはちょっと困ったような表情で口惜しくコーヒーカップを縁側へ置いた。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 グレンの村から少し外れた森林地帯。

 そこは子供達のために用意された遊具の広場となっている。


 ……こんな緊急事態、親の注意を聞かずに遊びに来ていた子供達がいたようだ。そんな子供達は縄でぐるぐる巻きにされている。


「へっ、来たか!」

 子供達を捕縛したのは、あの四人組のうちの二人であるトカゲ兄弟。ジャングルジムの頂上からガンダラは勢いよく飛び降りた。


「子供を人質に取るとはね。しかも約束まで破るとは」

「悪いな、ちょっとばかし俺にもプライドってもんがあってな……弟を痛い目にあわされてこらえることが出来なかったわけよ。三日も待てるかってんだ」

 ガンダラは拳を鳴らしながら理由を告げた。


「というわけで悪いな。怒ったか?」

「いえいえ、元より僕は魔族の言う事なんて微塵も信用していなかったので」

 フリジオは笑顔でそう答える。


「子供達を解放しなさい!」

 護衛団二代目総長ヨカネは刀を抜いて威嚇する。

 もしも子供達に手を出したものなら、容赦はしないと怒りを剥き出しに。



「……ああ、勿論だ。おい、弟よ!」

「へへっ、了解!」

 子供達の近くにいたブレロは爪を尖らせる。


「おら、とっとと行けよ! しっしっ!」

 ……すると、何の躊躇もなく子供達の縄を切ってあげたのだ。

 ブレロはニヤつきながら子供達を解放する。


 泣きながら逃げる子供達。

 一斉にロザン達の元まで駆け寄る。勝手に遊びに行ったことを謝る者もいれば、その後ろでトカゲ兄弟に舌を出して挑発する子供までいる。



「随分とあっさり解放したな。何かの作戦か?」

「何もしてねーよ。そのガキ達はお前等を呼び出す為に捕まえただけだ。それが終わっちまえば用はねーよ」

 片手を振って、子供達はお返ししますとアピールをする。


「それに言っただろ。この島の全部は何れ俺達が頂くんだ。今逃がしたところで変わりはないからなぁ……しかし、良かったぜ。この島の人間達は人道的でさ。正面から向き合ってくれるだなんて、張り合い甲斐があるぜ」

 舌なめずりの音が響く。細長い舌がその不気味さと生っぽい音を引き立たせる。


「……弟の仇を討つために俺はいち早くここへ来た。ほんの数時間早かろうが、大王様も文句の一つは言わないだろうってね! つまりそういうわけだ! 俺達の相手をする奴はかかってくるといい!」

「望むところです。子供達を怖がらせた罪は重いですよ!」


 護衛団の数名が戦闘態勢に入る。

 拳を鳴らしながらブレロも戦闘態勢に入っている。いつでもかかってこいと、鱗まみれのその腕をくいくいっと曲げている。


「よし、いいだろう……」

 ガンダラは力強く大地を踏ん張る。


「来な! 俺の“弟たち”!!」

 そして、遠吠えを上げる。

 まるで恐竜のようだ。トカゲのような小動物なんかが上げるガラガラ声とも全く違う咆哮の類の叫び。



 “弟たち”。

 その言葉に反応するかのように……森の木陰から音が聞こえてくる。



「「「「「「「シャァアッ!!」」」」」」」


 一斉に現れる。



 困惑する一同。

 森から姿を現したのは……七体のトカゲ人間であった。

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