PAGE.284「抗う者達(その3)」


 サーフェイスの目の前に現れたのはコヨイの師。

 ホウセンだ。コーテナ奪還部隊の一人として急遽援軍に駆けつけたのである。


「お二方……確か、コーテナさんに」

「はっ、あの程度ダメージに入るかよ」

 サイネリアは悔しいながらも負け惜しみを呟いた。文字通り完全敗北でこそあったが、そこのところで妙な意地を張るのがこの少女である。


「……それによ、国のトップはずっと寝てるわけにもいかねーのさ」

 本当のことを言えば、まだ派手に動いていい状態じゃない。今も尚、下手に動けば体が悲鳴を上げるダメージを負ったまま。回復も完全にはしていない状態である。


 だが、王都を守る騎士として立ち上がる。

 サイネリアとホウセンは待機を命令こそされていたが、そこは無理を承知で突っ込んできた。反対を自慢の自由っぷりで押し切って奪還作戦に参加したのである。


 この二人らしいと言えば二人らしい。


「ほう、随分と大層な奴が出てきたじゃねーか」

 サーフェイスは両手の刃を鳴らしながら歓喜する。

 目の前にいる戦士は怪我こそしているが手練れの匂いがする。強者は無意識ながらにオーラというものを体から溢れ出しているものだ。


 この男にはそれがある。さっきの少女とは桁違いの匂いがする。

 好戦的な性格であるサーフェイスはホウセンを前に再びスイッチが入る。


「そのエンブレムは精霊騎士団……最高だぜ、まさか戦えるとはな!」

「いやぁ、ここまで喜ばれると、こっちもどう対処していいのやら」

 騎士団を目の前にして怯えあがる奴らがいれば、立場も分からずに上から目線で勝負に挑もうとする不躾な輩も多かった。


 こんな風に、強者として賞賛されている上に、その人物と戦えるだなんて光栄だと歓喜をしている。そんな敵が珍しく新鮮なためにホウセンは軽く戸惑いを見せていた。


 ……しかし、ホウセンは空気を入れ替えると刀を構える。

 戦う準備は出来ている。ホウセンは息を吐いて身構えた。


「勝負!!」

 互いに刃がぶつかり合う。

「よいしょっと!」

 まるで年寄りみたいな声を上げながらも、ホウセンは両足を踏ん張りサーフェイスの一撃をこらえてみせる。


 さすがは体のリミッターを外した真の姿を晒しているだけの事はある。重すぎる一撃はこの怪我だらけの体には結構響くものである。

 自然とホウセンも苦笑いをしてしまう。体がこっそりと悲鳴を上げているからだ。


「やる、ねぇ!!」

 だが、その痛みは彼にとっては苦しみなんかではない。

 この騎士にとっては……一種の“歓喜”の感情を呼び起こす種火でしかないのだ。


「その身体でそのパワー……見込み通りだ!!」

 幾度も幾度も力任せに一撃を加えていく。

 防戦一方。ホウセンは雪崩れ込むように仕掛けてくるサーフェイスの一撃をただひたすらに受け止め続けている。


「どうしたほら! どうしたほらァッ!」

 反撃しないのかとサーフェイスは挑発じみた声を上げ続ける。

 また一撃。また一撃と。止まることのない滝のように体に打ち付けていく。相手が病人であろうと強者であるのなら容赦は必要なしと、歓喜を浮かべながら、また一撃。



 ホウセンの苦笑い。



「……ははっ」


 次第にその表情は……正真正銘の“笑み”と変わる。


 彼は被虐体質なのではない。その痛みを持って快感を覚えてこそいるが、その快楽は別のモノへと向けられている。


「いいねぇ……」

 ホウセンの目がギラリと輝いた。

「いい声あげるねぇ! お前は良い魔族だな!!」

 彼にとっての快楽とは、常人の人間では理解できないものである。


「うおっ!?」

 突然の反撃にサーフェイスは声を荒げて驚いた。

 しかもその反撃は闇雲ではない。雨霰のように降り注ぐ一撃の間、ほんの一瞬の隙をしっかりと見据えた上での反撃だったのだ。それ故にサーフェイスは防御のしようもなかった。


