PAGE.283「抗う者達(その2)」
ゲッタの猛攻を前に現れたのは例の二人。
アルカドアが誇る天才双子。エグジットとリグレットの姿であった。
突如として現れた二人は蟲の大群を突風にて切り刻む。数百はいたはずの蟲はあっという間に塵となって消えていく。
「エグジット、リグレット……!?」
「随分と情けない姿ね、お兄~ちゃん?」
その態度は相変わらずだった。
ボロボロの状態だというのに労わる様子一つ見せやしない。顔を合わせて最初の一言がいつも通り兄をコケにするような喋り方だった。
「右に同じく。無様ですね、兄さん」
ただでさえ、ボディブロー並みの破壊力を持つ罵詈雑言がやってきた後だというのに、デザート代わりの冷たい一言がトドメをさしに来る。
実際、無様に負けたのだからグウの音も出ない。
それ以前に毒が影響で反論する元気すらもあまり残っていない状況だった。
「くぅ~……カッコ悪いところ見られちまったな~……」
「気にしなくていいわよ。お兄ちゃんがカッコ悪いのはいつもの事だから」
「お前らなぁ~……」
情けない限りである。
エグジットたちがこの場にいるのは間違いなく、コーテナ奪還のために送られてきた援軍して送られたからだ。
今回は情けなくとも、助かったと言うしかない。
アクセルは悔しさのあまり、溜息を洩らしかけた。
「援軍か……だが、少しばかり遅かったな!」
巨大な蟲の魔物の姿となったゲッタは援軍が到着しようにも大笑いする。
「もう、そいつの体には毒が回っている! あと、数分足らずで死んでしまうだろうよ!」
ゲッタがまき散らした毒は徐々に効力が強くなっていくタイプの毒である。
現在は麻痺を起こす程度になっているが、時期にその毒は臓器や細胞、そして養分を全て蝕み破壊する。
もうじき、絶命は免れない。
ゲッタはその真実を突きつけ、アルカドアのエース二人に本当の意味での敗北という苦渋を味あわせることで愉悦に浸り笑っている。
「「……」」
エグジットとリグレットの二人はその言葉に対し、反応を示さない。
その真実を前に絶望しているわけではない。むしろ、兄の体に回る毒については何も感心していない様にも見える。
「おいおい、ちょっとばかり冷たいな、お前等」
ゲッタは頬を掻きながら、つまらない対応を前に息を吐く。
「まあ、当然か」
羽を広げ、アクセル達の元へと突っ込んでくる。
「そいつは見てるだけでも滑稽な駄作! どれだけ頑張っても平凡どまりのつまらない奴……お前達に泥を塗るだけの存在! お前達からすれば、居ても居なくても一緒だろうからな!!」
羽をバタつかせると再び毒の鱗粉がばらまかれる。
冷たい妹共二人合わせてあの世で仲良く苦しめばいい。ゲッタは次の愉悦への期待を込めて再度攻撃を仕掛けてきた。
「「……うるさい、クソ蟲が」」
二人は片手を広げる。
“風”だ。
数百匹の蟲を細切れにした刃仕込みの突風。
「うぐっ!?」
だが、先程の威力とは桁違いだ。
小さな蟲程度を飛ばすくらいの風ならばゲッタの巨体を吹っ飛ばすことは出来なかっただろう。しかし、次に飛んできた風はゲッタの体を新聞紙のように吹っ飛ばしてしまった。
ゲッタはアルカドアに属していた。故に二人の実力はある程度見てきたつもりだった。
所詮は人間止まり。度合の違う舞台に立っている上級の魔物とはステージが低い存在だと嘲笑っていたが故の失態である。
「私たち以外の外野が許可もなく、お兄ちゃんを馬鹿にするんじゃなくってよ? それも、自分の立場を分かっていない蟲けらが」
……これだけの威力の刻み突風。本来なら出す事もない。
それに二人の最大出力も本来ならば、これ程壮大なものでもなかったはずである。
明らかに出力が上がっている。
二人ともペース配分を見誤っているのではと言わんばかりのパワーを初っ端から披露してきたのである。
“理由は簡単である”。
「申し訳ありませんが、“蟲の分際で兄を馬鹿にするのはやめてもらえませんか”?」
「生意気にも程があるわ。身の程を知ってくれないかな、クソ蟲?」
そう、この二人。
馬鹿にこそしているが、“兄想いの妹達”だ。
許すわけがない。
そんな二人が、家族である兄の侮辱を許すわけもない。ゲッタの不意な発言が二人のスイッチを押してしまったのである。
「コッソリ隠れて小言を吐くような貴方には分からないでしょう」
「この程度じゃないわよ、うちのお兄ちゃん」
ゲッタに聞こえないよう。いや、正確にはその場にいる誰にも聞こえない様に、妹二人は呟いた。
「どいつもこいつも好き放題言いやがって、チクショウ」
立ち上がる。
毒が回り始めている状況だというのに、アクセルは意地でも立ち上がる。
敵はおろか、味方であるはずの存在にも馬鹿にされ続ければ嫌でも火がついてしまうというもの。しかもその相手が……身内の妹達であれば尚更であった。
「負けられっか!!」
アクセルは背中を自らの力で後押し。
ジェット噴射でゲッタの眼前にまで近寄っていく。
(こいつっ!? まだ、そんな力が!?)
