PAGE.286「レッドアイズ・サーキュレーション(その2)」
それはまるで炎の妖精のように美しい。
炎を身に纏う踊り子のような姿。それとは対になって存在するのは魔物のように禍々しく、六つの眼をつけた巨大な羽。
美しくも禍々しい“蛾の怪物”そのもの。
人間らしい姿こそ残すものの、雰囲気・オーラには人間らしさは欠片として残っていなかった。
「……はっはっは!!」
その醜い姿を前にクリスモンヅは嘲笑する。
「あれほど魔物を貶しておきながらその姿……我々が如何に優れた存在であるかを認めたも同然か」
その姿は人間を捨てたのと変わらない。
人間として戦う。そこには大きな壁がある事を知った。
その壁を越えるには無限の可能性を秘めた存在・魔族の壮大なる力を持ってこそ初めて踏み込める領域だ。
魔物としての姿を晒したアタリスを前にクリスモンヅは愉快でしかなかった。
結果としては彼女に一つの負けを証明させたのだ。人間という存在が如何に小さく頼りない生き物であるかを思い知らせたのだ。
「その心意気は褒めてやろう……しかし、残念だ。そのような姿を晒したところで、この差は縮まらないさ」
自身は女王。そして、炎を纏う少女は高貴を着飾る愚民。
どれだけ姿を変えようと結局のところ無駄足。捨てた代償も燃えた塵のように無惨で無駄なものであるとクリスモンヅは問い詰める。
「……ああ、そうだ。認めよう」
アタリスはそっと、氷の女王を見据えた。
魔族としての姿は悔しい程に快適。今までの姿で保ってきた力がどれだけ小さな存在であるかを思い知らされてしまうほどの快楽であった。
しかし、アタリスはその事実から言い逃れをしようとしない。
醜い自身の姿。その姿を受け入れ女王に宣告する。
「あのままでは……今の私では、お前には勝てないと認めた。それを認めよう」
「……ほほう」
クリスモンヅは手を顎につけ、見下ろすように怪物アタリスを見下ろす。
「“その姿でなら、私に勝てる”とでも言いたげだな」
いったはずである。
どれだけ魔力の容量に余裕のある姿に変わろうともその差は縮まらない。無限の冷気、超えることのできないマイナス数万度の冷気の壁は超えることは出来ない。
クリスモンヅはアタリスの虚言をあえて掘り返す。
挑戦状を叩きつけるつもりなのか。彼女の有無を、あえて待った。
「無論だが?」
よどみのない含み笑いで、アタリスはそう答えた。
「……気に入らん!!」
やはりその態度は万死に値する。
クリスモンヅは片手に巨大な氷の槍を作り出す。生半可な炎一つでは溶かすことも破壊することも叶わない氷点下の巨針。
数える暇もなく、作り上げられる巨大な凶器。
巨針をアタリスに向けて投げ飛ばす。どんな結界であろうと貫く頑丈さ、少女一人押し潰すに充分なサイズへと肥大化を繰り返し、隕石のように飛んでいく。
「貴様の誇りなど私の前では塵のようなものだ! 小さな期待と共に潰れてしまえ!!」
クリスモンヅは激怒していた。
それ故にその攻撃には加減がない。相変わらず浮かべているその面を悪魔もドン引きな死に化粧に染めてやらんと怒りを剥き出しにしていた。
最早、オブジェにするまでもない。
亡骸一つ、綺麗に残す必要もない極刑宣言であった。
「期待? 違うな」
片手の炎が剣へと姿を変えていく。
両手剣サイズの武器の形をした炎。その場から身動き一つ取ることなくアタリスは炎を氷の巨針へと射出する。
「私が浮かべる感情。それは期待などという小さなものではない……この感情はそう、“確信”だ」
「……ッ!!」
彼女のプライドの表れ。
深紅の炎は、女王の氷の槍を……“貫いた”。
炎の剣は飛んできた氷の巨針を中心から貫いていく。炎が通過すると、氷の針はガラスのように砕け散り、あっという間に水蒸気となって蒸散してしまう。
「……」
氷を溶かした炎はクリスモンヅの元へ届くことはない。
彼女に纏われる氷のベールは炎という概念などでは突破することなど不可能。あらゆる生き物を死滅させ、あらゆる文明を凍結させる絶対の冷気。今までとは桁違いの火力を身に纏った炎をもってしても、クリスモンヅの元へは決して届くことはない。
しかし、攻撃そのものはクリスモンヅの元には辿り着けなかったものの。
「……よほど死にたいようだな」
炎と共に送られた挑戦状は無事、クリスモンヅの胸に叩きつけられた。
「いいだろう。女王の前にひれ伏すがいい」
その挑戦状は冷え切った彼女の心に火をつけた。
今までは刺激をされる程度。人間で言えば、外から小石を投げられる程度でしかなかったが、あの言葉と反撃は今までと比べて比に出来ない。
必ず潰す。
クリスモンヅはその挑戦を、一人の誇り高き魔物として受け止めた。
「行くぞ」
アタリスが羽を広げる。
広がる羽、閉じられた瞳が徐々に開かれていく。
六つの瞳が一瞬で半開く。
アタリスの両目、それと連動するかのように羽の瞳も真っ赤に染まりあがった。
「私の炎は、まだまだ熱を帯びる」
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