 驚いたのはそれだけではない。怪我をしているうえでその判断力。

 何よりも驚いて仕方なかったのは……。


「随分と正常な判断力……“義務”を背負っている割には随分と」

「ああ、義務は感じているぜ?」

 ホウセンは怪我をしている体であろうと、完全体となっているサーフェイスに力の差で圧倒してみせる。


「俺にとっての義務は、お前みたいな“強い奴”と戦う事だからなぁッ!!」

 そうだ、この男にとっての快楽の一つ。


 それは一種の“娯楽”のようなものあった。

 彼が騎士になったのは、世界を守るためという義務を背負っているからではない。


 彼が騎士になった理由は“強い奴と戦いたい”という野心のみだ。

 それが結果として騎士団の目に入った。百戦錬磨の強さを前にする。こんな戦力が騎士団に加われば鬼に金棒も間違いない。


 騎士団に誘われたときもホウセンはこう口にしたという。

 

『騎士団に入れば、もっと強い奴と戦えるのか?』

 何処までも狂戦士としての思考回路であった。そのあまりのバトル思考に当然騎士団の一同は呆れこそしたものの、結果として国を救う手助けをしているために大目にみていた。


 彼が戦うのは国のため、世界のためという念こそ騎士として込めているものの二の次。

 彼が戦う真の理由は……自身の欲望のためであった。



 戦いにおいて義務に焦りは邪魔になる。

 熱くなればなるほど人間という生き物は鮮明な脳へと切り替わり、体の動きにも鞭が入る。しかし、そこへ余計な感情が入り乱れれば障害となる。


 義務にプライド、焦りに怒り。

 この騎士はそれだけの感情をいくつかは込めているはずだというのに……それを跳ねのけてでも私情を優先していたのだ。


「そらぁっ!!」



 一刀両断。

 ホウセンの一撃は、サーフェイスの体を真っ二つにした。


「くひゃっ……」

 斬り捨てられたサーフェイスは声を上げる。

「ひゃひゃっ……楽しかったぜ……ありがと、な、騎士様よぉ……」

 この男も大概だ。

 負けたというのにこの満足。ホウセンを前に感謝の音を上げるという並外れた最後を遂げて、その命を散らしていった。


「おう、俺からもありがとな」

 戦士として戦い切ったサーフェイスを前にホウセンも礼儀を入れる。

 騎士というよりは戦士としての礼儀だ。その礼儀を前にサーフェイスは塵となって消えていった。



「……さてと」

 戦いを終えたホウセンはコヨイの元へ。


「大丈夫か、コヨイ」

「……ごめんなさい」

 本来なら勝てる相手だった。

 だが、焦りが生じてしまった故に、師匠の言葉通り“らしくない敗北”を喫してしまった。


「師匠の期待に添えられず、このような結果に……」

 そして彼女も一人の女の子。

 その悔しさに耐え切れず涙を流してしまう。


「……おいおい、そんな固いこと考えるなっていつも言ってるだろ」


 ホウセンはコヨイに笑いかける。


「泣くほど悔しいのなら今のうちに泣いておけ」

 コヨイの頭を乱雑に撫でる。


「次は泣かないように強くなれ。安心しろ、強くなりたいなら、ずっと付き合ってやるからな! お前は俺と張り合えるほど強くなるぜ! だから、もっと胸を張れ!!」


 見捨てられると思った。

 だけど、この騎士は……そういう人物ではないことを思い出す。


 焦り故に見失っていたホウセンの人柄。

 狂いかかってしまっていた自身の感情。信じていられたはずの大切な人への不信感という存在。



 自分の不甲斐なさにコヨイはより大きな声で泣き喚いた。


 この日を、ホウセンの言葉を胸に強くなると決意を新たに刻み込んだ。

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