毒の影響で完全に動けなくなったと思ってたが故に油断。眼前にまで近寄ってきたアクセルに対応が出来ず、ゲッタは防御の姿勢を取ることも出来ずに無防備。
「仕返しだ! 蟲野郎!!」
ゲッタの頬にアクセルの拳が抉り込む。
最後のもう一踏ん張り。ペース配分は勿論、今の体の状況一切無視した一撃をぶち込んだ。
「ぐぶぉおおぉッ!?」
ゲッタは潰れた眼球を抑える。
「仕上げです」
「ちゃんと避けてよね、お兄ちゃん?」
突然聞こえてくる天才双子の声。
「ッ!!!」
それに対し、ゲッタは生きている方の眼球を開き、我に返る。
……周りを見渡せば。
いつの間にか、天才双子に左右を陣取られている。
「おわわわっ!?」
アクセルもそれに気づいたのか、慌ててその場から逃げていく。
墜落覚悟。二人がやろうとすることを理解しているからこそ全速前進。着地の姿勢を考えることなく、元の場所へと引き下がっていった。
「それでは」
「あの世へごあんな~い!」
左右から飛んでくるのは二人の突風。
両サイドから飛んでくる突風は当然ゲッタの巨体を吹っ飛ばすほどの威力。それは両サイドから……肉体をミンチにするかのように押し潰していく。
「がが……ががっっっ!?」
押し潰されるだけではない。そこには蟲を切り刻む見えない刃が仕込まれている。
ゲッタの肉体が小刻みに切り刻まれながら圧縮されていく。
「くくっ、くぅうう、くっそぉおおおっっっっ……」
次第にゲッタの言葉は魔物に相応しい呻き声へと変わっていく。何と言っているのか認識できない喚きへと切り替わっていく。
完全圧縮。肉体消失。
ゲッタの体はサッカーボールのように固まってしまうと、粉々に砕け散っていった。
「極刑完了」
「アルカドアの仇は、ひとまず取ったわよ」
あの事件のおかげでアルカドアは悲劇的大災害。並行して進んでいた数多くのプロジェクトも停止せざるを得ない状況になったのだ。
エグジットたちが担当していた風力によるエネルギー開発も見事にストップをかけられたのだ。長く浮かべていた鬱憤をようやく晴らせたことにひと汗かいていた。
「おっと、そうだ」
エグジットは何かに気付くと慌てて地へと降りていく。
……アクセルだ。
深く荒い息を吐きながら苦しんでいる。
「見たか……根性みせたぜ……へっへっへ」
最後の最後で見せた意地。
アクセルは周りの風景すら覚束ないのか視界が定まっていない。それでも兄としてカッコいいところを見せてやろうと拳を天に掲げていた。
「ははっ、はっ、」
拳がピタリと止まる。
アクセルはそのまま意識を失っていた。
「……毒はまだ完全に回ってないわね」
アクセルが気を失ったのは体力の限界が理由である。
しかし、体が衰弱しているこの状況では、毒の進行を許してしまう。
「リグレット。急いで合流するわよ」
「了解です」
リグレットはアクセルの体を背負う。
体格の問題と重さもあって、一人で担ぐのは不可能であるが、そこは例のジェット噴射を活かしてアクセルの体を微量ながら浮かして調整する。
コーテナ奪還部隊の天才双子。
アクセルの治療のため、一度頂上へは行かず、下の部隊と合流することに。
(本当)
エグジットは、満足な表情で気を失っているアクセルの背中を眺める。
(……これだから、放っておけないのよね)
エグジットはそっと兄の背中をさする。
大きな背中。
……妹である彼女達も、多少ながら憧れているものがあった。
「カッコ良かったよ。お兄ちゃん」
どのような状況下でも諦めず、意地を張るその姿。自分の意思を絶対に曲げない真っ直ぐさ。
妹達が誇っているモノ。
馬鹿正直な兄を慕い続けている、たった一つの理由であった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます